273.ガロの忠告
「お、お嬢! ほっぺ腐ってない?!」
「腐るわけないでしょ?! あんたハルヒトを何だと思ってるのよ!」
ハルヒトたちが屋敷から出ていった瞬間、弾かれたようにメロが飛んできた。
メロみたいに目立った反応をしないだけでジェイルもユウリもユキヤもすっごく微妙な顔してるし、……見ないようにしてるけど伯父様はすごく怒ってた。これまで好きにさせてくれてたから、ここまで伯父様が怒るのはすごく不思議。
あたしはメロを退かして伯父様の方に向かう。
「伯父様? 嫌だわ、頬にキスくらいでそんなに──」
「……ロゼ」
口にされてたら色々と問題だったけど頬くらいなら問題ないと思う。親愛の挨拶、みたいな? ……まぁハルヒトはこれで二回目だし、一回目のことを話題に出すとややこしくなるけど……別れの挨拶という点では問題ない、はず!
伯父様は怒りを鎮めて、目と目の間を指先で揉んでいた。
「いいか、ここではっきり言っておく。さっきのは見なかったことにするが──今後、これまでみたいな行動は控えろ。いや、するな」
「え?」
「多少金を使うのはいいが、男遊びの類に関しては一切禁止だ」
……え。い、いや、改めて言われなくてもそんなことする気はもうなくなってるんだけど……?
っていうか前世の記憶を思い出してから男遊びも夜遊びもしてないし、買い物だって一回しか行ってないのよ。我ながらすごく禁欲的な日々だったと思うわ。おかげでその手の欲がほとんど抜けてしまって、今では駄菓子で満足できる体になってるのよ。前までは一箱数万のチョコしか食べなかったのに……。
けど、伯父様にはそういうのが伝わってないのよね。
あたしは伯父様の手を両手ですくい上げて、ぎゅっと握りしめる。
「伯父様……」
「ロゼ、鬱陶しいだろうが聞いてくれ。今回お前の評価が上がったのは一時的な話だ。吹けば飛んじまう。清廉潔白であれとは言わねぇが、危ないことはしてくれるな」
そう言って伯父様はあたしの手を握り返した。
本当に痛いくらいわかってるのよ……。これで以前までのあたしに戻ってしまったら、またきっとゲームのようなことが起きてしまう。それを避けるためには我儘を控え、散在せず、夜遊びや男遊びをしないに限る。あくまでも常識の範囲内での遊びにしなければ……!
買い物は行くけどね! 店に金を落とすんだから悪いことじゃない。モンスターカスタマーにならなければいい。良い客になれるようにがんばる。
「俺はお前をこれまで通り守る。だが、今後はお前の努力も必要になってくるのを忘れるな」
「……ありがとう。心配してくれて……肝に銘じるわ。生活態度はちゃんと改めるから」
厳しい表情の中に不安が滲んでいる。
これまでがこれまでだったから、きっと心配なんだわ。こればかりはあたしの素行が悪かったから仕方がない。
伯父様だって心配なんだもの。周りはもっと心配、というか下手をするとあたしのスキャンダルを望む人間だっているはずだわ。伯父様がこれまで守ってきてくれたけど、これからは本当に自衛をしていかなきゃいけない……。いつ足元を掬われるかわからないもの。
手を離したところで、伯父様がちらりと他を見た。
「──お前らにも言ってんだぞ。メロ、ユウリ、あとユキヤ」
地を這うような低い声が三人に向かう。三人は面白いくらいにギクッと肩を震わせていた。
……三人とも不可抗力だと思うけど……とばっちりで可哀想だわ。
「や、やだなー! 会長! おれらはお嬢に言われなかったら別に、んぐっ?!」
「大丈夫です、ガロ様! 本当にご心配なさらず! ロゼリア様の評価が下がるような真似、絶対にしませんので!!!」
メロが余計なことを言いそうになったのを察したユウリが慌てて横からその口を塞いでいた。
二人はあたしが巻き込んだだけで全然──と考えたところで、それ以上考えるのをやめる。いや、思い出すとかなり居た堪れないと言うか、よく考えたらあいつらこれまで本当によくあたしに付き合ってきたわね!? やっぱり九龍会への正式加入も早まり過ぎじゃない!?
……冗談抜きでメロとユウリの思考回路が謎。殺したいって言われた方がまだ納得できる……殺されたいわけじゃないけど……。
ユキヤに至っては計画の中でそういう行動をしただけなのに、本当にとばっちりじゃない。
不安に思ってユキヤを見ると一呼吸置いてから一歩前に出た。
「ガロ様。ロゼリア様は計画の中で付き合ってくださっただけですので……私に他意はございません。先の噂はすぐに落ち着くと思います」
「他意はない、ねぇ……?」
「はい、ご安心ください」
ユキヤはにこやかに答えた。食堂にいる時は挙動不審だったけど落ち着いてるし、突然のことじゃなければいつも通りに対応できるっぽいわ。
隙のない笑みを見て、それ以上の追求を諦めたらしい。伯父様はユキヤから視線を外し、あたしの肩を軽く抱き寄せた。
「必要な人間は揃ってるようだから伝えておくことがある。
今回の件でロゼリアの評価は上がったが、さっきも言った通り一時的なものだ。ロゼ本人もそれは自覚している。
だが、どうしたって間違えちまうのが人間だ。ロゼが危ない道を渡りそうになったら止めて欲しい。ロゼ本人に言い辛いなら俺に言ってくれ」
ぅわ。こんなこと宣言しちゃうんだ。
これまでだったら真逆だったのに。むしろ「ロゼの邪魔になる人間がいたら教えろ」だったのよ。
けど、反論はない。間違えそうなら、それを教えて、止めて欲しいと思っている。
「以前のような『遊び』も一切禁じる。──ジェイル、キキ。目ぇ光らせといてくれ」
「はい、承知しました」
「か、かしこまりました……!」
ジェイルは深く頷いて返事をしているけど、メロたちの視線はどこか冷めている。なんでよ。
キキは自分の名前が呼ばれるとは思わなかったみたいでちょっとおっかなびっくりという感じだった。不安そうにあたしをちらちら見てくるから、口だけで「お願いね」と伝えておく。キキはそれで安心できたみたいだった。
それらを伝え終わったところで、伯父様があたしの肩を優しく叩く。
「ロゼ、いいな? 常に見られていると思って行動しろ」
「わかったわ」
正直、人の目があってくれた方がありがたいくらいよ。自制が効かないかも知れないもの。情けないけど。
「で、最後。──メロ、ユウリ」
「はーい」
「はい」
「お前ら明日から椿邸じゃなくて本邸に住め。部屋は準備してあるから荷物まとめて移動しろ」
間。
メロとユウリの表情が固まっていた。我に返ったのはユウリが先だったけど抵抗しようって気持ちはないらしい。代わりにメロが大袈裟に驚いていた。
「えっ、えええええ!? か、かいちょ、なんでっスか!?」
「何でもクソもあるか。理由はさっき言っただろうが。……これまでがおかしかったんだよ。何で年頃の男女をひとつ屋根の下に置いとかなきゃなんねぇんだ」
「い、いや、だって……だって……!」
あたしも今聞かされたところだから驚いては、いる。
けど、伯父様がメロとユウリを椿邸から出したい理由はすごくわかる。二人、というより、あたしに前科があるから反論はできない。大人しく従うしかない。別にメロもユウリも解雇するとか、外に放り出すって言ってんじゃないんだから……待遇は変わらないのよね。住む場所が変わるだけで。それだって本人たちにしてみたら大事だとは思うけど。
メロが食い下がっているけど正当な理由なんて捻りだせないと思う。実家みたいなもの、と言われたらそうだけど、雇用主の判断だからね……。
ユウリが諦めた顔をしてメロの肩を叩き、ゆるゆると首を振っている。
メロが力なく「はーい……」と答え、ユウリも「かしこまりました」と答えていた。
「ロゼ、お前もできれば本邸に来て欲しいんだが……」
「……ごめん、伯父様。あたしは椿邸がいいわ。お母様とお父様とここに住んでいたし、伯父様と一緒にいたいのは山々だけど、ここを離れるのは考えられなくて……」
「そうだよな。いや、悪い。聞いただけだ。……まぁ、あいつらの代わりにアリスが住み込みで働くからそう寂しかねぇだろ」
「あら、そうなの? それなら安心ね」
アリスがいるなら逆に安心かも。護衛としてなら誰よりも役に立つでしょうし。
そう思ってアリスを振り返ると「任せてください!」と言わんばかりにガッツポーズとウィンクを寄こしてきた。……この子はこの子で礼儀作法を習わせた方が良さそうね。墨谷に言っておこう……。
「か、会長、なんでアリスが……?」
「こいつの能力を買ってるからだ。同性の護衛も欲しかったし丁度いい」
「の、のうりょく……」
どこか得意げなアリス。納得してなさそうなメロ。何故か微妙そうな顔をしているジェイル。
あたしはアリスのことを結構信用してるし、伯父様も信用してるみたい。けど、周囲の反応は微妙。
伯父様は話したいことを話し終えたのか、ぐるりと周囲を見回した。メロが何か言いたそうにしているけど無視している。
「異論がある奴は俺を納得させられるだけの材料を持って来い。以上だ。──解散」
話は終了。全員、ばらばらとその場を離れて行く。
ジェイルはユキヤ、ノアと一緒に一度本邸に戻るようだったし、メロとユウリは片付けがあるから自室に戻ろうとしている。メロはすごく嫌そうだし、ユウリは渋々っていうのが伝わってくるわ。
それぞれに色々と話したいことがあるんだけど、伯父様がいる前だとちょっと声をかけづらいわ。ちょっと落ち着いてから改めて声をかけよう。
キキとアリスとも話したいわね。どうせだから二人とは女子会とか開いちゃおうかしら。




