284.聞いてない!②
ハルヒトという存在が身近にいることと他領で起きている後継者争いの噂を聞いていると、あたしには明確なライバルがいない分、話は通りやすい。さっき「半数はいい顔してない」とは言ったものの、半数のうち更に半分はもともとあたしが会長になることに肯定的で(適正云々の話ではなく、単純に九条家の人間だからという理由だけ)、残りは今回で見方が変わった人間かどっちつかずの人間。
逃げても解決しないし、こうなったらしばらくは伯父様の言う通りにして「適正なし」と判断させるしかない……。
けれど、結局伯父様の話に乗ってしまうわけだし──要は後継者教育を受けるわけで……釈然としない……。
不満を隠しもせずに黙っていると、不意に伯父様が視線を弱める。そして、ふっと笑った。
「一旦は俺の話に乗っておいた方がいいと思うだろ?
本来ならお前には相応の教育をしなきゃいけなかったんだが、俺が自由にさせすぎた。知識、立ち振る舞い、他の会との顔つなぎ……どれもこれも別にあって損はしねぇはずだ。
ハルヒト、お前も会長になるかどうかはさておき、自分の立場を考えたら──あった方がいいと思うだろ?」
突然指名されたハルヒトは目を丸くしていた。
わざわざ追いかけてきたメンバーはあたしの座っているソファを囲むように立っている。話をしているのはあたしと伯父様だからソファには流石に座ってない。
ハルヒトは一瞬だけ困った雰囲気を出していたけど、すぐに諦めたように小さくため息をついた。
「……思います。……これまで周りがオレにそういう情報を与えようとしなかったからこそ、逆に必要なんだと感じました。無知なままだと何が正しいのか、自分にとって何が必要なのかも判断ができないので……」
伯父様は満足そうに頷く。
わかる。わかるのよ、伯父様が言う教育の必要性とかハルヒトの言う「無知なままだとまずい」という話も! でも、いきなり騙し討ちみたいに「これからロゼリアに教育をします」と宣言されるのはやっぱり納得できない。心情的に抵抗がある。
ハルヒトが何だか複雑そうな顔をしていた。
「ロゼ、さっきも言ったが何が何でも会長になれと言ってるわけじゃねぇ。なるならないは追々考えればいい。
今はただ『次期会長候補』として振る舞ってくれ。そうすれば俺以外の奴もお前を守ろうとするはずだ。本当に適性があるかどうか──周りも判断したいはずだからな……まぁ、時間稼ぎだとでも思ってくれていい」
あたしは黙ったまま何も言えない。伯父様は多分自分の決定を変えない。それはあたしもわかってる。わかってるからこそ、何らかの返事をしたくない……!
だって、悔しいんだもの!
全部伯父様の掌の上でした、みたいな展開じゃない!
あたしが何も言わないからか、伯父様は楽しそうに続ける。
「適性がねぇならそれまでだ。俺も諦める。
だがな。……わざと手ぇ抜くなよ、ロゼ。俺がお前が生まれてきてからずっと傍で見てきた。わざと手を抜けるくらいの余裕があるかどうかなんてすぐわかるんだからな?」
半ば脅しだった。反論の余地はない。
とりあえず伯父様の言葉に従って、一旦は『次期会長候補』を受け入れて後継者教育とやらを受けるしかなくなっている。
あーもう! 悔しい!
「……ずるいわ、伯父様」
「ずるい?」
「自分が安心したいからって、こんな風に強引に進めることないじゃない」
腕組みをして足を組んで、とても不機嫌ですという態度を全面に出す。伯父様がおかしそうに笑った。
「ああ、そうだ。俺は俺が安心したいだけだ。──お前が可愛くてしょうがないからな、ロゼ」
優しく見つめられてしまい、更に言葉を失った。
お前のためだ、とか言われてたら「勝手なこと言わないで!」と反論もできたのに……こうもはっきり自分のためだと言い切られると逆に「勝手よ」と糾弾できなくなる。こっちの方がずっと勝手なのに。
伯父様があたしのことを何よりも可愛がってくれているのは──もうずっと前から知ってるから。
これまでのようにあたしを甘やかすだけの方が気楽だったはず。
けど、伯父様はもうそれを辞めると言っている。なら、あたしもそれに応えるしかない。
はーーー。と、大きくため息をつき、伯父様から視線を外した。
「それに、ロゼが会長になることを純粋に喜ぶ人間もいるだろ?」
そう言って伯父様はメロへと視線を投げた。
メロは話を聞いていたのか、聞いてなかったのか、キョトンとしている。これは話を聞いてたけどいまいち理解してない顔ね。
「メロ、どう思う?」
「へ? おれは難しいことよくわかんないっスけどお嬢が会長になったら嬉しいっスよ。かっこいいし、おれも鼻が高い。がんばろーって思えるっス」
気楽でいいわね。こっちは今後のことを考えたら頭が痛くなってくるのに。
続いて、伯父様はユウリへと視線を動かす。
「ユウリは?」
「僕もロゼリア様が次の会長になったら嬉しいです。それにガロ様の仰ることはよくわかるので……僕もロゼリア様を守る側の人間になれればと思います」
ユウリは嬉しそうな上に、何故かうきうきしているように見えた。なんで?
次はジェイルに話が行くかと思いきや、何故かユキヤに視線が向かった。ユキヤはちょっと驚いている。
「お前にも聞いとくか。ユキヤ、どうだ?」
「私は今回ロゼリア様に色々と助けていただいた身ですので、今回のガロ様のご決定は嬉しいものでした。個人的にとても歓迎しておりますし、喜ばしいことだと思います」
ず、ずるくない? ユキヤなんて仮にあたしの協力が不十分でも、絶対に伯父様に忖度して「嬉しいです」って言うに決まってるじゃない。なんか都合の良い賛成要員にされたような気もしなくもないわ……。
そして、最後にジェイル。キキとアリスはこういうことに口を挟める立場じゃないし、ハルヒトは八雲会の人間だからね。
「ジェイル」
けれど、ジェイルは名前を呼ばれてもすぐには返事をしなかった。個人的にはあたしに会長になって欲しいって言ってなかったっけ?
「……ガロ様のお話は最もですが、自分はお嬢様のご意思を尊重したいと──」
「それでロゼに危険があってもか」
ああ、そうか。ジェイルはあたしの「会長になりたくない」っていう意思を尊重してくれてるんだ。
これでジェイルの評価が下がったりするのは流石に可哀想ね……。
そう思い、あたしはジェイルの答えを制するように手を軽く上げて、ひらひらと振った。
「ジェイル、いいわ」
「……お嬢様、申し訳」
「いいの」
振り返って苦笑する。本当なら、ジェイルはこの中で一番伯父様の意見に賛成しなきゃいけないのよ。あたしのせいで微妙な対応をさせてしまって申し訳ないわ。
あたしに「嫌」と言わせないために、周囲の意見を聞いただけだもの。もうあたしは頷くしかないのよ。
やり方には物申したいし、絶対にどこかで仕返しをしてやると言う気持ちになったわ。
あたしは俯き、もう一度「はーーーーー」と全力でため息をついた。
そして、気持ちを切り替えて顔を上げる。
「──伯父様、わかったわ。今回は伯父様の言うことを聞く」
「そうか、ありがとうな」
伯父様が嬉しそうに笑った。いつもならときめくのに今ばかりは憎らしい!
話は終わったしさっさと出ていきたかったので、すっと立ち上がる。それを見た伯父様が思い出したように口を開いた。
「とりあえず今日は飲んでこい。本格的に動くのは年が明けて、落ち着いてからだ」
「はいはい。あ、追加でシャンパンとワイン頼むわね」
「好きなだけ飲んでいいぞ」
飲まなきゃやってられないわよ。ああ、勝利の美酒のはずがただのやけ酒に……。
「戻るわ」とわざわざ来てくれたメンバーに声をかけて、ぞろぞろと控室を後にした。……はあ。