39.ユウリのお願い①
翌日。
朝ごはんを食べて、色々と身支度をして……まぁ今日は外に出る予定もないし、誰かに会う予定もなかったからラフな感じにしてる。……正直、そろそろ買い物とかに行きたい。けど、我慢よ。
色々ひと段落付いたからゆっくりしたかったんだけど、昨日のユウリの事情だけは早めに聞いておきたかった。
ユウリがすぐに見つからなかったから、部屋に「なんか用あるっスか?」と顔を出したメロに頼むことにする。
「丁度よかったわ。メロ、ユウリ呼んできて」
「……。はーい」
いつもなら「はいはい」って出ていくのに、なんか微妙な間があったような……?
ひょっとしてユウリと喧嘩して気まずい、とか。あの二人が喧嘩してるところなんて滅多に見ないけど、絶対喧嘩しないってわけじゃないし……どうしたのかしら。相手はメロだし、そこまで気にする必要もないとは思うけど、一応気に留めておこう。
特に何をするわけでもなく、ボケっとして部屋で待つ。
なんていうか、本当にゆっくりしたい……何もせずにベッドの上で寝転がったまま一日を終えたい……。
けど、まだそんなことをできるような余裕はないわ。ふとした時に色々と不安になっちゃって、呑気にダラダラも出来ないのよね。
そう言えば前世を思い出す前のあたしはショッピングに出向いたり、ホストクラブに遊びに行ったり、たまにパーティーに呼ばれたり……なんだかんだで外によく出てたわ。あたしがホストを呼びつけることもあって金遣いも荒かったのよね。
今は金を使ってない──と思ったけど、今日朝イチで結構な金額をアキヲに振り込んだわ。
確認の連絡はジェイルに入れさせてるから大丈夫のはず……。
そんなことをソファに座ったまま考えていると扉がノックされた。
「お嬢。ユウリ連れてきたっスよ。あとジェイルも」
「入って」
ゆっくりと扉が開いて、ユウリが静かに入ってくる。その後ろからジェイルも。メロは最後に様子を伺うような顔をして入ってきた。
ユウリはあたしの顔を見ると、ちょっとだけ気まずそうに頭を下げる。
昨日のこと気にしてるみたいだわ。急だったから驚いただけなんだけど……。
「お嬢、おれもいた方がいい感じっスか?」
「どっちでもいいわよ。でもジェイルはいて頂戴」
「は、承知しました」
どうせ暇だし、みたいなノリでメロが部屋に入ろうとする。
けど、そんなメロをユウリが何とも言えない顔をして見つめていた。メロはユウリの表情と視線に気付くと、一瞬だけびっくりしてからため息をつく。
……いや、まさか本当に喧嘩してるの? どうして?
事情が全く見えてこなくて、あたしは二人の様子を凝視する。見れば、ジェイルも驚いたような視線を二人に向けていた。
メロはガシガシと後ろ頭をかいて、一歩下がる。
「あーもう。わかったって。……お嬢、なんか邪魔みたいなんで今日はやめときまーす」
「メロ!」
「うっせーな」
態度悪く背を向けるメロの背にユウリが咎めるような声を向けていた。メロの態度は悪いままだ。
ケッ。と、メロは悪態をつきながら出て行ってしまった。ちょっと乱暴にドアを閉めるものだからジェイルが「花嵜!」とドア越しに怒鳴りつける。が、当然メロからの返事はない。
……何。本当になに……?
あたしは面食らったまま、視線をユウリに向けた。
「……ユウリ」
「は、はい」
「あんた、メロと喧嘩でもしてるの……?」
「喧嘩では、ないです。……ただ、昨日の事情をお話させていただくなら、メロには聞かれたくないと思っただけで……」
「そ、そう……とりあえず、そっち座って。まさに昨日の話をしたいと思って呼んだのよ」
そう言って向かい側のソファを示す。ユウリは遠慮がちに浅く腰掛けた。
ジェイルは少し迷った後にあたしの後ろに立つことに決めたらしい。
「あんたも座って」
「いえ、自分は」
「いいから座ってくれる?」
このやり取り、飽きてきた。相手がユウリならそこまで気にする必要ないじゃない。
鬱陶しかったので、隣の空いているスペースをポンポンと叩く。ジェイルが困った顔をしつつ、渋々と言った様子であたしの隣に腰掛けた。ユウリはそれを不思議そうに見つめていた。
よし、これで話ができるわ。
「で、ユウリ。昨日、どうして急についていきたいなんて言い出したの?」
真っ直ぐに見つめて、詰問口調にならないように聞いてみる。
ユウリは小さく深呼吸してからあたしを見つめ返して口を開いた。
「まず、昨日は突然あんなお願いをしてしまい申し訳ございませんでした」
「謝罪はもう貰ってるわ。理由を教えてくれる?」
謝罪とともに頭を下げるのを見て目を細める。律儀よね。
理由を、と促すとユウリは言葉を探すような素振りを見せてから、もう一度口を開いた。
「僕に何かできることはないかと思ったんです」
「できること?」
「はい。ここ一ヶ月ほど、ずっとロゼリア様は何かに追われているようでした。ジェイルさんやメロはロゼリア様の傍にいて色々と仕事をこなしているようなのに……メロと似たような立場の僕は何もしなくていいのかと、思って、」
「前にも言ったけど、ユウリにはもっとできることがあると思うのよ。勉強に集中してた方がいいんじゃない?」
わざわざ余計なことに手を出そうとするのがちょっと理解できない。そりゃ丸一日勉強してるなんて無理だろうし、使用人の仕事をちょっと抑えるようになってきてるから、ひょっとしたら時間が余るのかもしれないけど……だからって、あたしのことを手伝いたい(?)という方向に行くのが謎なのよね……。
ユウリにあたしを手伝う理由はないもの。
商会の買い取りの時にはアイディアを出してくれたのはありがたかった。だからこそ、勉強をしていてほしいのに。
色々とぐるぐる思考を巡らせる。本当に何故かしら。
考え込むあたしとは対象的で、ユウリは言いたいことはあるのに言えずにちょっとモジモジしていた。う、可愛い。最近ちょっと堂々としてきたなって思ってたけど、たまにこういうところを見せるのが、また……!
いやいや、そんなことに気を取られてる場合じゃない。
ユウリが何かあたしに訴えたいならちゃんと聞かなきゃ……!
「ロゼリア様がそう言ってくださるのは、その、嬉しいんですし、勉強はちゃんとやってるんですが……」
「ええ」
「……その。ロゼリア様は……僕のことをずっと……ペット、だって……仰って、そう扱ってましたよね。それを、その……できれば……」
ピシャーン。と、あたしに雷が落ちた。
あ、あー! 確かに!
あたし勉強していいって言ったし、学校にも行きなさいって言ったけど、これまでの扱いを改めるとかそういうことは一切言ってない。つまり、ユウリのペットって扱いや立場的なものはまっっったく変わって、ない!
自分のミスに気付いて、あたしは内心冷や汗をダラダラ流していた。
つまり、ユウリはペット扱いをやめて欲しいのよね。
当たり前の話だわ。ヒモ願望でもなきゃペット扱いなんて普通嫌に決まってる!
ユウリは特に真面目だし、これまでずっと『ペット』ってことにきっと鬱憤を溜めてきたんじゃない? 言い出せなかっただけで……。前世を思い出して色々と顧みることはできたけど、まだまだ全然足りてないってことよね。のんびり一日寝て過ごしたいとか言ってる場合じゃない。
咄嗟に謝るということがどうしてもできず、あたしはユウリを見つめたまま黙り込んでしまった。
沈黙が続けば続くほどに、ユウリをペットのままにしておきたいってことになっちゃう……!
と思っていると、横からジェイルがあたしを見て口を挟んできた。あたしの葛藤を察した感じではない。
「お嬢様。自分は真瀬の要望を叶えることに賛成です。賛成というか、むしろ早急に是正すべきです。表向きは使用人だとしても、実際はペットのように扱っているという事実は」
「わかってるわよ! そこまで頭が回らなかったの! もうしないわよ、そんな扱い!」
ユウリに言うべきことをジェイルにぶつけてしまった。ジェイルはあたしのことを不審げに見つめる。
「……本当にご理解されてますか? 九条家の後継としての名前に傷が」
「後継とか、今はそこまで考えてないから……! ジェイル、ちょっと静かにしてくれる? あたしはユウリと話をしているの。ユウリと話をしたいの」
今は後継なんて言われてもうんざりって感じなのに、ジェイルにはまだそういう考えがあるのに驚いた。……まぁ、ジェイルの立場からすれば、あたしが後継になるとそのまま側近だもんね。出世よね。
自分を落ち着ける意味も込めて軽く深呼吸をしてから、改めてユウリを見つめた。ジェイルは言われた通りに黙っている。
「ユウリ」
「はい」
「今、ジェイルに言っちゃったけど……あたしに、あんたをペットみたいに扱う意志は、もうないわ。だから、なんていうか、安心して。余計なことは考えずに、受験に向けて勉強して頂戴」
「……はい」
これでいい、はず……なんだけど、ユウリはちょっと不満そうというか歯に物が挟まった感じというか、とにかくこれだけでいいって雰囲気じゃない。
えー……?
何もせずに勉強できる環境ならよくない? 何か足りないの?
あたしのことが気に入らないのはしょうがないけど、不満を持たれたままなのは今後のことを考えると困る。ユウリのためにも不満は解消しておきたい。
ジェイルもそんなことを感じ取ったのか、あたしをちらりと横目で見てくる。口を挟んでいいか、という問いかけなのは伝わってきたので黙って頷き返した。
「真瀬」
「はい」
「他に何かお嬢様に望むことがあるのか?」
「……役割を、何か、頂けないかと思いまして」
「役割?」
返答を聞いてあたしは首を傾げてしまった。変な子。
「その、メロはロゼリア様について南地区行ったり、話し合いに参加したりしているでしょう? キキも通常通りロゼリア様付きのメイドとして仕事をしています。羨ましいというのとはちょっと違うんですが、僕だけ勉強させてもらうは、流石に……」
「なるほど、それは確かにな……」
ジェイルが納得している。
が、あたしは「遊んで暮らせるならその方がよくない?」という考えがあるせいで、すぐに納得が出来なかった。
何も言わないからか、ユウリとジェイルが意見を求めるように視線を向けてくる。
うっ。ちょ、ちょっと待ってよ……。
急にそんなこと言われても何も思いつかないんだから。




