275.女子会
その夜。
あたしの部屋にはパジャマ姿のキキとアリスがいた。
キキはあったかそうなネイビーのフード付きワンピースパジャマで、アリスはなんでそれ? って感じなんだけど上下ジャージだった。アリスには可愛いの買ってあげなきゃ……! ちなみにあたしもワインレッドのワンピースタイプ。ちょっと寒いからガウンを羽織ってる。
食堂からもってきたお菓子と飲み物をテーブルに広げ、それを三人で囲っている。本当はベッドの上で、って言ったんだけど……二人とも「ベッドの上なんてとんでもない」と固辞したので、普通にテーブルを囲うことになった。アリスはちょっと興味ありそうだったけどね。
つまり、女子会!
前世のことを思い出すわ。ゆっぴーの家にりょーことみゆきちと三人で泊まりに行って夜中にこそこそ喋ってたっけ……。懐かしいな。今はそういうことができる相手がいないのが寂しいけど、キキとアリスが付き合ってくれてるから良しとしよう。
「お誘いいただいたのは嬉しいのですが……あの、何故こんな催しを?」
キキがおっかなびっくりと言った様子でクッキーに手を伸ばしながら聞いてくる。最初はキキも乗り気だったけど我に返った、って感じ。
あたしはカフェオレの入ったマグカップに手を伸ばしながら軽く笑う。
「二人とちょっと話したかっただけよ。環境も変わりそうだし……聞けるうちに、と思って。今夜は無礼講よ。気にせず話して頂戴」
そう言ったところでキキとアリスが顔を見合わせる。
なんか、二人揃って聞きたいことがある感じ……? あたしはどちらかと言うと二人の近況みたいなものを聞きたいのよね。キキは専門学校の受験は大丈夫そうなのかとか、アリスは急に椿邸に住み込みになったけど大丈夫かどうかとか……。
とは言え、二人からは話しづらいらしい。無礼講とは言え、この場は当然あたしから話し出すべきよね。
「キキ、専門学校は大丈夫そう?」
「はい、願書も出し終わって来月試験があるので……それ次第ですね。三次募集なのでかなり際どいところではありますが」
「……え。だ、大丈夫?」
専門学校のことはよくわからないけど三次募集とかあるんだ?
そう言えば大学よりも入試とか全然早いんだっけ。そうすると、あたしの提案自体も結構ギリギリだった……?
「定員には多少余裕があるようですので、あとは私の頑張り次第です」
「そう──。頑張って、応援してるわ」
「わたしも応援してます。キキさんっ!」
「ありがとうございます。……あ、そうだ」
クッキーを口に運びかけたところでキキが何か思い出したように動きを止めた。
「ロゼリア様。あの、……実は、私の受験のことで、式見さんにかなり気遣っていただきました」
予想外の名前を聞いて目を見開いてしまった。飲みかけのカフェオレを吹きそうになる。
なんで式見!? あ、でもユウリの教育とかフォローとかもしてくれてたんだっけ。
「願書や期限のこととか、果ては対策まで……個人的にはお礼を申し上げていますが、ロゼリア様にもお伝えしたくて……」
「そうだったのね。あたしからもお礼を言っておくわ」
「はい、お願いします」
……式見。神経質で細かくて近くにいたら息が詰まりそうって印象しかなかったけど……なんだかんだで面倒見がいいし、結構気が回るのね。流石、伯父様の秘書をやってるだけあるわ。いや、そういう性格だから伯父様がずっと傍に置いてるの、かも?
あたしのことなんて絶対に好きじゃないはずなんだけど、それはそれとして感謝だわ。今度ちゃんとお礼を言おう。ユウリのことも含めて。
そんな風にしみじみしているとマグカップを両手で持ったアリスがもじもじしていた。
「アリス? どうかした?」
「……い、いえ、ちょっとドキドキしちゃって」
「? ドキドキ?」
「ロゼリアさまのお部屋でこうして夜ふかしできて、キキさんともお話ができて……すごく、『普通の女の子』みたいだな、って……」
そう言うアリスの頬がちょっとだけ赤くなっている。照れてるのか、さっき言っていたドキドキのせいなのか。
あたしもだけど、キキも少し驚いていた。
何だかアリスが泣きそうに見えたから。
「こういうの、ずっと憧れてたんです。……詳しくは言えないんですけど、わたしは全然『普通』じゃないので。だから、この時間が夢みたいで……頭がふわふわしてます」
アリスは「えへへ」と照れたように、そして嬉しそうに笑った。
彼女の背景は、あくまでゲームを通して知っている。『陰陽』の諜報員兼暗殺者として育てられ、そのままずっと『陰陽』に骨を埋める運命を悟っていた。抜けるという発想はなく、「嫌だな」と思う中で出会うのが攻略キャラクターたちだった。『陰陽』に縛り付けられる運命であっても、好きな相手を助けるためという大義名分を得たアリスはようやく自分の運命を肯定できた、という背景がある。
──あなたを助けるために、これまでのわたしがあった。
というニュアンスの独白はどのルートでも共通していて、運命に傷付いた者同士が結ばれるという話はかなりグッときた。悪役、あたしだけど。
ゲームではアリスが『陰陽』に所属し続けるという点は変わらなかったから、そこから救い出せた(?)ことには満足している。
だから、アリスがこうして嬉しそうにしているのが嬉しい。
「……良かったわ、そう言ってもらえて。アリス、今日からここに住むわけだけど……問題はない?」
「はいっ! 全然問題ありません! むしろロゼリアさまと一緒のお家ですごく光栄です! 物音に敏感なので、寝ていても何かあれば駆けつけます!」
元気いっぱいの返事だった。夜中なのに。しかも護衛って……そこまで気張らなくてもいいのよ。夜は夜で敷地に警備がいるし。
「夜はちゃんと寝てていいのよ。──キキは今後学校もあるからあんたに負荷がかかると思うわ。悪いけど、よろしくね」
「そう、ですね。アリス、申し訳ないけどロゼリア様をよろしく」
「大丈夫です! お任せください。キキさんの分までしっかり働きます。悪い虫もちゃんと追い払います」
「──ええ、アリス。本当にお願いね。特にメロ」
「もちろんです」
気がつけば二人は飲み物を飲みつつお菓子を食べて、大分リラックスした様子を見せている。
で、急に声のトーンが変わったわ。しかも悪い虫って何? なんでメロ?
いまいち話の流れについていけずにいると、二人の視線があたしに集中した。
「ロゼリアさま、無礼講ということなので……今夜限りの話として教えていただきたいことが、あり、ます!」
「え、ええ……答えられることなら……」
ずいっとアリスがテーブル越しに身を乗り出してきて、思わず身を引いてしまった。何なのかしら。キキはアリスの言う「教えていただきたいこと」がわかっているようで少々真剣な面持ちをしている。
あたしは二人が何を考えているのかさっぱりわからなくて、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
アリスがテーブルに手をついて更に身を乗り出してくる。怖い怖い。
「誰にするんですか?!」
「え?」
「まだ誰も選びませんよね?!」
「え、いや……話が見えないわ?」
誰にするのか、って何の話? 本当に話が見えない。やや混乱気味だということを察したのか、アリスがソファに座り直してゆっくりと深呼吸をしていた。
「今、ロゼリアさまの周りには五人の男性がいます」
「五人? え、誰?」
「ジェイルさん、ハルヒトさん、ユキヤさん、ユウリさん、メロ、さん……五人です」
周りにいる、って言う? いや、言うか。言うわね。確かに周りにいて交流があるのはその五人だわ。
……選ぶ、ってまさかその五人の中から選ぶってこと?!
まさか今恋バナにしてるの!?
「ちなみに下馬評ではジェイルさん派、ハルヒト様派、ユキヤ様派で大体分かれています。
ジェイルさんは普段の行いがあり信頼度抜群で、古参の方から特に人気があります。ハルヒト様は椿邸での気さくな態度と規則正しい生活ぶりが高評価なようでした。ユキヤ様は屋敷を訪れるたびにロゼリア様に花束をお渡ししていたことがかなり好印象でした。
ユウリには若干の同情票が集まってますが、メロがぶっちぎりの最下位です。私もそうですが……仕えたくない、旦那様などと絶対に呼びたくないという意見が多いです」
カフェオレを吹きそうになってしまった。っていうかちょっと溢れた。
話題的にカフェオレを零しそうだったので一旦テーブルに置いた。
「下馬評って何!? どこの票!? そもそも何なのソレ?!」
「椿邸で働いている使用人と、本邸でロゼリア様周りの事情を知っている方々からの意見です」
「……何やってんのよ、本当に」
思わず額を押さえてしまう。た、確かに話題としては面白いかも知れないけど……! そんな話する?!
まぁ多少意識するシーンはあったわ。それは認める。
けど、攻略キャラクターである彼らと恋愛しようなんて欠片も考えてないわ。っていうか相手はアリスしかいないのに、どうしてこんなことに……。い、いや、ゲームと違って親しく(?)していたかもしれないけど、それはあくまでデッドエンドを回避するための関係改善であって他意はない。
ということを主張したいけどできない……!
こほんと咳払いをしてからしれっとした表情を作る。
「選ぶも何も、そもそもそういうんじゃないから……」
「……。ロゼリア様がそういうおつもりでも──いえ、すみません。変なことを聞きました」
「じゃあ、しばらくは安心してていいんですね。よかったぁ……」
「……ま、まぁ、あたしのことはさておき、あんたたちはどうなの?」
どうしてそんなに安心してるのかしら。でも、周りからそう見られているという情報が得られてよかったわ。伯父様の言っていたように本当に周りの目に気をつけなきゃいけないのね。あたしにその気がなくても、周りが面白おかしく囃し立てたら意味ないし。
話を逸らすために同じ話題を二人に振ってみる。
キキもアリスも揃ってキョトンとした顔をしていた。
「……今のところはやりたいことに集中したいので、特にない、ですね。いずれいい出会いがあればとは思いますが……」
「わたしはロゼリアさまに傍にいられることが嬉しいのでそれどころじゃないです! 今は出会いも必要ありませんっ」
キキはドライに、アリスは元気よく答えてくれた。
二人は今後に期待ってところね。ちょっと残念だわ。特にアリス。
──その後、これまで話せなかったことを色々と話して盛り上がった。最後の方はかなり下世話な話にまで発展しちゃったので反省。今夜限りのことだし、まぁ大丈夫よね。




