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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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265.オフレコ㊱ ~病室の外~

 ガロに病室を追い出されて椿邸から駆けつけた面々の家、墨谷や水田や使用人などはロゼリアの元気そうな顔を見て安心できたらしく、そのまま帰ってしまった。

 しかし、ジェイルたちはすぐには病室を離れることができず、しばし病室の前で立ち尽くす。看護師にギロリと睨まれたところで、せめて邪魔にならないようにと廊下の壁に背中を預け、通行スペースだけは確保する。

 そんな中、さっきからしゃくりあげる声が止まらない人物がいる。

 ロゼリアが昏睡状態に陥ってからずっと荒れていたメロが泣いているのだ。顔を両手で覆ってしゃがみ込み、肩を震わせて泣いていた。


「……あなた、いつまで泣いてるの?」

「うるせーな、とまんねーんだよ……!」


 墨谷たちと一緒に戻るという選択をしなかったキキが呆れて言う。が、そんなキキも目と鼻が赤く、ただ単にメロほど涙腺が壊れなかっただけだ。病室でロゼリアを見た時は両手を口元に当てて涙を零していた。

 メロの泣き方が盛大なだけで、他も似たり寄ったりである。目が赤くない人間はこの場にいなかった。

 それほどにロゼリアが撃たれてからの一ヶ月という時間は長く感じたし、この日をどれだけ待ち望んだことだろう。それまでは日ごとに絶望が深まり、この絶望感に耐える日々がとてもつもなく辛かった。


「……ユキヤ。これでお前も普通に食事ができるだろう? 今日こそはちゃんと食べろ」

「えっ。……あ、はい。あはは、……そう、ですね。今、ちょっとお腹が空いてきた気がします……」


 何やら物思いに耽っているユキヤに声を掛けると、ユキヤは自身の腹部を押さえて困ったように笑った。これまで笑顔をほとんど見せなかったのと、見せたとしても無理に笑った顔ばかりだったのでジェイルとしてはそこも含めて安堵している。

 ロゼリアと少し話がしたかったが──と思いながら病室の扉を見た。

 中ではロゼリアとガロが話をしているのだろう。無論、話し声などは何も聞こえてこないので何の話をしているのかはさっぱりだ。

 待っていれば後で中に入れるだろうかと考えているところで、ユキヤが何か言いたげな顔をしているのに気付いた。


「……なんだ?」

「いえ、その……ひょっとしたら、俺は君に謝らなければいけないことをしたのでは、と……」

「は? 謝罪は散々受けたし、もう要らないんだが」


 あの時のことは本当に顔を合わせるたびに謝られた。もう何度謝られたか知れない。


「そのことではなくて、ロゼリア様を抱──」


 ユキヤが首を振って話を続けようとしたところで何故かハルヒトが背後からその口を塞いだ。突然のことに口を塞がれたユキヤはもちろん、隣にいたジェイルも驚いてしまった。

 何なんだと思っているとユキヤがハルヒトを振り返り、何やら二人でアイコンタクトを交わしていた。意味がわからずに訝しげに二人を見比べているとユキヤが何かに気付いた表情をし、ハルヒトに頷きを返している。二人の間では何やら通じるものがあるらしいがジェイルにはさっぱりだ。

 ハルヒトから開放されたユキヤが不格好に笑う。


「いえ、すみません。何でもありません」

「……何でもないことはないだろう」

「本当に何でもありませんので。……ところで、このまま待ちますか?」


 そう言ってユキヤが病室の扉へと視線を向けた。話をはぐらかされたものの、特に気にならない。追求したい気分でもなかったからだ。

 今は目覚めたばかりのロゼリアのことが気がかりだ。少しでも話せればと思ってしまう。


「どうするか悩んでるんだ。可能ならもう一度元気なお姿を見ておきたいが……」


 恐らく、この場にいる誰もがそう思っているはずだ。もう一度元気なロゼリアの姿を見て、可能なら二人きりで話をしたい、と。

 その上で、ガロが退室した後でその時間が取れるかどうか、というのを考えている。時間的にはまだ余裕があるのでロゼリアが問題ないと言えば可能だろう。病み上がりのため、病院関係者はいい顔をしないかも知れないが。


「……ジェイルさん、ロゼリア様が嫌がるかもしれません……」


 ぽつりと零したのはユウリだった。ユウリはずっと目元をハンカチで押さえている。


「何故そう思う?」

「えっと、……言いづらいんですけど、ガロ様がいらっしゃった時──ロゼリア様が泣きそうに見えたので……」


 目を見開く。ジェイルはロゼリアの護衛としてついてから、そんなシーンは一度も見たことがなかったので気が付かなかった。

 見れば、メロもキキも「確かに」と言いたげな表情をしている。ユキヤとハルヒトはジェイル同様に驚いていたが。


「ロゼリア様は昔から人前で泣くのが大嫌いで、涙を見せるのはご家族の前でだけだったんです。だから、ガロ様は人払いをなさったんじゃないかと……。それに、泣いたことがわかるような顔をロゼリア様は見せたがらないと思うので……多分今日はもうお会いできない可能性が高いです」

「……。なるほど、今日お会いしようとするのは無粋ということだな」

「えぇと、……はい。その通りです」


 ユウリが言いづらそうに頷いた。

 ロゼリアの表情の変化がわかるのも、そこから色々と推測ができるのも、幼少時に一緒にいたからだ。こればかりはジェイルではどうしようもなかった。これまでロゼリアが涙を見せるようなシーンなどに出くわさなかったので、そもそも「ロゼリアが泣く」というのが全く想像できない。

 どこか負けたような気分になりながらため息をつく。


「わかった。今日はこのまま帰ろう」

「はい、かしこまりました」


 ジェイルの判断には全員が賛成のようだ。

 さっきまでずっと泣いていたメロも落ち着いたようで、今では鼻を鳴らす程度になっている。そして「帰る」という言葉に反論はない。


「……花嵜。お前──」

「おれが泣いてんのがそんなに珍しいかよ……」

「いや、そうじゃない。……何が何でもお嬢様に会うと言うのかと思ってたんだが」

「はァ? おれだってお嬢が今泣いてんのは想像つくし、会長との時間を邪魔しようとか思わねーよ」


 ロゼリアが泣いていると想像がつくのか。と、これまた謎の敗北感に襲われた。

 メロがすっと立ち上がって壁越しにある病室へと視線を向けた。


「……それに、この世の誰も会長には勝てねーだろ。お嬢のことなら尚更」


 ぽつりと落とすような言葉に誰もが口を閉ざした。


「そう、ですね。……ロゼリア様が生まれて二十余年(にじゅうよねん)──その間、ずっとロゼリア様その傍にいて、大切にされてきた方ですしね」


 ユキヤがどこか自嘲気味に言う。

 そう。そうなのだ。ロゼリアへの想いが芽生えたのはここ数ヶ月のことで、ロゼリアが生まれてから今日までずっと大切にしてきたガロに適うはずもない。愛情の違いはあっても、やはり重みが違うのだ。

 しんみりした空気の中、事の発端のセリフを口にしたメロだけが変な顔をしてる。


「……ユキヤくん? お嬢はまだ二十一歳だけど……?」

「えっ」

「馬鹿……! そういう意味の『よねん』じゃないよ! こう書くの!」


 ユウリがすかさずにツッコミを入れ、以前から持ち歩くようになった小型のスケジュール帳とペンを取り出してメロに文字の解説をしている。その横でキキが「馬鹿じゃないの」と言いたげな顔をして呆れている。

 何となく帰るムードの中、ハルヒトがユキヤにこそこそと耳打ちをしているのに気付いた。


「ハルヒトさん、ユキヤと何を……?」

「ああ、何でもないよ。ちょっとね」

「え、ええ、本当に何もありませんので……」


 あっけらかんとしたハルヒトとは違い、ユキヤが気まずそうに顔を背けるのが気になる。とは言え、ロゼリアが目覚めて気分がいいのは確かで、細かいことは一切気にならなかった。

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