表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

272/291

271.一時の別れ

 翌日。

 十時過ぎにはミチハルさん自ら迎えに来るという話があり、椿邸は朝からソワソワしていた。

 正直、ハルヒトはメイドたちからのウケも良かったし人当たりも良かったから色んな人に好かれていたと思う。だからこそ別れを惜しむ声が多かった。けど、第八領に戻らなければいけないという理由は誰もが理解していた。

 九時過ぎには荷物をまとめ終わり、あとはもう迎えを待つだけの状態になっていたハルヒト。

 食堂でお茶を飲みながら話をしていると、メロとユウリがやってきて話に加わる。


「ハルくんほんとに帰っちゃうんすスね……残念……」

「はい、寂しくなります」

「あはは。オレもだよ。年の近い人間と仲良くなれる機会がこれまであまりなかったからね」


 メロもユウリも言葉通り、残念そうな顔をしていた。

 ハルヒトは、というと、そこまでしんみりはしてない。むしろ昨日の食事時の方がしんみりしていた。


「まぁ、友達になれた人と離れるのは寂しいんだけど……オレの方が立場的に有利みたいだから、君たちへのハンデだと思って大人しくしてるよ」


 立場的に有利? ハンデ? 何の話?

 全く何の話だかわからなくて三人の顔を見比べる。どうやら言ってる本人はもちろんメロもユウリも意味がわかっているらしい。ハルヒトはにこにこしているけど、メロとユウリは口の端を引き攣らせていた。

 何の話なのかと聞こうとカップを下ろす。


「ねぇ、何の──」

「よぉ、準備はもうできてるみたいだな?」


 伯父様がやってきた。どうやら見送りにやってきたらしい。

 ハルヒトに聞こうとしたことが全部吹っ飛ぶ。


「伯父様!」


 自分でも表情がすごく明るくなるのがわかった。

 伯父様はいつものように秘書の式見を連れている。その後ろにはジェイル、ユキヤ、ノアもいた。そっか、ユキヤが本邸で厄介になっているって話だっけ。

 あたしは席を立ち、伯父様の方に向かっていった。


「おはよう、伯父様」

「ロゼ、おはよう。どうだ? よく眠れたか?」

「ええ、ぐっすりよ」


 伯父様が手を伸ばして頭に触れようとして、何かに気付いて手を下ろしてしまった。子供扱いをやめようと思ったのか、周りの目があるからなのかわからない。あたしは気にしなかったけど、……まぁ、周りがすごく変な目で見ているのは認めるわ。

 ジェイルとユキヤがあたしに近づいてきて、軽く頭を下げる。ノアも慌ててこっちに来て深く頭を下げた。


「お嬢様、おはようございます」

「ロゼリア様、おはようございます」

「お、はようございますっ……!」

「おはよう。……ユキヤ、本邸はどう?」

「えっ」


 伯父様と一緒にいるし、軽い気持ちで聞いてみるとユキヤが不意打ちを受けたみたいな表情をした。

 ユキヤは珍しくすごく困った様子を見せ、視線を泳がせる。伯父様を見て、ジェイルを見て、式見を見て──なんか本当にまずいことを聞いてしまったのかと思うくらいに妙な視線の動きだった。けれど、視線を向けた先の誰もユキヤと視線を合わせようとしなくて、本当に変な感じ。


「……ぁ、いえ。非常に良くしていただいています」

「……。……本当に? ……伯父様、本当?」


 なんかすごく不安になってきて思わず伯父様に聞いてしまった。

 すると、伯父様は何を思ったのか、ユキヤの肩をがしっと掴む。ユキヤの笑顔が強張った。


「ちっと込み入った話をしただけだ。……ユキヤには色々聞きてぇことがあったしな」

「伯父様。ユキヤはずっと大変だったんだから手加減してあげて頂戴」

「……やけに庇うな?」

「そりゃそうよ。──あたしが九条印使ったって知ってるでしょ?」


 アキヲとか計画の話をしてるんだったらユキヤは被害者だわ。そもそもあたしが──という話をしだすとややこしくなるからやめておこう。

 九条印の話を持ち出すと伯父様はちょっと驚いた顔をしてから、「そうだったな」と楽しそうに笑う。ぽんぽんとユキヤの肩を叩いてから開放していた。

 それを見てちょっと安堵する。昨日のメロもそうだけど、伯父様に睨まれたり絡まれて普通でいられる人間はあまり見ないのよ……。伯父様自身がちょっと威圧的なところがあるし、雰囲気が独特だから大体の人間は縮こまっちゃう。

 できる範囲でフォローしないといけない、とは思ってる。

 そうこうしている間にキキとアリスが追加のお茶を持ってきてくれた。


「ガロ様、お茶をお持ちしました」

「式見さんたちもどうぞ」

「おう、悪ぃな」


 テーブルにお茶が置かれたので、それぞれ席についていく。

 ミチハルさんが来るまであと十五分か……。

 時計を見ながらそんなことを思う。そう言えばミチハルさんってどんな人だったかしら?


「……昨日も思ったんですけど、ガロさんと一緒にいる時のロゼリアって可愛いんですね」


 ちょっ……!?ハルヒト、急に何を言うのよ……!

 ハルヒトは何も考えてなさそうな顔をして伯父様を見てそう言った。当の伯父様は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにニヤリと笑う。


「だろ? まぁ、俺の特権だな」

「へぇ、羨ましいです」

「まだ誰にもやらねぇけどな」

「そうなんですね。……残念です」


 いたわ、伯父様に対して萎縮しない人間。ハルヒトはにこやかだし、伯父様もどこか得意げだった。けど、周囲の空気がピリついている。

 っていうか、あたしが伯父様と一緒にいると可愛いって何よ……。全然意識してなかったし、伯父様は唯一の甘えられる人間ってだけだから、その他とは態度が違うのは当たり前なのに……こうして言葉にされると恥ずかしいわ。伯父様も肯定しちゃってるし。

 もうちょっと伯父様に対しても線を引いた方がいい? いや、そんなの引ける気がしないわ、駄目だわ。

 なんてことを考えていると、墨谷が食堂にやってきた。


「ハルヒト様。ミチハル様がお見えになりました」


 ふっと時計を見れば、もう十時五分前になっていた。ちょっと早いけど、まぁこんなもんよね。

 その場にいる全員が静かに席を立ち、ハルヒトの見送りをするべく移動し始める。

 あたしは昨日指示したものを用意させるためにユウリに目配せをしてから玄関に向かった。ユウリは頷いてから別室へと向かう。


 玄関ホールにぞろぞろと移動すると、白いスーツの男性が立っていた。

 これが八千世ミチハルさん……。ザ・美形って感じ。ハルヒトによく似てるけど雰囲気が全然違うし、ハルヒトが年齢を重ねてもこうはならないだろうなって思うわ。雰囲気は母親譲りなのかしら。


「──ハルヒト、準備はもう済んでるな?」

「……うん、済んでるよ」

「そうか」


 ドライなやり取りだわ。親子とは思えない。

 ミチハルさんは眼鏡のブリッジを中指でくいっと押し上げてから、伯父様の方に移動した。伯父様は自分からは移動せず、ミチハルさんが近づくのを待っていた。……力関係が見えるようだわ。年齢差のせいかもしれないけど。

 ミチハルさんは伯父様に軽く礼をしてから、右手を差し出した。


「ガロさん、今回は本当にお世話になりました。トラブルもありましたが、ハルヒトにもいい影響があったようで……感謝しています」

「ああ。こっちこそ巻き込んで悪かったな。──またよろしく頼むわ」

「ええ、是非」


 伯父様はミチハルさんの手を握り返し、すぐに離してしまった。

 そして、今度はあたしの方を向く。──雰囲気も視線も氷のようでちょっと引いてしまう。


「ロゼリア嬢、貴女にも感謝している。……ハルヒトが世話になった」

「い、いえ、こちらこそ」

「そして、貴女の体に傷をつける結果になったことは本当に申し訳なく思っている。私に一切の責任がないとは言えない。──この件は貸しにしておいて欲しい」


 感情の籠もらない淡々とした言葉だったけど聞きやすい声だった。

 最後に、ミチハルさんは伯父様にしたようにあたしに手を差し出す。

 別にこの人に責任はなくない……? と思ったけど、バートの計画を認めたことに対する責任、かしら? 会長って本当に大変よね。

 あたしは何て返そうと悩みながら、その手をおっかなびっくり握り返した。


「お気になさらず。けど、……あたしが困っている時に助けていただけたら、と……」

「──わかった。きっと力になろう」


 最後にミチハルさんがちょっとだけ笑った。この人笑うんだ……!? と思わせるには十分すぎる笑みだった。

 ……あー。ハルヒトのお母さんがこの人に落ちた理由がちょっとだけ理解できたわ。あたしはこの人絶対タイプじゃないけど!

 挨拶もそこそこに手を離す。


「ハルヒト、帰るぞ」

「──はい、父さん」


 うわー、ハルヒトすごく不服そう。傍目から見ても親子仲がいいようには見えないし、ハルヒトも好きじゃないって言ってるしね……しょうがないのかもしれないわ。

 って、このままただ見送るだけになるのはちょっと……!

 慌ててユウリの姿を探すと、ユウリが静かに駆け寄ってきた。

 その手には少し小ぶりだけどフラワーアレンジメントがある。あたしはそれを受け取り、背を向けるハルヒトに近づいていった。


「ハルヒト、ちょっと待って!」

「え?」

「これ──。食事、一緒にとってくれてありがとう。また飲みましょうね」


 そう言ってフラワーアレンジメントを差し出す。白い花をメインにパステルカラーでまとめられたちょっと可愛らしい雰囲気のものだった。

 ハルヒトは驚いた顔をしてあたしと花とを見比べる。

 そしてすごく照れくさそうにしながら花を受け取った。


「……ありがとう。すごく嬉しい」

「まぁ準備したのはユウリだけどね」

「そういうネタバレはやめてよ」


 ハルヒトがおかしそうに笑う。

 じゃあ、と離れようとしたところで、ハルヒトに腕を引かれ、引き寄せられた。

 拒絶する暇もなく、頬にキスをされていた。

 突然のことに唖然とするあたしを置いてハルヒトはささっと離れていく。玄関扉付近でミチハルさんが思いっきりため息をついていた。


「ハルヒト!!!!」


 伯父様の怒声が響いた。しかし、ハルヒトはどこ吹く風って感じで笑っている。


「ガロさんとロゼリアもやってたじゃないですか。別れの挨拶なんだし、これぐらいは見逃してください」

「~~~~!!!! おい! ミチハルッ!」

「管轄外です」


 ミチハルさんは我関せずって感じだった。ハルヒトを伴い、そのまま椿邸を出て行ってしまう。

 場は騒然としたまま。……とんでもない別れになっちゃったわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ