274.番犬宣言
タイミングを見てユキヤを呼び出して話をして、ジェイルとも今後の話をちょっとして、ユウリとキキには受験のことをちゃんと確認したい。アリスにも仕事のこととかを確認しておかないと……! メロは……あいつ本当に大丈夫かしら。一番心配なのよね。
たかが一ヶ月、されど一ヶ月。
目覚めてからの数日間で多少話をしたけど込み入った話はできてない。
あたしの体調に配慮してか、みんなそこまで自分の話はしてなかったしね。どちらかというと伝聞で話を聞くことの方が多かった気がするわ。だから、本人からちゃんと話を聞きたいのよね。
なんてことを考えながら、一度自室に戻った。
それはそれとして一気に環境が変わりそうだわ。今後のこともいずれ落ち着いて考えないと……。
ソファに座り込んで色々と考えていると、扉がノックされた。
「どうぞ」と声を掛けると静かに扉が開いてユウリが入ってくる。
「失礼します」
「あら、どうかした?」
「はい、快気祝いの品のリストをお持ちしました。式見さんのアドバイスを頂きながら作成しました。この中からロゼリア様が気に入るものを選んでいただいて手配する形になります」
そう言ってユウリは手製らしい冊子を手渡してきた。
金額別に数種類ずつ選んでくれている。玄関ホールとここにある花も金額がかなり差があるようだし一律同じものは失礼よね。ユウリは「ページごとに一種類ずつ選んでいただき、ランク分けして手配します」と説明してくれた。
……思いの外、秘書っぽいことしてるのね。しかもこの短時間に……。
以前までのおどおどした様子はすっかりなくなり、すごく安定したように見える。
「……ロゼリア様?」
冊子ではなくユウリをまじまじと見つめてしまっていて、ユウリが不思議そうにしていた。
「秘書っぽいなって思っただけよ」
「えっ!? そ、それは……ガロ様からそうしろと言われましたし、折角いただいた役割なので、ちゃんと全うしたいというか……!」
「ふーん。勉強もあるのに悪いわね」
「えへへ」
ユウリが照れくさそうに笑う。
うーん、可愛い。本当はもっと不幸そうな顔をしているところにグッと来るタチなんだけど今後はそんなことは言ってられない。
しかし、こういう趣味というか気質って変わるものなのかしら。生活態度を改めると言ったものの、「死ぬかも知れない」という恐怖が消えた今、これまで我慢できていたものがどうなるのかがちょっと不安だわ……。そういう意味でも『他人の目』が欲しいのよね。
ユウリは照れた顔のままちょっともじもじしていた。
「勉強と仕事のメリハリみたいなものがあって良かったです」
「そうなの? あたしにはわかんない感覚だわ。──これ、いつまでに決めればいい?」
「発注から納品の時間と、仕分けの時間も必要なので……すみません、早ければ早いほどありがたいです。リミットは明後日です」
……。そうか、パーティーが二十四日で、今日は十五日だから……あれ!? もう十日もない!
いや、のんびり決めてる場合じゃないわね。これ。
「今日中に決めるわ」
「す、すみません、助かります……」
「いいのよ。あんたはこれから荷物まとめなきゃいけないでしょ?」
「……う」
ユウリががくっと肩を落とす。元々ユウリはそんなに物を持つタイプじゃないけど、それでも移動は面倒よね。伯父様の命令とはいえ。
肩を落としたまま、ユウリが何か言いたげにあたしを見る。
が、それはちょっとした動きになっただけで結局何も言わなかった。
「お気遣いありがとうございます。……失礼します」
そう言って、ユウリは名残惜しむわけでもなく部屋から出ていった。
……よかった。なんか変なこと聞かれたり、言われたりしなくて。
前々からユウリって、こう……妙なことを口走るところがあったから、一緒にいるとちょっと緊張しちゃう時があるのよね。以前の妙なセリフは気の迷いだったということにして忘れて欲しい。聞かなかったことにすると言ったものの、簡単に忘れられるわけじゃないもの。
◇ ◇ ◇
午前中いっぱい快気祝いの品選びに費やした。……自分でもこんなに悩むとは思わなくて驚いたわ、本当に。
ユウリの作ってくれたリストはちゃんとしてたし、恐らくどれを贈っても問題なかったと思う。とは言え、とは言えね? 『九条ロゼリアからの快気祝い』って観点から考えるとすごく難しかったの。つまらないって思われるのも癪だし、かと言って気取ってると思われるのも違うし!
昼食を挟んで午後。
いつもハルヒトと昼食をとっていたから、本当に静かだった。
美味しいねって言い合える人間がいなくなるのってこんなに寂しかったんだ、ということを思い出してしまった……。
「お嬢~」
物足りない気分で食堂を出たところでぱたぱたとメロが駆けてきた。……こいつ、片付けはちゃんとできてるのかしら。
ちゃんとやれてるかどうか確認しようとしたところでメロがずいっと手を差し出してくる。
「これ貰って欲しいっス」
「? なにこれ」
「外国のコイン。幸運を呼ぶんだって」
手のひらに落ちてきた古めかしいコインは確かに外国のものだった。もう地図には存在しない国のもの。多分アンティーク雑貨ね。
あたしはコインをしげしげと眺めてから、そのままメロに突き返した。
「要らないわ」
「えっ?!?! な、なん、で……!?」
「なんでって……別に要らないし……」
あたし、この手の雑貨って絶対無くしちゃうのよ。メロは多分何か意味があってくれたんだろうけど、無くすかもしれないものを簡単に受け取れないわ。しかもあたしはアンティーク雑貨に興味がない。
メロはめちゃくちゃショックを受けた顔をしていた。……顔芸? って感じで面白い。
笑いそうになっているとメロは思いっきり肩を落とした。
「明日には出てかないといけないから、お嬢に何か渡したかったのに……」
「とは言っても本邸でしょ。隣じゃないの、別に今生の別れでもあるまいし」
「根性……の、別れ……?」
変換が間違ってるのは声のトーンだけで伝わってきた。あたしは額に指先を当てて盛大に溜息をつく。
「……もう少し賢くなって欲しいわ。それが何よりのプレゼントよ」
「えー、むずかしいこと言うー……」
『前世の私』も勉強は好きじゃなかったから気持ちはわからないでもないんだけど……でも、最低限の教養とか知識ってあるじゃない? メロはそれすらも欠如してそうなのが本当に心配なのよ。
かと言って無理やり勉強させるのも絶対に違うし、そもそもこいつが真面目に勉強するとは思えないし……。
そう思っているとメロは眉を下げ、珍しくぎこちない笑みを浮かべた。
「お嬢、おれね。お嬢の番犬になれるように頑張るっス」
「は? 番犬?」
「うん。護衛とか秘書とか、役割あるのがちょっと羨ましくって……。でもさ、他人にあれやれこれやれって言われるのやる気でねーし……」
ば、番犬? 一体どういう発想なのよ。前にペットはもう要らないって言ったからランクアップして番犬ってこと?
だからって番犬って……他に言いようがあるでしょうが。でも、話が続きそうだったので黙って聞くことにする。
「で、ちょっと考えたんスよ。アリスのこととかさ、おれって結構そういうカンが働く方じゃないっスか。お嬢が危ない目に遭わないように頑張るし、なんかあったら守れるように……そのために会長とか、むかつくけどジェイルの言うことも聞くんで……また──」
そこまで言ってメロは口をぎゅっと噤んでしまった。
今度は「要らない」とも言えなかった。頑張るって言ってる手前、否定も拒絶もしづらい。あとは単純にメロが目標を持ってくれたのが新鮮で、ちょっと嬉しかった。番犬とは言え。
「また、何?」
「や、何でもないっス。今から言うのはダサいんで……まぁ、そのうち?」
何がダサいんだろう。まぁいいや。あんまり考えてもしょうがない。
本人がやる気になってるんだから尊重しよう。あたしにできることは見守ることくらい?
「わかったわ。応援してるから、頑張って」
「うん、ありがとっス。ユウリやジェイルよりぜってー役に立つんで期待してて欲しいっス」
「──その前に部屋の片付けをして欲しいんだけど?」
背後から不意にキキが現れ、メロの肩をがしっと掴んだ。表情がかなり怖いし、メロは青ざめている。
……なるほど。午前中やけに静かで大人しいと思ってたら、キキが監督して部屋の片付けをさせてたんだ。なんかキキには迷惑かけちゃってるわね。キキにも受験のための勉強があるでしょうに……。
「ロゼリア様、食後に申し訳ございません。すぐに部屋の片付けをさせます」
「ええ。キキ、悪いわね……面倒事を押し付けたみたいで」
「いえ、これも仕事ですので……」
申し訳なくなって謝るとキキは笑いながら首を振った。その手はメロの肩から耳に移動しており、耳を引っ張っている。うわ、ちょっと痛そう。メロは「ちょ、ばか、ちぎれる」と喚いているけどキキは気にした様子はない。まぁいいか、メロだし。
あ、そうだ。キキにあのことを伝えておかないと……。
メロを連れて戻ろうとするキキにこっそりと耳打ちをする。ちょっと驚いていたけどいたずらっぽい笑みを浮かべて快諾してくれた。




