35.再び南地区①
ユキヤとの話は問題なく進み、アキヲとの日程調整も問題なかった。
そして、再び南地区へと向かう日になる。
あたしはいつも通りに準備をし、キキに身なりを整えてもらう。
キキが美容師とかそういう方向に興味があると言ってから数日しか経ってない。んだけど、今日は「キキがいいと思う髪型にして」と言ってみた。
これまでは、流行りの髪型とか格好とか、あとは金がかかっているように見えるようにやらせていた。
けど、そういうことに執着が薄れちゃったからね……。
「えっ! い、いや、私はその、興味があるだけで……ロゼリア様にご満足頂ける腕があるわけでは……」
「少し雰囲気を変えたいのよね」
「う。で、でも、今日はアキヲ様にお会いになるんですよね……? いつもの装いの方がいいと思います……」
そうだった。
わざわざお洒落していく相手じゃなかった。変なタイミングでお願いしちゃったわ。キキもすごく困ってるし、こんな時にお願いすることじゃなかったわね。
あたしはこれ以上無理を言うのをやめておいた。
「……そうね。じゃ、今日はいつも通りでお願い。でも、そのうちお願いしていいかしら? キキの練習台になるわよ」
「ひぇっ、れ、れんしゅ……? きょ、今日は、承知しました。れ、練習の件は……い、いずれ……」
キキはちょっと青い顔をしつつ頷いた。
うーん、未だにあたしへの恐怖心みたいなものは消えない、か。前のめりになっちゃうのも良くないわね。いきなり距離が縮まるわけじゃないんだから、もっと慎重に行かなきゃ。
って毎回思ってる……。学習能力のなさも課題だわ……。
あたしがそれ以上何も言わずにいるとキキはいつも通り、誰に会っても問題ないような髪型と服装を整えてくれる。
そういえば、具体的に聞いたことないけどキキはどういうのが好きなんだろう?
あたしはゴージャス系が好きだからいつもそんな感じになってる、実は、可愛い系が好きとか、案外モード系が好きとか……今度それとなく聞いてみよう。
準備ができたタイミングで自室を出る。廊下にはジェイルとメロが待機していた。
「お嬢、準備終わったっスか?」
「見ての通りよ」
「いつも準備長いっスよね。何して、いった?!」
余計なことを言うメロの後頭部をジェイルがしれっとした顔で殴っていた。……こう、ぽんぽんメロの頭を殴るからどんどんメロがアホになるんじゃない? 悪循環だわ……。あたしも殴ってたけど……。
とは言え、今更メロの余計な一言を言うクセが治るとも思わないし、ほっとこう。
「じゃ、行くわよ」
「はい」
「はーい。あー、いてて……」
あたしは前回と同じくジェイルとメロを連れて屋敷を出ようとする。
玄関に向かう途中でユウリがやってきた。
「あの、ロゼリア様」
「何? ユウリ。もう出かけなきゃなんだけど」
「不躾なお願いなのは理解しているんですが、……同行させて頂けないでしょうか」
突然の申し出にあたしはぎょっとした。後ろにいるジェイルもメロも驚いている。多分。
「えっ?! なんで?!」
ユウリがついていきたいと言う理由が全く分からない。っていうか、あんたは勉強しなきゃいけないでしょうがって思っちゃって……なんか、とにかくすごく混乱した。
あたしの問いに対して何か答えようとするユウリを見て、後ろからジェイルがずいっと出てくる。あたしの混乱を察したのかもしれない。
ジェイルとユウリが真正面から向き合う。ちょっとだけユウリが怯んだ。まぁジェイル大きくて威圧感あるもんね……。
「駄目だ。お前を連れていく理由がない」
「それは、そう……ですけど、僕は──」
「お嬢様も困っている。せめてこんな直前ではなく事前に相談してくれ」
うぐ。と、ユウリが言葉を噤んでしまった。
そうよね、事前に相談してくれてたら考えたわ。どうしてついていきたいのか、って理由も含めて。アキヲとの話し合いの場に同席させないにしても、こんな急には連れていけないわ。
メロは口を挟まずにユウリを見つめている。何か探るような視線だった。
「わか、り、ました。……申し訳ございません、こんなに突然に……ご無理を言ってしまって……」
ユウリはあまり納得してなさそうな顔で頭を下げた。ちょっと悪いことをしちゃった気分だわ。
けど、本当にいきなりは連れていけないわよ……。どうしちゃったのかしら、ユウリ。
ジェイルがあたしを振り返り「行きましょう」と声をかける。
「え、ええ。……悪いわね、ユウリ。帰ったら理由を教えて頂戴。次があるかどうかわからないけど、理由次第では考えておくから」
「は、はい。ありがとうございます。あの、お気をつけて」
「ええ、じゃあね。いい子でお留守番してて頂戴」
そう言ってあたしは歩き出した。ジェイルの先導に従ってそのままユウリの横をすり抜け、玄関を出ていく。
玄関を出る前に振り返ってみると、ユウリがメロに何かしら耳打ちをしているのが見えた。
メロはおかしそうに笑ってて、ユウリはちょっとむっとしている。……何の話をしているのかしら。
ユウリの他にもキキや他の使用人、珍しく墨谷が見送りに来てくれている。
あたしのイメージアップ(?)が徐々に進んでいるようで、ちょっとずつだけどみんな気を許してくれてるように感じた。普段よりもちょっとだけ気持ちのこもった「いってらっしゃいませ」を背に、南地区へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、メロ」
「なんスか?」
車の中。ジェイルは助手席、メロはあたしの隣。
ゆったりとした車内であたしはメロを見た。メロはどこに隠し持っていたのか、お菓子をぱくついている。車の中が汚れるからせめて綺麗に食べなさいよね。
「出掛ける時ユウリになんか言ってたけど、何言ってたの?」
「へ? あ、あー……秘密っス」
「何よ、気になるわね」
「あははは。ねぇ、お嬢、お菓子食べるッスか?」
「要らない」
言う気はなさそう。表情が対照的だったからすごく気になる。二人が喧嘩をするイメージなんてないし、普通に仲がいいと思ってたから……なんか不思議だったのよね。今度ユウリにも聞いてみよう。あの感じだとユウリが答えてくれるとは思わないけど……。
ジェイルがバックミラー越しにこっちに視線を向けてきたので、何でもないと言いたげに首を振っておいた。
そして、前回と同じくニ時間弱で南地区に入り、それから程なくしてアキヲの家についた。
相変わらずの成金ハウスだわ。
敷地内の駐車スペースに入って車が停まったところで、助手席のジェイルが素早く降りて、あたしの座っている後部座席のドアを開けてくれた。
降りようとしたところで、あたしの前にすっと手が差し出される。ジェイルの手だった。
「お嬢様」
「? なに? この手」
差し出された手とジェイルの顔を見比べて頭上に「?」を浮かべてしまった。
……いや、だって、これまであたしにこんな風に手を差し出してエスコートまがいのことしたことあった?! 記憶の限りないんだけど?! せいぜいドアを開けて「どうぞ」って言うくらいだったでしょ!?
先に降りて待ってるメロがものすごく変な顔をしている。苦手なものを食べたような、困惑しているような、宇宙人を見たような……どういう感情……?
「い、いいわよ。子供じゃないんだから」
「そうはいきません。どうぞ」
「……あんた本当にどうしちゃったの……」
このままでいても埒が明かないと思い、ジェイルの手を取って車から降りる。引き続きメロがものすごく変な顔をしてあたしとジェイルを見つめていた。その顔やめてくれないかしら……! こっちだってなんか恥ずかしいのよ。
今までこんなことしなかったじゃない、なんて、こんなところで言い出してもしょうがない。一々聞くのも恥ずかしいし。
車から降りたところで手を離せば、ジェイルは素知らぬ顔をしてドアを閉めていた。
駐車スペース近くでは、既にユキヤが待機していた。あたしが車を降りたのを見計らって近付いてくる。
「ロゼリア様、ようこそお越しくださいました」
「久しぶりね、ユキヤ」
「はい。お元気そうで何よりです」
前回南地区に来た時と同じような感じでユキヤが出迎える。今回もアキヲに言いつけられてあたしのお出迎えって感じ。
あたしはあたしでこれまで通りの対応をしなきゃいけないんだけど、どうしてもユキヤに親近感が湧いてしまってこれまで通りにできる気がしない……。
それを察してか、ユキヤは言葉少なにあたしを屋敷へと誘導する。
当たり障りのないどうでもいいような話題(天気の話とか)をあたしに振って場をつなぐような会話をした。けど、視線や雰囲気は以前とは違っていて、そのことはあたしを嬉しくさせる。
……そう言えば、こういう時ってノアの姿がないのよね。姿が見えなくてちょっと残念だわ。
メリクリ!
 




