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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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272.オフレコ㊲ ~ミチハルとハルヒト~

 屋敷を出て、車までの僅かな道のりは静かだった。

 無論ミチハルだけで迎えに来たわけではなく、屋敷を出た先には車と数名の人間が待ち構えていた。ミチハルの秘書と部下だろう。

 ハルヒトは「こちらへどうぞ」と案内されるままに車の後部座席に乗り込んだ。数時間かかる道のりなので「お花をお預かりします」と言われたものの、何となく手放したくなくて傍に置いておくことにした。

 助手席に乗るかと思っていたミチハルがハルヒトの横に乗り込んできたことに少なからず驚く。

 ミチハルは視線に気付いて目を細めた。普段と違う行動をしている自覚はありそうだ。しかし、実の息子であるハルヒトに向ける視線すら冷たく、興味なさげだった。


「たまにはいいだろう。話をするのも。──出してくれ」


 話? と訝しげな顔をする。これまでハルヒトが話をしたくてもなかなか取り合ってくれなかったくせに。

 ミチハルへの期待なんて最早存在しないレベルになっていたが、ロゼリアから花を貰って気分が良かったので付き合うことにする。後は、ガロとロゼリアが仲良さそうにしていたのが羨ましかったのもある。二人の姿に背を押されたのだ。自分からもう少しくらいは歩み寄る努力をしてみよう、と。

 車がゆっくりと進んでいく。

 白く高い壁に、周囲に植えられた木々。自分の視点からだと壁に阻まれて中の様子は窺い知れない。椿邸がある敷地は外から見るとこんな感じだったのか、と妙な感動があった。


「ハルヒト、……まさかとは思うがロゼリア嬢に気があるのか?」


 よりにもよってその話とは。父親が息子の恋愛事情に口出すのはどういうことなのか。

 人の気持ちがわからない人間だなと憤慨したところで、そう言えばわからない人種なんだと落胆した。


「悪い?」

「悪いとは言っていない。難しい相手だと思っただけだ」

「……難しいって何?」


 眉を寄せて尋ねると、ミチハルは小さくため息をついてから内ポケットに手を入れた。そこから煙草とライターを取り出す。


「吸っていいか?」

「窓を開けてくれるならね」


 そう言って窓を開けるミチハル。父親が喫煙者なのは知っているが、こうして傍で吸うのを見るのは珍しい気がする。

 考えてみれば、母親の前でもリルの前でも、そして記憶が正しければミリヤの前でも吸うことはなかった。ミチハルなりに気を遣っていたのだろうか。

 カチッとライターで煙草の先端に火をつけ、すーっと吸ってから煙を窓の外に向かって吐き出した。


「ガロさんがロゼリア嬢を目に入れても痛くないほどに可愛がっているのは有名な話だ。……ありとあらゆる我儘を許し、湯水のように金を使わせ、夜遊びも男遊びも黙認していた」

「……よ、夜遊びに男遊び……?」

「黙認していたのはあくまでも『遊び』だからだ。……個人的には『遊び』であることは問題だと思うが、『本気』の方がガロさんは嫌だったんだろう。自分からロゼリア嬢が離れていくからな」


 淡々と言うミチハルの言葉に納得した。ミチハルの言うガロの気持ちにはいまいち共感できないけれど。

 傍から見ていてロゼリアとガロの仲の良さが不思議だった。姪と伯父という関係はあそこまで近いものなのか? と。うちは親子ですらこんなにも淡々とした関係になっているのに。

 しかし、よそはよそ、うちはうち、というやつだろう。


「しかし、遊ばせていた結果が今回だ。ガロさんも痛感しただろう。間違っていた、と。

……話が少し逸れたが、難しい相手だと思う理由の一つはロゼリア嬢の過去だ。どうしたって消えるものじゃない」

「それはこの数ヶ月でどうでもよくなってるよ。事実だとしてもオレにとってはただの過去に過ぎないし、問題にならない」

「結構」


 ミチハルは何故か楽しげに言い放ち、ふっと煙を吐き出した。何が楽しいのかもわからないし、そもそもこの男にこんな話を楽しむ心があることすら意外だった。

 というか、嫌じゃないのかと思う。

 後継者に指名している息子が、よりにもよって現会長のたった一人の血縁者に対して恋情を抱いていることが。


「そして、ガロさんは今回のことを反省し、ロゼリア嬢に対して次期会長としての教育──後継者教育をはじめるだろう」

「えっ? でもそんな話は」

「後継者教育くらいは別に敢えて指名しなくてもできるし、他ではある程度の年齢になったら義務にしているところもある。だから、ロゼリア嬢の年齢を考えると遅いくらいだ。あの事故のせいで有耶無耶のまま今日まで来てしまったようだし……。

つまり、ロゼリア嬢が一人で生きていけるようにありとあらゆる措置を講じる。

……今後、ガロさんがそんなロゼリア嬢のノイズになるようなことは許さないだろう。特定の相手はもちろん、以前のように『遊び』なんて以ての外だ。異性関係に対してはガロさんの目がこれまでと違って厳しくなるだろうな。これが最大の理由だ」


 別れ際、ロゼリアにキスをした時のガロの反応を思い出す。

 嬉しくて気がついたらキスをしていて、ガロの声で我に返った。そして内心ヒヤヒヤしていたのだ。よくもまぁあの調子で切り抜けられたものだと我ながら感心している。


「……で、でも、ガロさんだってロゼリアをこの先ずっと一人のままにしたいわけじゃないだろ?」

「その通り」


 引き続き、ミチハルが楽しそうに答える。まるで教師と生徒にでもなったみたいだ。期待通りの答えを返す生徒を教師が満足げに眺めているような──ミチハルに回答を誘導されているようでどうにも癪だったが、ミチハルの考えは筋が通っているように思うので、最終回答を知りたいと思ってしまった。

 ミチハルは吸っていた煙草を携帯灰皿に捨て、ハルヒトを見る。


「ロゼリア嬢を教育しながら、ガロさんは彼女のパートナーに成り得る人間を探すだろう。自分の眼鏡に適って、ロゼリア嬢も気に入る相手を」


 ガロの眼鏡に適う相手? どんな人間だ? と訝しむ。

 そもそもガロがどんな相手に合格点を出すのかわからない。ロゼリアが惚れ込んだ相手なら渋々認める可能性もあるが、ロゼリアが誰かに惚れ込む姿というのがどうしても想像できない。大体それでガロに認めてもらうのはあまりに情けない。

 貰った花をじっと見つめて考えていると、横でミチハルが声を殺して笑っていた。楽しそうだ。


「可愛い息子のために教えておこう。──ガロさんがロゼリア嬢のパートナーに何を求めるのか」

「……父さんにわかるの? そんなこと」

「簡単な話だ。ガロさんは自分の代わりを求めている。つまり、何があってもロゼリア嬢を守り切れる力だ。……ガロさん自身がそうであったように」


 ガロの代わり──考えてみればそれしかない、と思える言葉だった。

 財力、権力、賢さ、狡猾さ……どれか一つではなく、ありとあらゆる力が必要だということだろう。そしてそれらを兼ね揃えているのは現時点ではガロなのだ。ガロに太刀打ちできるのか? という問いには大抵の人間は「No」と答えるだろう。ハルヒトだって口が裂けても「Yes」なんて言えない。あまりに違いすぎる。

 ミチハルは続ける。


「お前は私の息子であることが有利に働くと感じているだろう? 確かにそれも間違いじゃない。

しかし、同条件の男なんて探さなくてもいるし、その気になって探せばもっといるだろう。敢えてお前に拘る理由はない。そもそも私がお前を後継者に指名している以上ガロさんは審査テーブルに挙げないだろうな」


 つまり、ミチハルが可能性を潰しているということじゃないのか。

 父を恨む気持ちが強くなり、その上で(なんなんだこの人)と不信感が増した。とは言え、ただただ客観的な感想を述べているだけでミチハル本人の意思はないように感じた。だからこそ、話を聞いていられるのだ。単純な分析として、先が非常に気になる話ではあった。

 まだ言葉が続きそうだったので参考程度にと思いながら続きを待つ。


「条件面で言えばお前より上の人間がいる。数人思い浮かぶ程度には」

「……一応聞くけどどこの誰?」

「まず思い浮かぶのは第六領、六狼会(りくろうかい)の長男と次男だ。次期会長は長子である長女で決まりだろうからな。……あそこは兄弟姉妹全員に同等の教育を施すし、何より彼らは自身が会長にならない場合も考えて事業を興しているそうだ。要は会の後ろ盾がなくてもやっていける人間だが、個人として九龍会との繋がりが持てるなら欲しいだろうし、ガロさんが声をかければ当然前向きに考えるだろうな」


 いきなり他所の人間が二人も候補に挙がるとは思っておらず、ハルヒトの表情が強張る。

 ミチハルに付き合って多少は他会の会長や次期会長とされている人間と顔を合わせたことはあるが、ミリヤの目もあったのでごくごく限られた中での話だ。また、ハルヒト自身は八雲会どころか他の会に興味がなかったので、どういう家族構成なのかなんて知ろうともしなかった。


「他だと──」

「い、いや、もういい。その二人だけで十分だよ……」


 まだいるのか、と驚いた。

 いやしかし、と思い直す。

 八雲会は二人、九龍会は一人──後継者にできる血筋の人間がごく少数の方がイレギュラーなのでは? と。

 他会は存続のことを考えて兄弟姉妹を多くもうけているとしてもおかしくはない。恋愛だなんだと浮かれている方が馬鹿なのでは、とすら思えてくる。他はもっと現実的かつ打算的なのかもしれない。もしくは、自分の都合と現実を上手く両立できるだけの力を持っているとか。

 これまで一欠けらの興味も持たなかったが、他がどうなのかが気になってきた。

 頭を抱えたところで、カチッとライターの火をつける音がする。珍しく二本目を吸うようだ。


「どうだ? ハルヒト」

「……何が」

「お前が有利だと思っている立場なんて大したことがないだろう? うかうかしているとガロさんは好条件の男を次から次へと見つけてくる。その中にはロゼリア嬢が気に入る男もきっといるだろう。別に『会』に拘らず、若い実業家でも将来優秀な起業家でもいい。ああ、ガロさんが逆に『会』の関係者を嫌がる可能性もあるな……九龍会の実権を握られるとまずい。となると、今日ロゼリア嬢の傍にいた男のうちのどれかを育てた方が手っ取り早いと考える可能性だってあるわけだ。

こんな状況が簡単に想像つくわけだが、……その上で、今お前に必要なのは何だと思う?」


(誘導尋問じゃないか──!)


 怒りと苛立ちが湧く。ミチハルは結局この結論に持っていきたかったのだ。ハルヒトの気持ちを利用して誘導して、ハルヒトの選択肢をたった一つに絞ってしまっている。

 ただ、そうしなければならないのは理解ができた。

 自分の立場を利用するなら、最低限習得しなければいけない知識や教養、振る舞いが存在する。ロゼリアやジェイル、ユウリに指摘されたように最低限の知識すらない状態なのだ。

 それらを得ようとした時、手っ取り早いのは後継者指名を一旦は受け入れること。次期会長の座が近づくとしてもミチハルの傍で学ぶのがいいに決まっている。

 袋小路に追い詰められたような気分になり、大きくため息をついた。


「父さんはそうまでしてオレを次の会長にしたいわけ? 素質で言ったらどう考えたってリルの方が向いてるだろ……」

「……ハルヒト、リルが今いくつだと思ってるんだ? 十三だ。後継者に指名するには幼すぎるし、あの子がいくら賢いと言っても周りにいいように使われるだけだ。私の身辺が落ち着かない今、そういう事態は避けたい」


 あれ? と思う。

 ミチハルは何が何でもハルヒトを後継者に据えたいと周囲から聞かされていた。ミチハルもハルヒトを指名したが、それっきりだった。そのことについてきちんと話した記憶はない。

 いつからか、話しても無駄だ、と諦めていたからだ。


「あと、周りから何を聞かされたのかわからないが──私はお前を絶対に次期会長にしたいわけじゃない。継いでくれた方が有り難いとは思うが……後継を指名しろ、という圧を躱しきれなかっただけだ」


 重々しいため息の中には強い悔恨が含まれているように感じた。どうやらハルヒトの知らない事情が様々あるらしい。しかし、その事情とやらをミチハルは絶対に話したりはしないだろう。それらを簡単に話すような人間であればハルヒトだってこんな苦労はしてない。

 空気を切り替えるように、煙草を吸い、ふっと軽く煙を吐き出す。

 次の瞬間にはさっきの悔恨などはどこかに消え失せていた。


「無論リルには自衛の手段を学ばせるし、なる・ならないは別として必要な教育は行う。……それはそれとしてリルとお前は仲がいいだろう? 負担ばかりを強いて申し訳ないが、私の目の届かない範囲は……お前が守ってやって欲しい。気丈に振る舞ってはいるが、ミリヤのことを悲しんでいるのは事実だ」


 そう言ってミチハルは煙草を消した。

 愛情の欠片もない冷たい人間だと思っていた。しかし、欠片くらいの愛情はあったのではないか?

 諦めずに話そうとすれば、もっと早くにこうした話ができたのではないか?

 だからと言ってどうして子供側ばかりが努力をしなければいけないのかという疑念や鬱屈した感情は消せない。父親であり会長である以上、もっとミチハルの方が歩み寄るべきだったという反発心は一生消えないだろう。


「……ハルヒト。指名のタイミングやミリヤの所業──これまでの全て、私のやり方が拙かったのは認める。外ばかりを気にして、お前たちに何もしてこなかった。何を言っても言い訳にしかならないから多くは語らないが……これまで要らない苦労をかけて……本当に悪かった」


 ミチハルはハルヒトを真っ直ぐに見つめて謝罪をした。

 淡々とした冷たい声だったが、視線の強さから悔いていることは伝わってくる。

 今は許してやろうと思うのは彼が父親だからだろうか。


「あのさ……! 言葉足らずだし、情報渡さなすぎじゃない?!」

「ミリヤとは散々話したんだが……まぁ、結果はアレだ」

「……呆れるよ、本当に」


 ミリヤが悪いのは明白だが、ミチハルも同罪だと思う。ミチハルの目が外にばかり向いていて、基本家庭のことはほったらかしだった。そこをミリヤに好き勝手されたのだからどうしようもない。


「ちゃんと語ってよ。言い訳でいいから……父さんは必要なことすら言わないのが問題すぎる……そのせいでこっちは会話すら諦めてきたんだから……」


 ミチハルが少し黙り込んだ。

 苦虫でも噛み潰したような顔をしていて、そんな表情すら珍しい。

 やがて、大きく息を吸い込み、それを全てため息として吐き出した。


「……ただの愚痴になるが」

「いいよ」

「私の父親がどうしようもない男だった。情に厚く善良などと言われていたが、……オレに言わせればただの愚図だ。アイツのせいで八雲会の財政は圧迫され、機密にしていなければいけない情報は漏れ放題、周囲からは散々馬鹿にされた……何故アレを会長にしたのか未だにわからない」


 本当に愚痴だった。こんな風に忌々しげに語る様子を見るのは初めてだったので驚く。

 ハルヒトにはミチハルの父親、つまり祖父の記憶はない。物心つく頃には既に亡くなっていたからだ。周囲から聞かされる祖父の話は非常に両極端で「いい人だった」と涙ぐむ人もいれば「本当に駄目な人でしたよ」と呆れる人もいる。

 ──つまり、全ては父親に対する反発心だったわけだ。

 自分と同じじゃないかと呆れてしまった。

 ミチハル自身、押し殺していたが父親に対する恨みつらみが後から後から湧いて出るようで三十分近く延々と愚痴を聞かされることになった。呆れもしたが、ミチハルがこんな感情を飼っていたことの方が意外で、言葉は悪いが新鮮である。いつも冷淡な印象しかない父親からこんな愚痴が聞けるとは思えなかった。


「……アイツへの怒りや復讐心で感情は焼いたつもりだったが──まぁ、上手くはいかないな。下らない愚痴を聞かせて悪かった。忘れてくれ」

「いや、面白かったよ」

「……。……同じことを言うのか。血は争えないな」

「え?」

「何でもない」


 どういう意味だと問う前にミチハルはいつもの氷のような表情に戻ってしまった。

 眼鏡を拭いてかけ直すのを見ながら、何か聞きたいようなことがあるような気がしたが、言葉にならない。さっきの言葉の意味を問いただす気にもならなかった。

 会話はそれで終わってしまったが、不思議と沈黙は気にならなかった。

長くなった。

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