280.パーティー①
デッドエンドも回避できたしのんびりできる~と思っていたのも束の間。
伯父様が二十四日にあたしの快気祝いも兼ねたパーティーを行うと言っていたがために準備に追われてしまった。本来なら初代国王生誕の前夜祭という体でただ飲んで食べて楽しむ集まりでしかない。伯父様から開会のあいさつがあるだけの気楽な立食パーティーのはずだったのにあたしの挨拶文とか(ユウリが作った)、快気祝いの手配状況確認とか(ユウリがやった)、会場のレイアウトや食事の確認、招待客チェックなどにも何故かいちいちあたしのチェックを要していた。あたしが目を覚ますまで全てストップしていたことだから、一気に雪崩れ込んできたわ……。
伯父様に聞かれた時は何も考えてなかったけど、「快気祝いは兼ねなくていい」って言えばよかった……そこまで頭が回らなかったからしょうがないんだけど!
快気祝いを兼ねる=主催の一人になる、ということに全く気付かなかったのよね。だから招待状も伯父様とあたしの連名になっていて、超特急で招待状を送りつけたらしい。まぁ、式見に話を聞いてみれば、事前にできる準備は全てしていて、会場の手配や招待客へと事前案内も済んでいたらしい。必要だったのはあたしのGOサインのみ。
だとしても無茶な話よね。十日ほどで全部準備するなんて。
そんな風にパーティーの準備に追われる中で、伯父様が手配した外商と仕立て屋が椿邸を訪れた。
何をするのかって、パーティー用にドレスとアクセサリーを新調しろとのこと。
いくつか着てないのもあるし、新しく買うなんて発想はなかったから本当にびっくりした。断ろうかと思ったけど、伯父様の厚意じゃ無下にもできなかったので買うことにした。
……選ぶのにも本当に時間かかったわ。
試着がついつい楽しくなっちゃってずーーーっと着替えてた。キキとアリス、墨谷や他のメイドたちも見に来てくれてかなり盛り上がっちゃったしね。
新しいドレスに合わせたアクセサリーも買っちゃったわ。
二十四日までの準備の中で、一番楽しい日だった。
◇ ◇ ◇
そんな感じで二十四日、本来であればゲーム最終日までの時間は慌ただしく過ぎていってしまった。
……おかしい。のんびりなんてできなかった。毎日何かしらやってたもの。
夕方からのパーティーに会場の確認なんかの関係で早めに到着。色々確認をしてから改めて着替えをして、受付開始前には会場に降りていった。
ちなみにキキとアリスも一緒。一応仕事って体だけど好きにしていいとは伝えている。このためにドレスも買ってあげたしね!
会場では九龍会のメンバーが最終準備に追われていた。大変だなぁと他人事のように眺めつつ、邪魔にならないように会場内を歩く。
伯父様は式見や他の部下と打ち合わせをしていた。あとで話しかけに行こう。
準備の邪魔にならないようにと会場の端っこに、やけに華やかで目立つ集団を見つけた。まだ招待客の受付前だけど……? と不思議に思って目を凝らすと、なんとジェイルたちだった。
ジェイル、メロ、ユウリ、ユキヤ、そしてノアの五人。しかも全員きっちりパーティー用のスーツを着ている。
ジェイルはネイビー、メロは少し濃いめのベージュ、ユウリは淡いグレー、ユキヤは黒のスーツだった。……メロだけなんかチャラく見えるわね。
……うっわ。ゲーム中にはそんなシーンも衣装替えもなかったから想像すらつかなかったけど、あいつらがちゃんとした格好してるとあんなに目立つんだ……?
普段とのギャップに引いていると、横でキキが小さく笑う。
「ロゼリア様、ここにいましょう。どうせすぐに気付くと思います」
「どうせ、って」
「そうそう。ロゼリアさまがわざわざ声をかけてあげる必要ないですよっ」
なんかキキもアリスも妙に強気じゃない?
キキが着ているドレスはグリーンのマーメイドラインで、胸元から腰にかけて刺繍が施されていてスタイリッシュな印象がある。アリスは肩紐がリボンになっているタイプのAラインドレス。スカート部分が水色の生地に花柄で可愛い。
まぁ男同士で積もる話もあるだろうし、わざわざ声をかけなくてもいいか──と思っていたら、キキの言葉通り間を置かずにあたしの存在に気付いてしまった。
そして、五人は集団でこっちに寄ってくる。え、怖。
「お嬢様、お疲れ様です」
「ロゼリア様、こんにち──……いえ、もうこんばんはと言った方がいいですね」
ユキヤの声に釣られて外を見ればもう暗い。冬だしね。
思わず五人をまじまじと見つめてしまった。ユキヤは買い物の時にちょっと気を使った(?)服装を見てるけど、他のメンバーのちゃんとした格好なんて見たことがなかったから妙な感慨深さがある。
あたしが口元に折り曲げた人差し指を当てて挨拶も返さずにいるからか、五人は顔を見合わせていた。
ユウリがおずおずと前に出て、あたしの様子を窺う。
「……えっと、ロゼリア様? どうかしましたか? 何か会場内で気になることがあればスタッフに言ってきますが──」
「あんたたちのそういう格好は初めて見たなと思っただけよ。……画が強いわ」
ビジュアルが良い人間が、綺麗な格好をしている。
というだけで、謎の圧がある。『前世の私』だったらキャーキャー言っていたに違いない。今のあたしだと正直イケメンにもパーティーにも慣れちゃってて、これと言った衝撃はない。目の前の五人への新鮮さはあるけどね。
あたしの言葉を褒め言葉と受け取ったメロが嬉しそうにずいっと前に来た。
「えへへ。会長が買ってくれたんスよ。どっスか! 似合う? かっこいい?」
「ちゃんとして見えるわ」
「……それ褒めてるっスか?」
「褒めてるわよ」
メロは何だか釈然としない表情をしていた。褒めてるのに何なのよ、その反応は。
あたしとメロのやり取りに周りがおかしそうに笑う。笑われてるのはあたしじゃなくてメロのはず……!
メロはちゃんとしたスーツを着せてもらってもどこまでも変わらないのよね。そこがいいところとも言える、かな?
そんなことを考えていると、ノアがあたしのことをじーーーっと見つめているのに気付いた。
「ノア? どうかした?」
やばい。どこかおかしいところでもあったのかしら? 慌てて鏡を探すのもちょっと嫌だわ。
あたしの心配をよそにノアはハッとしてブンブンと首を振った。
「い、いえ! そうじゃな、くて……その、えぇと、きょ、今日はとてもお綺麗だったので……み、見惚れてしまっただけ、です」
ものすごく恥ずかしそうに言うノア。あたし含め、その場にいる人間の視線が集中する。視線のせいで更に恥ずかしがっちゃって、ぎゅっと縮こまる姿が可愛かった。
ドレスを選ぶのも楽しかったから、やっぱり褒められると嬉しいわ。
思わずノアを見つめたまま深く頷いてしまった。
「満点」
「えっ」
その「えっ」が誰の声だったのかは知らない。
いや、でも「とても綺麗で見惚れてしまった」って恥ずかしげに言うなんて満点でしょ!
あたしはノアの方に近づいていき、その姿をじっと見つめた。
「ノアも似合ってるわよ。素敵だわ」
「ひぇっ……あ、ありが、とうござい、ます」
「どう? この日のために伯父様が買ってくれたのよ」
何故か青ざめて視線を泳がせるノアの前であたしは半回転してみせた。
ドレスの色はあたしの好きな赤。胸元と背中ががっと空いたデザインで、肌は出てるけどシアー素材で覆われているので下品な感じにはなってないはず。全体にちょっと濃い目の赤い糸で薔薇の刺繍が入っているし、胸元や背中の一部にはクリスタルの装飾があって、ドレスのデザインとしてはシンプルなんだけど華やかさもある。足元にはスリットが入っていて、黒のレースが覗く。どうせだし思いっきり高いハイヒールにしちゃったわ。
すると、メロが悔しそうにあたしとノアの間に割って入ってきた。
「お、おれだって綺麗だって思ってたし……! っていうか、背中空きすぎじゃない?!」
「これくらいなら普通だわ。それに背中も綺麗に見えるでしょ?」
「綺麗、なのは……そう、だけど……!」
「やめなよ、メロ。──ロゼリア様。すみません、あまりに綺麗だったので……なんて声をかけていいかわからず……」
「ふうん? そういうことにしておいてあげるわ」
いつも通りメロをユウリが引っ張ってその場から離してくれる。綺麗で声をかけられなかったって何よ。どうせ褒めたらあたしの「どう?」がうるさいから敢えて言わなかったとかそんなところでしょ。
「本当に、今日は美しいですね。女神が現れたのかと思いました。ね、ジェイル」
「……え。あ、ああ、うん」
「女神は流石に言い過ぎ。嘘くさく聞こえるわよ」
ユキヤが苦笑していた。どうにも取ってつけたような感じがあって、やはりノアの褒め言葉に勝るものはないわね。
憮然とするあたしとは裏腹にすぐ横でキキとアリスがおかしそうにくすくすと笑っている。何がおかしいのかと聞いてみたら「何でもありません」とはぐらかされてしまった。
全くもう。
さて、そろそろ招待客を会場内に入れる時間ね。