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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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264.伯父と姪②

 伯父様。と、呼ぼうとする。

 けど、声を出したら一緒に涙が零れそうで、既に喉が震えていて声を発せなかった。

 まずい、なんか泣きそう……! でもこんな大勢がいる前では絶対に泣きたくない……!

 あたしは奥歯を噛み締め、口をきつく引き結んだ。耐えるように膝の上のシーツをぎゅっと握りしめる。

 全員が病室に駆け込んできた伯父様に集中している中、伯父様は真っ直ぐにあたしを見つめていた。そして、どうやらあたしの表情の変化に気付いたらしく、軽く周囲を見回す。


「悪いがみんな出てくれ。……ロゼと二人きりで話がしたい」


 流石に伯父様に逆らえる人間はいなくて、全員顔を見合わせてから静かに部屋を出て行ってしまった。

 全員が部屋を出て、静かに扉が閉まる。

 外からの声や物音が聞こえないのを確認してから伯父様がベッドに近付いてきた。たった数歩の距離を急くように駆けてきて、そのままあたしを抱きしめる。

 抱きしめられて、伯父様の香りを感じた瞬間に、それまで抑えていた涙がぶわっと溢れてしまった。

 伯父様にしがみつき、胸に顔を埋める。


「おじさまっ……おじさ、まっ……!」


 前世の記憶を思い出した時とか、これまでのこととか、夢の中でお母様たちに言われたこととかを思い出して涙が後から後から溢れて止まらなかった。

 伯父様はあたしを抱きしめたまま、ゆっくりと頭を撫でていく。小さな子どもにするみたいな手つきが夢のことを思い出させて、余計に涙が零れた。

 自分でも何をそう泣いているのかわからない。

 けど、無性に寂しいし悲しいし、辛かった。


「危険な目に遭わせて悪かった……全部俺のせいだ……」


 伯父様が心底申し訳なさそうに言う。あたしはしがみついたままぶんぶんと首を振った。


「ち、がう……あたしが、あたし、が……ずっと、バカだったし、間違えてばっかりだった……っ!」


 涙のせいで上手く喋れない。つっかえながら心情を吐露した。

 夢の中でもお母様たちに懺悔したせいか、前世の記憶を思い出す前までの自分の所業を今になってとても悔いていた。あんな状態じゃお母様たちにとても顔向けができないということに、夢の中でようやく気付かされたのだ。

 お母様、お父様、エリーゼさん。大切な三人を事故に見せかけて殺され、奪われたあたしには復讐の権利があると思っていた。それはある意味では間違ってないと思うけれど、復讐の刃を向けるべきは善良な人間や無関係の周囲ではない。あたしは、あたしの周りにいる人たちを大切にしなければいけなかった。

 本当に馬鹿だった。

 メロ、ユウリ、キキの三人には特に酷いことをしている。

 夢の中でお母様が言っていたように、ちゃんと償わなければいけない。


「じぶん、が……間違ってることにすら、気付かなくて……周りに酷いことばっかりして、……どうしようもない人間に、なってたっ……!

ごめん、なさい、伯父様……ごめんなさい──っ……!」


 泣きながら言うあたしの頭を伯父様はずっと撫でてくれていた。

 成人してなおこんな状態なんだもの。きっとあたしは精神的には子どものままなんだわ。本当に情けない。


「……ロゼ。それでも俺はお前を愛しているし、この世の何より大切な存在だ」


 あたしの体を抱きしめ直して、伯父様が言う。

 その言葉に更に涙が溢れた。

 ──こんなどうしようもない人間であっても、姪だからと言う理由だけであたしを愛してくれる唯一の存在。

 伯父様の腕に力が入る。


「馬鹿なのは俺だ……お前のことが可愛くて大切で、それ以外のことが何も見えてなかった……。

クレアみたいにお前のことを叱ったり、セイみたいに寄り添ったり、……エリーゼみたいにちゃんと話を聞いてやれなかった……。

何不自由なく好きにさせて、俺はお前をただ守ってやればいいって思ってたんだ。……先のことなんて見ないようにしていた。お前は俺の可愛い姪のまま、ずっと傍にいて欲しかったんだ……」


 すん。と鼻をすすりながら伯父様の言葉に耳を傾けていた。

 本当ならそんな環境でもっと素直に育っても良かったのに、あたしは歪みに歪んでしまった。


「……間違えてたのは他でもねぇ俺だ。俺がちゃんとしてたら……お前はこんな目に遭わなかった。俺が大馬鹿だったせいでお前まで失うところだった。

独りになっちまうのが嫌で、……怖くて、お前をずっと縛り付けちまった……」

「そんな風に思ったことないわ!」


 ばっと顔を上げて、伯父様を真正面から見つめる。伯父様の目は少し赤くなっていた。

 伯父様の手がゆっくりと伸びてきてあたしの髪の毛に触れ、顔の輪郭をゆっくりとなぞっていく。


「あたしが、我儘で甘ったれだっただけよ……」

「それでいいって、俺が思ってたんだよ。……俺がいなくなった後のことを、俺はちゃんと考えようとしなかったからな。──いや、頭の片隅にはあったんだ。けどよ、ずっと先のことだから、って問題を先送りにしてたんだ」


 そんなことを今言わなくてもいいじゃない、って思ったけど口を閉ざしていた。多分、今だからこそ言える言葉に違いない。あたしも今だから聞いていられる。

 ……あたしは伯父様がいなくなるなんてこれっぽっちも考えなかった。

 だって、伯父様はまだまだ現役だし、現役を退いてもずーーーっとあたしを守ってくれるって何の根拠もなく信じていた。


「本当なら、お前が一人でもやっていけるように俺がちゃんと導いてやらなきゃいけなかった。俺がいなくても、お前だけの力で立っていられるように。

……夏頃にお前がちょっと変わっただろ? その時に先延ばしにしていた問題を考えて──荒療治だと思ったが、お前に任せてみることにした。お前に対する周りの評価も変えてやりたかったからな……。……結果、お前が大怪我することになって、自分の浅はかさを悔いた。この一ヶ月、ずっと後悔してた」


 そう言って伯父様は長く息を吐き出し、片手で顔を覆った。

 肩を震わせていて、伯父様がこれまでどれだけ心配していたのかが伝わってくる。

 撃たれた時だってユキヤのことに必死で自分が死ぬかも知れないって恐怖や不安は一瞬だけだった。その後もただ眠っていただけで、自分がそんなに大変な状態だったなんて思いもしなかった。

 伯父様をこんなに心配させてしまうなんて……。


「……俺の方が、間違えてばっかりだったよ」


 苦しげな伯父様を見て、また涙が溢れ出す。手を伸ばして抱きついた。


「それでも、あたしは伯父様が世界で一番大好きよ。伯父様だけがあたしを愛して守ってくれるんだもの。

……でもね、これからは……あたしはもっとマシな人間になって、今度は伯父様がを守れるようになる、から……!」


 夢の中でエリーゼさんに言われた言葉を思い出す。お母様もお父様の言葉も、鮮明に思い出せる。

 寂しがりの伯父様。ずっと傍にいて、これからはあたしも伯父様を守りたい。

 もう一度二人で抱き合い、至近距離で微笑み合った。


「ありがとよ。俺もお前のことをずっと守ってやる。だから、そのために必要なことは全部やる」


 うん。と笑って頷く。

 しばらくすると、伯父様が何が言いたげに苦笑する。何かと思って首を傾げた。


「……まぁ、ロゼのことを愛して守るのも──俺だけじゃなくなりそうだがなぁ……」

「ええ? 何言ってるの? いないわ、伯父様以外なんて」

「欲しいと思わねぇのか、そういう存在」

「うーん、別に……。……だって、伯父様が世界で一番かっこいいもの」


 そう言うと、伯父様は上機嫌に、そして愉快そうに笑った。


「そうかそうか! まぁしばらくはその『一番』の座は俺だけのもんにしといてくれ」

「もちろんよ」


 しばらくなんて言われても、そこは不動の一番のつもりなのよね。伯父様以上の男なんて絶対にいないと思う。

 これまでお互いに話したくても話せなかったことや、自分自身の懺悔を吐露しあったことで、伯父様との間にあった妙な蟠りのようなものは溶けて消えてしまった。あたしは他の何も眼中に入れずに甘えるだけだったし、伯父様も甘やかすだけだった。

 今後はもっと健全な関係になるはず──。そんな期待に胸を膨らませた。


 その後、伯父様からはあたしが眠っていた間のことをあれこれと聞くことができた。

 椿邸がお通夜状態だったこと。ジェイルがいつもにも増して仏頂面で口数が少なかったこと、メロが酷く荒れていたこと、ユウリは落ち込みながらも勉強に打ち込んでいたこと、ユキヤに至ってはずっと自分を責めていたこと、ハルヒトがずっと気に病んでいたこと、キキが時折涙ぐんでいたこと──。

 これは……それぞれとちゃんと話をした方がいい感じ……?

 途端にみんなが心配になってきた。そんなあたしを見た伯父様が苦笑する。


「まぁ、正式に退院したら元気だってことを伝えてやってくれ。……っと、ロゼ。最後に二つ」

「? なぁに?」

「二十四日、お前の体調次第だが……例年通りパーティーをするか悩んでんだよな。会場は押さえてあるが、お前が目を覚ますまでは保留にしてたんだ。お前の快気祝いも兼ねて──どうだ?」

「えっ。あたしが決めていいの?」

「いいぞ」


 言われて悩む。が、二十四日がゲームで言うところの最終日だということに気付いた。

 正直もう危機は脱したと思うけど、最終日は人が多いところにいた方が安全なんじゃない? 万が一を回避できる可能性が高い。


「退院してから決めても──」

「やりたいわ。世間はお祭りムードなのに、あたしだけ大人しくしてるのは性に合わないもの」

「わかった。準備しとく。……けど、お前の傷の具合と体調が優先だからな?」

「わかってるわよ。で、もう一つは?」


 伯父様は「二つ」と言っていた。だから、もう一つ何か用件があるってことよね。

 先を促すと、何故か伯父様は深い溜め息をついた。

 伯父様がため息をつくようなことって何かあったかしら? 全く思い当たらずにクエスチョンマークが頭上で揺れていたはず。


「……『陰陽』のことだ」


 ……ああ。すっかり忘れてたわ。伯父様が裏で手引きをしてたのよね。


「正直、お前に怪我を負わせる結果になった計画を組んだのは許せん。想定外のことであっても、だ。バートの野郎、俺やミチハルに「問題ないです」っていけしゃあしゃあと言ってやがったんだぞ? 信用した俺が馬鹿だったよ。

──で、だ。あいつらには相応のモノを支払わせてぇと思ってる。だから、ロゼからも何かあるか考えといてくれ。どっかの国の城が欲しいとかでもいいぞ」


 城って……持ってても大変なんじゃ……。

 けどまぁ、伯父様が言いたいのはケジメ的なものよね。急に「何か」って言われても困っちゃうわ。


 ──あ。いや、あるわ。『陰陽』だからこそ要求できるものが。

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