281.パーティー②
開場後、待合スペースで待っていた招待客が入ってきた。
ホテルの会場を借りていて、ホテルスタッフと九龍会の人間が招待状のチェックをしつつ中に招いている。伯父様と話す時間が作れなかったけど、まぁいいか。事前に打ち合わせとかで散々話をしているし、敢えてこの場で話さなくても。多分、伯父様と話したい人もいるに違いない。
最初、お出迎え的なものをした方がいいのかと確認したけど、要らないって言われちゃったわ。あたしは今注目度が高いから招待客が出入り口で滞留する可能性もあるんだろう。
ということで、あたしは邪魔にならないように控室に近いホールの隅で招待客を眺めている状態。
東、西、北の代表がちゃんと来てるわね、後で挨拶しておかないと……。
見覚えのある顔が入ってきて、こちらに近付いてきたなと思ったら──ハルヒトだった。十代前半くらいの少女を伴っている。
な、なんでハルヒトが?
招待客リストの中にハルヒトの名前なんてあった?! あたしがチェックした中にはなかった気がするけど?
「あれ、ハルくんじゃね?」
「……本当だ。今日は八雲会もパーティーのはずじゃ……」
ハルヒトの存在に気付いたメロとユウリがひそひそやってる。ジェイルもユキヤも驚いていた。
っていうか、ユウリの言う通り今日ってどこの会もパーティーやってるもんでしょ。八雲会だって例外じゃなくて毎年盛大にやってたはずよね。八雲会のパーディーが結構派手だって話はあたしの耳にも届いているくらいなのに……ど、どういうこと?
華やかなパーティー会場でもハルヒトの容姿は目を引く。白のスーツだったら完璧な王子様だったんだけどワインレッドのスーツだった。ちょっと残念。
あたしの戸惑いをよそにハルヒトはにこやかに、隣の少女はやや緊張した面持ちであたしの目の前に立った。
「ロゼリア、招待ありがとう。今日は一段と綺麗だね」
「ハ、ハルヒト、なんで……?」
あたしが戸惑っているとハルヒトの隣にいる少女が前に一歩進み出た。
「はじめまして。八千世リルです。本日はお招きありがとうございます」
彼女は姿勢を正してお辞儀をした。
うわーーー。美少女ーーー。
ミリヤは年齢を感じさせない可愛らしいタイプだった。間違いなくその血筋って感じ。もちろんハルヒト、っていうかミチハルさんにも似てるんだけど明らかにミリヤ似だわ。
って、だから招待した覚えなんてないんだってば!
「なんでここにいるのよ」という気持ちが駄々洩れかつしっかり伝わっていたらしく、ハルヒトはおかしそうに笑った。
「招待状が届いたのはつい三日前なんだよね」
「み、三日前?!」
「うん、ガロさんの名前でもらってるよ。……八雲会も毎年パーティーをしてたらしいんだけど、諸事情で開催が中止になってね。父さんと幹部だけの食事会になったんだって。多分父さんがそのことをガロさんに話したんじゃないかな……だから気を遣ってくれたんだと思う」
諸事情──。
そういえば、八雲会のパーティーなんかは全てミリヤがやっていたという話を聞いた。それこそ準備から仕切りまで全部。ミリヤの取り巻きは一掃したって話はもちろん聞き及んでいるから、人員削減や入れ替えもあったのは想像に難くない。つまり、そういう事情があってミリヤがやってたパーティーの準備までカバーできなかったんじゃないかしら。
で、八雲会のパーティーが中止になったことを世間話程度にミチハルさんが伯父様にしちゃって、伯父様が乗り気でハルヒトと妹であるリルを誘った、ってところ?
ノリノリで「ハルヒトも誘っとけ」と言い出す伯父様が目に浮かぶようだわ。
「……そうだったのね。折角来たんだし、二人とも楽しんで頂戴」
そう言って二人の顔を交互に見遣る。背後からユウリがすすっと近付いてきて「ロゼリア様、リルさんにご挨拶を……」と囁いた。
しまった。動揺していて挨拶を忘れてたわ。この子とは紛れもなく初対面よ。
「失礼したわ。……リルさんね。あたしは九条ロゼリア。今日はわざわざ来てくださってありがとう」
そう言って握手のために右手を差し出す。
リルはちょっとまごついたけど隣にいるハルヒトの様子を窺ってからおずおずと手を差し出した。驚かせないように手を握り、軽く揺らした。
……。いや、本当に可愛いわね、この子。
肩につくくらいの髪の毛はハルヒトと同じ金髪。軽く巻いてあって小さめの花飾りがあちこちについている。淡いピンクのドレスで胸のところが大きなリボンになっていて、丈長めのバルーンタイプのスカートだった。
目はミリヤと同じ赤みがかったピンク色、その眼差しからはあの時のミリヤを思い出してしまう。
そっと手を離したところでリルが恥ずかしげに視線を逸らす。
「お兄ちゃ、……いえ、兄からお話は伺っています。とても素敵な人だって……お会いできて光栄です」
「そう? ハルヒト、変なこと言ってなかった?」
「そんな! べた褒めでした! 影響を受けたのか、帰ってからは珍しくパパ、いえ、父にずっとついて経営のこととか」
「リル」
ハルヒトがリルの名前を読んで話を中断させてしまう。何よ、何か面白そうな話が聞けそうだったのに。
ところどころ背伸びして言い直すのが可愛い。緊張しているみたいだけど、こう、ひしひしと育ちの良さみたいなものを感じる。……ミリヤはリルのことはすごく大切にしていたみたいだもの。リルにとってはちゃんと母親だったんだろうな。
「ごめん、ロゼリア。とにかくお招きありがとう。こんなに盛大なパーティーは初めてだから嬉しいよ」
「面白い話が聞けると思ったのに残念だわ。──リル、さん? よかったらまた後で聞かせてね」
ふ。と口元に笑みを浮かべるとハルヒトは逆に困ったような顔で笑った。リルに視線を移し、精一杯微笑んだ。
「えっ。あ、はい! あの、あたしのことはリルと呼び捨てにしてください。……ロゼリア様」
「じゃあリル、あなたから様をつけられるなんて申し訳ないわ。さん付けくらいでお願いできる?」
「はい! ロゼリアさん、よろしくお願いします」
にこやかに言うと、リルは納得してくれた。
あたしは現会長の姪、リルは現会長の長女。……年齢を加味してもあたしが様をつけられる理由がないのよ。ああ、今後こういう場面が増えるのかも知れないと思うとヒヤヒヤする。できるだけ回避したい。危ない橋は渡らないようにしていきたい。スマートな立ち回りを会得する必要がある。
ホテルスタッフがドリンク、もしくはお酒を手渡して回っている。そろそろ開始時間が近づきつつあるのね。
ハルヒトがドリンクを受け取る前にと言った様子でユキヤに声をかけていた。ユキヤはちょっと戸惑っている。
「ユキヤ、ちょっとだけいい?」
「ええ、もちろん。何でしょうか?」
「あんまり人に聞かれたくないから……あっちの隅で」
ハルヒトにそう言われるとユキヤも拒絶できないらしい。「少し失礼します」と断って、ハルヒトとともにホールの端っこに移動していった。人が近づかないだろうところだけど、過剰に内緒話をする風でもない。……一体何の話なのかしら。
二人の様子が気になったものの一旦スルー。後でどっちかに聞いてみよう。
あたしの出番は伯父様の挨拶の合間にちょっとだけ。伯父様が「ここでロゼリアから一言」みたいな感じで誘導があって、そこで今日来てくれたことへの感謝、これまでのお詫びと、元気になった報告とお見舞いのお礼を言う予定。その後、伯父様にマイクを返して乾杯──という流れ。
乾杯用のドリンクは挨拶が終わった後に受け取るから今は受け取れない。
っていうか、お酒飲みたい……。
そう、医者からは問題ないと許可を貰っている。貰ってすぐに飲んでもよかったけど、どうせだからね!
ゲーム最終日に『勝利の美酒』として味わうのが最高だと思って今日この日まで我慢してきた。はー、早く『勝利の美酒』に酔いしれたい……これでもうデッドエンド回避、『ゲームで決められた死』は回避できたのだと実感したい!
「えっ!?」
内心盛り上がっていると、ユキヤが大きな声を出したために中断された。
え、何……?
周辺にいた人間は流石に「何?」「どうしたの?」と言わんばかりにユキヤ、そしてハルヒトに視線を向けている。ハルヒトが慌てて「しー!」と人差し指を立て、ユキヤはすごく驚いた様子で口を押さえている。「なんでもないです」とハルヒトが笑うものだから、一応それで周囲の視線は外れる。
あたしとか、二人のことを知っている人間は気になったままだったけど。
「何かあったのでしょうか?」
「さあ?」
ジェイルの問いかけには「さあ?」としか答えようがない。
やがて、そう時間を置かずに二人はこっちに戻ってきた。
「何の話をしてたの?」
「ちょっとね」
ちょっとね。って……ハルヒトは何でもないって顔をして笑ってて、ユキヤは何だか困った顔をしていた。何だかアンバランス。ジェイルがユキヤに「どうかしたのか」と聞いるけどユキヤは「何でもありません」と苦笑するだけ。
き、気になる……!
無理やり聞き出そうかと思っているところでユウリに肩を叩かれた。
「ロゼリア様、そろそろお時間ですので……あちらへ」
残念。時間だわ。まぁ後でも聞けるから後にしよう。
挨拶があるから、とそこにいるメンバーに言い残して、会場内前方にある伯父様や司会、スタッフが待機している場所へと向かった。




