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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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286.エピローグ②

「あの、さ」


 遠慮がちに切り出すメロ。こんな殊勝な態度、本当に珍しいわね。


「お嬢って会長になりたくないんスか?」

「……そうよ。なりたいとは思わない」


 ずばりと聞かれたので、ちょっと躊躇ってからはっきり答えた。今更誤魔化してもしょうがない。

 メロは「意外」と言わんばかりに目を見開いた。ユウリも一緒になって驚いている。まぁさっきはあたしが次期会長候補になることを喜んでいたものね、本人にやる気がなかったらこんな反応にもなっちゃうわよね。


「なんでっスか?」

「面倒なのよ。それに、向いてるとは思えないし」

「えー? そうかなあ? 他人にバシバシ命令するところとか向いてると思うっスよ」

「はい、僕もそう思います。計画のこととか結構判断が早かったですし……決して向いてないとは思えません」


 そうやって言われて嫌な気はしないけど!

 でも、今回の計画があったからこそ自分自身が向いてないなって思ったわけで……あたしが感じていることと、周りから見えるあたしはかなり差があるんだってことに今更のように気付かされた。

 向いてると言われても、今は全くやりたくないから断るしかないのよね。

 そう思っているとメロがそっと耳元に顔を寄せてきた


「じゃあ……おれと一緒に逃げる?」

「ちょっ?! メロ、君は一体何を……!!!」


 ユウリがメロを慌てて引き剥がした。当のメロは飄々とした様子で笑っている。適当なことを言ってるわね、こいつ……。

 一瞬でもドキッとした自分が恨めしい。

 肩が上がるくらいに息を吸い込み、そして思いっきりため息をついた。


「馬鹿なの?」

「もー、お嬢ってロマンチックさが足りないっスよ。そういう方法もあるでしょって話。──はい、ワイン」


 メロがちょっと残念そうにしながら、ワインのボトルをあたしに向けた。あたしはグラスの中身を空にしてからメロにグラスを向ける。とくとくと注がれる赤い液体を見て目を細める。

 オレンジシュースをちょっとずつ飲んでいるユウリが何か思い立ったように顔を上げた。


「ロゼリア様、僕……ロゼリア様の役に立てるように頑張ります。会長にならなくても、ロゼリア様が安心して日々を送れるように……」


 ユウリはやけに真剣な表情をしていた。

 会長にならなくても、か。

 伯父様が宣言した時は喜んでたし、さっきも嬉しいって言ってたけど、それだけが全てじゃないみたい。あたしが今「会長になりたくない」と言ったからか、これまでの言動を反省しているようにも見えた。


「おれもおれも。お嬢、今すぐは無理だけど、待っててね。もっとちゃんと役に立つから」


 何言ってんのかしら、こいつ。と思いつつも若干嬉しいのは否定できない。

 ユウリもメロも、あたしのことを気にしてくれてるのがわかる。あたしが次期会長候補として指名されたからって言うんじゃなくて、あたしの「嫌だ」って気持ちを汲み取ってくれているのが嬉しい。以前みたいに上辺だけじゃないのも伝わってくる。

 伯父様と話していた時、ジェイル以外は歓迎していて四面楚歌かと思ったもの。今は、少なくとも敵ばかりじゃないということに安心している。


「ロゼリア」

「ロゼリア様」

「あ、ハルくんユキヤくんおかえりーっス」

「おかえりなさい」


 ワインを飲んでいるとハルヒトとユキヤ、そしてノアとリルがどこからかやってきた。ハルヒトとユキヤの手には飲み物、ノアとリルは食べ物と飲み物をそれぞれ分け合うように持っている。

 リルはノアに楽しそうに話しかけていた。ノアはやや困惑気味ではあるけど満更ではなさそう。

 まさか、……あたしの知らないところでいい感じに?!

 完全に意識が二人に向いてしまい、ワインを飲むのも忘れてノアとリルの二人をガン見してしまった。えー、年も近いし、何ならノアはリルとくっついたら逆玉の輿だしいいんじゃないの? ……あ、でも周りがいい顔しないかも。

 そう思い、ハルヒトとユキヤを見る。二人は微笑まし気にノアとリルを見守っていた。


「……いいの?」


 こそ、と二人に聞いてみる。ハルヒトもユキヤも一瞬だけきょとんとしてから、すぐに笑った。


「オレは全然問題ないよ」

「こういうことは外野がとやかく言うことではありませんから」


 保護者二人(?)は特に文句はないらしい。まぁ見ていても可愛らしいカップルではある。って、ただ二人で一緒にいるだけでそう見ちゃうのもどうかと思うけど! 荒んだ心に効く癒しであることには変わりはない。あわよくば、このまま仲良くなっていて欲しい。

 周りもノアとリルの二人が仲良くしていることに驚きつつ、温かい視線を送っている。……二人がこの視線や周りの雰囲気に気付いたらどうなるのかしら。

 

「っていうか、今までどこにいたの?」


 それはそれとして、控室から出てから姿を消していたハルヒトとユキヤを交互に見つめた。


「ユキヤと話をね。あとは飲み物を取りに行ってただけだよ」

「……さっきも気になったけどユキヤと話って何?」


 聞いてみるとハルヒトはユキヤを見つめ、ユキヤはハルヒトを見つめ返して軽く首を振った。何なのかしら、この何とも言えない雰囲気。


「……。……言っていいのかな」

「ハルヒトさんが話すのであれば問題ないかと思います。俺が勝手に話してしまうと角が立ちそうなので」

「そっか。隠しておくようなことじゃないし、いいのかな。あんまり話が広がるのは困るけど……。

実はユキヤをスカウトしてたんだ」

「ス、スカウト?」


 一体どういうこと? 急に何の話をしているのかわからず、眉をひそめてしまった。

 ハルヒトはちょっと困ったように肩を竦める。


「ユキヤが今は第九領にいづらいって言ってたから、落ち着くまで他領に行くって話を聞いて……よかったら、八雲会どう? って誘ったんだよ。半年でもいいからオレの傍で色々教えてくれないか、ってね。

父さんがオレの傍に何人か置きたいらしいんだけど人選に悩んでて……もし希望があれば聞くとも言われたし、思い浮かんだのがユキヤってわけ」


 そ、そんな話をしてたの?! 驚きだわ。ユキヤってハルヒトの中で評価が高いのね。ユキヤにとっても渡りに船で、悪い話ではないように思う。

 反応を覗うようにユキヤを見つめた。ユキヤは内心どう思っているのかわからないような笑みを二コリと浮かべる。


「先ほど話をいただいたばかりなので、少し検討する時間が欲しいと伝えたところなんです」

「悪い話じゃなくない? 知らない相手じゃないし、ユキヤの事情もわかってくれてるし……何ならあたしからも口添えを」

「ロゼリアって鈍感ゆえにちょっと無神経だよね……」


 言い終わらぬうちにハルヒトが呆れ顔であたしの言葉を遮る。

 話を傍で聞いていたジェイルもメロもユウリも神妙な顔をして頷いていた。当のユキヤは苦笑してるし、鈍感って何なのよ! なんかすごく馬鹿にされたわよね、今。

 ハルヒトの呆れた顔にはめちゃくちゃ文句を言ってやりたい気分になった。

 が、それを遮るようにユキヤがあたしとハルヒトの前にグラスを持ってない方の手を割り込ませた。


「ああ、無神経と言えばガロ様との話の中で……ロゼリア様が会長の座に興味がなさそうだったのに賛同してしまい、申し訳ございませんでした。……その道を応援したい気持ちもありますが、ロゼリア様のお気持ちを大切にしていただけた方が、俺個人としては嬉しいです。

……あの場でこの発言ができずに、失礼いたしました」


 ユキヤの流れるようなセリフに面食らってしまった。

 な、なんか、みんな同じようなことを言ってくれるのね、って……驚いたというか感動したというか……。

 内容ももちろんのこと、あの場では本当にジェイルだけが味方だと思ってたから、メロもユウリも、ユキヤも無理に会長にしたいわけじゃないことが伝わってくる。あの時はそういう雰囲気があったし、「会長にはなりたくない」というあたしの本心を明確に知っていたのはジェイルとキキとアリスだけだったものね。

 ……さっきは伯父様のやり方がちょっとずるかったわよね、やっぱり。


「気にしないで。伯父様の言い方じゃ仕方なかったと思うし……今、こうして伝えてくれただけで十分よ」

「そう言っていただけてホッとしました。ありがとうございます」


 ユキヤは胸のつかえが取れたような顔をして笑う。

 対して、ハルヒトは微妙な顔をしている。それこそ歯にものが挟まったような顔をしていた。


「ハルヒト、どうかした?」

「……いや、オレの言ったことは別に嘘でもなんでもなくて、最近感じたことだったから──」

「あんたはしょうがないでしょ。気にしてないわ」

「そうやって言われると、それはそれで立場がないんだよね……」

「何よ、それ」


 気にしなくていいと言っているのにハルヒトは引き続き微妙な顔をしていた。

 あの時、ハルヒトの言うことが理解できたのは本当だった。「神輿は軽くて馬鹿がいい」と言い放った人もいるし、何も知らないまま担ぎ上げられて利用されることがないように知識や情報での武装は必要。

 あれ? ということは、ハルヒトは八雲会の会長を前向きに捉えているってことなの?

 聞いてみたい気持ちにもなったけど、何となく聞ける雰囲気ではなかった。

 まぁいいや。よその話だし、いずれ何かあれば噂が耳に入るでしょ。

 大体、今日はそういうことは考えずにパーっと飲むと決めたし!


 パーティーの時間は流れるように過ぎていき、最初よりは人が少なくなったように見えた。

 とは言え、お酒も入っているから会場内は賑やかなまま。

 あたしも何杯目になるかわからないワインを飲み、おつまみを食べ、気持ちよくなってきている。

 ジェイルたちも楽しそうにしているし、なんだかんだでこうやってパーティーを開いてよかったと思えた。

 あたし自身、本当にデッドエンドを回避できたんだという事実を噛み締め、ようやく『勝利の美酒』に酔うことができていた。

 あー、このままベッドにダイブして寝てしまいたいかも……。

 そんなことを考えていると、さっきまでジェイルたちと楽しそうに話をしていたユキヤがそっと近付いてきた。キキとアリスが料理と飲み物を取りに少し離れた隙を狙ったみたい。


「ロゼリア様、今よろしいでしょうか?」

「見ての通り飲んでるだけだもの。いいわよ」


 ね。と、ワインの入ったグラスを掲げて笑う。ユキヤは「そうですね」と笑い、どこか緊張した面持ちを見せた。

 不思議なことにあたしとユキヤの周囲に人はおらず、何故かその空間だけぽっかりと空いている。


「……こんなタイミングでお伝えすることではないと思いますが、今日を逃すと次がいつになるのかわからなくなるので……どうしてもお伝えしたいことがあります」

「? 何よ、改まっちゃって」


 やけに真剣な眼差しを受けて内心ドキッとした。

 けれど、それはそれとしてこんな風に改まって伝えられることなんて全く思い当たらない。だから、脳内は「?」だらけ。

 ユキヤは一息ついてから、穏やかな笑みを湛えてあたしを真っ直ぐに見つめる。


「ロゼリア様、俺はあなたが好きです。お慕いしてます」


 ──は……?

 ユキヤの言葉をうまく受け取れなくて脳みそがフリーズする。

 近くの誰かが飲み物を吹き出す音と、食器を取り落とす音が連続して響いた。

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