270.ひとときの休憩②
前、ユウリに言われたことを忘れてたわ。なんか「意味を考えてしまう」みたいなやつ。
でも、それってあたしが配慮するようなことじゃなくない? って気持ちがどうしても、ある。それに、結局は好きなように行動してくれていいって言ってたし。
と、言い訳を重ねてはみたものの……やっぱりちょっとまずった?
「……何よ」
ユウリが手首を掴んだまま何も言わないものだから思わず強めの口調になってしまった。
ちょっとだけ力が緩んだから手を離してくれるのかと思いきやそんな様子はない。……ユウリって頭が良いのに引っ込み思案だから、多分ごちゃごちゃ考えちゃってるんだろうな。かと思えば、感情が上手くコントロールできなかったりして──結構面倒くさい人種よね。ほんと生きづらそう。
だからさっきも強制的に黙らせたくて苺をあげちゃったのよね。
「何かあるなら言いなさい。一応聞いてあげるから」
「……。……ロゼリア様、すごく普通ですよね」
「? だって、あたしからしたら一日か二日寝てたようなものだから、あんたたちがそこまで騒ぐのが不思議っていうか……心配させた、っていうのはわかるのよ。あたしとあんたたちの感覚がチグハグなだけ」
だから普通に見えるんだろうなって思う。一ヶ月も眠ってたのにケロッとしていると言うか……。
ユウリは何とも言えない顔をしていた。けれど、視線は変わらずに熱くて落ち着かない。
「──僕にとってこの一ヶ月は長くて、すごく辛かったです。毎日気が気じゃなくて……だから、今とても嬉しいです」
本当に嬉しそうに、柔らかく笑うものだからぽかんとしてしまった。
相手の言葉がこんなに染み入る、みたいなことがあるんだ……。
そして、掴んだ手首を親指で撫でる。ど、どういう触り方してんのよ、こいつ……! ま、まぁやらしい感じはなくて、ただそこにあるものを確かめてるって手つきだけど!
ユウリは不意に何かに気付いたような顔をして手をぱっと離した。
どうやら無意識だったらしくて、ちょっと顔を赤くしている。
「す、すみません! ……ロゼリア様に触れたくて、つい……あ! えっと、今の発言は忘れてください……!」
「……わかったわ」
「ほ、本当にすみません。今日はどうぞゆっくりしていてください……!」
そう言うと慌ててあたしから距離を取り、テーブルに置きっぱなしになっていたトレイを持ち上げる。そそくさと出ていこうとするのを見て、パーティーのことを思い出した。
「あ、ユウリ」
「はい?」
「式見からあんたが快気祝いの品を選んだって聞いたわ。明日にでも見せてくれる?」
「! はい、かしこまりました!」
ユウリが嬉しそうに返事をした。面倒な仕事だったと思うんだけどなんでこんなに嬉しそうなんだろう。
まぁ、あたしは一から選ばなくていいし、式見が指示してたんだったらちゃんとしたものから選んでるだろうから、あとはあたしの好みで選ぶだけよね。準備の時間もあるだろうから明日にはパパっと選んじゃって手配してもらおう。……直接面識のない他会の人たちの分をどうするかはちょっと悩みどころだわ。
まぁそれは明日ね、明日。
今日はとにかくこのままゆっくりしよう。
そう思い、ガトーショコラを口に運んだ。はー、口の中で溶けていくようなしっとり感……! 甘さはくどすぎず、ほろ苦。一言で言えば美味しい。
病院食でスイーツなんか飢えていた胃が満たされていくのを感じる。水田にお願いして、しばらくおやつはケーキメインにしてもらおう。あ、でも二十四日のパーティーで甘いものが……いや、内容を考えるとあたしが呑気に食べてる時間はないかもしれないわね。
ま、あんまり考え込まなくてもいいわよね。伯父様が準備してくれてるし。
◇ ◇ ◇
その夜。
前と同じようにハルヒトと食事を囲んだ。あたしにしても数日ぶりって感じだったけど、ハルヒトにしてみれば一ヶ月ぶりなわけで……すっごく嬉しそうだった。これまで一人で食事を摂ってただろうから、誰かがいる食卓が嬉しいのはわかる。
ちなみにメインメニューはあたしのリクエストで中華焼きそばだった。海鮮あんかけが乗ってて美味しそう。他は中華サラダとスープと酢の物。
「ロゼリアって今はお酒は飲んじゃ駄目なんだっけ?」
「ええ、しばらく控えて欲しいって言われてるわ。次の検査で問題なければ許可が出るみたい」
食事をしながらハルヒトが聞いてくる。なんで急にお酒のことを? と思ってると、ハルヒトはちょっと残念そうな顔をした。
「もう一度君と飲みたいなぁって思ったんだけど……」
「検査でオッケーが出てからね」
言いながら、お茶を口に運ぶ。
正直、自分ではちょっとくらいいいでしょって思ってるんだけど、周りが止めてくる。伯父様にもジェイルにも「正式に許可が出るまで酒は飲むな」と言われてしまったのよ。どうしても飲みたいわけじゃないからいいんだけどね。
ハルヒトは眉を下げて、困った顔で笑っていた。
「……どうかしたの?」
「最後に、と思ってたから……」
「? 最後?」
どういう意味だろうと思って眉を寄せる。
ハルヒトは一度箸を置いて、あたしを真っ直ぐに見つめた。
「明日、帰ることになったんだ」
「──え?」
「これまでも父さんからずっと帰ってこいって言われてたんだけど……ロゼリアが目を覚まさなかったから、心配で離れたくないってずっと拒否してたんだ。でも、ロゼリアがこうして目を覚ましたから……戻らないといけないんだよ。明日の朝迎えに行く、って言われちゃってね。流石にもう子供みたいに我儘は言えなくてさ」
──そっか。そう、よね。
いつの間にかハルヒトはずっとここで暮らすもんだと思ってたわ。それくらいに椿邸での生活に馴染んでいたし、食事を共にするのも、屋敷の中で会うのも本当に自然なことになっていた。
けれど、ミリヤも捕まっていなくなったし、八雲会でハルヒトを傷つける人間はいないから戻るのが当たり前。
ミチハルさんとしても早く戻ってきて欲しいだろう。後継者候補が他領にいるという状態は特殊な事情がない限りはいい状態ではない。あたしの昏睡が特殊な状態だったけど、その理由もなくなってしまった。
「……そう」
別に今生の別れじゃないし、何なら領は隣同士だからすごく遠くに行ってしまうわけでもない。
とは言え、こんなに急だとなんて言っていいかわからないわ……。
「──ロゼリア。少しは寂しいって思ってくれる?」
「そりゃ……寂しいわよ。二ヶ月以上一緒に暮らしてたんだもの。明日からは前と同じで一人の食事になるしね」
「……寂しいって思ってくれてよかった」
ハルヒトが笑う。
寂しそうなのに嬉しそうで、複雑そうな笑顔だった。
やっぱり何を言えばいいかわからない。
「また会いに来てもいい?」
「いいわよ」
「ありがとう。落ち着いたらロゼリアのことを呼ぶから」
「わかったわ、楽しみにしてる」
しんみりとした雰囲気が漂う。
まずい。何か、何か話題を──! このままだとこの雰囲気のまま食事が終わってしまう。それはそれで気まずいし、明日は見送りをすることになるだろうからあんまり変な雰囲気のままこの食事を終えたくない。
そう思っているとハルヒトが箸を取って、焼きそばの上に乗っているエビを食べていた。
「今日はロゼリアのリクエストだっけ? 焼きそば、好きなんだ?」
「え、ええ、好きよ。中華焼きそばはちょっと思い入れがあるの」
「そうなんだ。……美味しいね」
ハルヒトはさっきのしんみり感なんてなかったようにケロッとしている。結構こういう切り替えが上手いのよね。こういうところは見習いたいもんだわ。
食事を楽しみつつお喋りをしている最中にあることに気付いた。
食事後、慌ててユウリを呼びつけ用件を伝え、ユウリも慌てて「朝一で準備します」と返事をしたのだった。




