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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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262.夢の中で

 気が付くと、何故か椿邸の食堂近くの廊下に立っていた。

 あたしって撃たれて気絶したんじゃなかったっけ? そこから全く記憶がない。怖くて確認してないけど、血が結構出てたような……?

 と、色々と考えを巡らせている最中で食堂から楽しそうな声が聞こえてきて、全ての思考が停止する。

 お母様とお父様の声だった。

 ものすごく動揺してしまい、脇目も振らず、バタバタと足音を響かせて食堂に入る。


「ロゼ? どうしたの、そんなに慌てて」

「おはよう。今日は早いね」


 お母様。お父様。

 その姿を視界に収めた瞬間、ぶわーーーっと涙が目に溜まり、あっという間にぼろぼろと零れていった。人前で泣くなんてことはしなかったから、慌てて目を擦る。

 そこで違和感に気づいた。

 手が小さい。

 そうか、お母様とお父様がいるってことはあたしはまだ子供で──……つまり、これはただの夢なんだわ。

 夢だと気づいたら余計に涙が出てきてしまって、その涙を拭うのに必死になってしまった。


「こら、あんまり擦ると赤くなっちゃうぞ。怖い夢でも見た?」

「……っ、エ、リーゼ、さん゛っ……!」


 傍らには伯父様の奥様であるエリーゼさんがしゃがんでこちらを見つめていた。優しく微笑んでいて、涙は止めるどころではなくなってしまった。

 思わずエリーゼさんに抱きつく。エリーゼさんはちょっとびっくりしながらもあたしを受け止めて、背中を撫でてくれた。

 細い体も、長い銀髪も、落ち着いた声も、優しい手も何もかも記憶のまま。


「よしよし、そんなに怖い夢だったんだ? ……もう大丈夫だよ。クレアちゃんとセイ君と一緒に朝ご飯食べようね」


 気が付けばお母様もお父様も傍にいて、不安そうにあたしのことを見つめている。涙が落ち着いたところでお父様があたしのことを抱き上げて席まで運んでくれた。……まだ抱いて運べるサイズなんだ。今の姿は八歳とか九歳とか?

 お父様は穏やかに微笑んで、あたしを椅子の上に下ろす。椅子には少し嵩をあげるためにクッションが置いてあった。

 じいっと見つめると、お父様は不思議そうな顔をして首を傾げる。柔らかな茶色い髪の毛と青い目、ちょっと頼りなさそうな雰囲気があるけどすごく頭が良かった。伯父様はそんなお父様のことが最初は気に入らなくて、お母様との結婚は認めんと言っていたらしい。けど、気の強いお母様とエリーゼさんの援護射撃があって二人はゴールイン、あたしが誕生した。


「ロゼ? 僕の顔に何かついてる?」

「ううん、何にも……」

「ああ、目が赤くなっちゃったね。痛くない?」

「だいじょうぶ」


 お父様が目元をそっと撫でていく。お父様があたしに触れる時、いつも優しかったなぁと思い出してまた泣きそうになってしまった。

 泣きそうなのを見た三人がちょっと慌てる。


「どうしたの? そんなに怖い夢だったの?」

「どんな夢だったか聞かせて? 私達が食べちゃうから」


 夢? 夢って、今この空間がそうでしょ?

 そういう自覚があったはずなのに、何故か段々とここが現実なんじゃないかと思い始めてしまった。だとしたら、お母様たちが事故で亡くなるのも、その後であたしが自暴自棄になってしまうのも、我儘の限りを尽くして他人を傷つけるのも、最期には殺されるのも──そちらの方が全部夢ということになるの?

 夢だったら、どれだけ良かっただろう。

 両隣に両親がいて、目の前ではエリーゼさんがあたしを見つめている。

 あたしは懺悔にも似た気持ちで、これまでのあたしに起こったことを『夢』として話しだした。三人は何も言わずに聞いてくれて、時折言葉に詰まるあたしの背中や頭を撫でてくれた。


 お母様、お父様、エリーゼさんが亡くなってしまうこと。

 とても辛くて悲しかったこと。

 ──その後、あたしは他人に恨まれて殺されるくらいにとても酷い女になってしまうこと。

 「いい子じゃなくてごめんなさい」と泣きながら謝っていた。


「……ロゼ」


 泣きながら謝るあたしをお母様が抱きしめる。その胸で更にわんわん泣いてしまって、涙は一向に止まってくれなかった。

 お母様はあたしとよく似ていた。伯父様と同じ赤毛にちょっときつい眼差し。竹を割ったような性格で、悪いことや曲がったことが嫌いで、あたしもよく叱られた。けれど、それ以上に優しくして甘やかしてくれるから、あたしはお母様が大好きだった。


「あなたがどれだけ悪い子でも、あたしもセイもエリーゼさんも、あなたが大好きよ。……でも、好きだからと言ってあなたの味方ができるわけじゃない。悪いことをした自覚があるなら、ちゃんと償いなさい」


 悪いことをしたあたしの味方はできない──。

 当たり前と言えば当たり前の言葉に、あたしは頷いていた。せめてこれ以上悪い子にならないようにしなくちゃいけない。

 お母様はあたしが泣き止むまで抱きしめてくれて、お父様はあたしの頭を優しく撫でてくれた。

 この時間がずっと続けばいいのに。

 涙が止まったところで、お母様があたしの顔を覗き込む。


「もう大丈夫?」

「うん。……ねえ、おじさまは?」


 あたしはすっかり子どもに戻ったような気分になっている。

 伯父様がここにいないのが不思議で、三人を順に見つめる。けれど、三人は微笑んだまま何も答えなかった。


「……メロは? ユウリは? キキは?」


 今の年齢なら三人がいるはずだった。ある日突然伯父様が連れてきて、その後でお母様がすごく怒ってた。その時は何を怒っているのかわからなかったけど、当時は弟や妹ができたみたいで楽しかったし、嬉しかった。

 横にいるお母様が悲しげに微笑む。


「ここにはいないわ。──分かってるでしょ、ロゼ」


 あたしが目を見開くのと同時に涙がつーっと頬を伝った。

 折角子どもの気分を楽しんでいたのに。まるで「忘れるな」と言わんばかりの強い口調で、忘れかけていた現実を思い出させた。

 お父様を見ても、エリーゼさんを見ても、悲しげにあたしを見つめる。

 そこに座っていることすら場違いなような気がして、途端に緊張した。

 逃げるように椅子から降りたところで、背後の壁際に謎の空間があるのに気付いた。謎の空間は徐々にその輪郭を形成していき、今の『あたし』には全く見覚えのない形になった。

 低めのシェルフに、写真立てが並んでいる。壁にはお気に入りのポストカードと、何かの記念写真が飾られていた。

 ──『私』のものだ。

 それに気付き、ふらふらと近づいていく。

 近付いていくにつれ、視点が少しずつ上にズレていった。写真に手を伸ばす頃には『前世の私』の視点の高さになっていて、手もまた変化していた。


「……写真」


 ゆっぴーとりょーことみゆきちの三人と一緒に撮った写真。

 ゆっぴーとは中学から一緒で仲良しだった。りょーことは小学校が一緒だったけど一度離れて高校で再会した。みゆきちはゆっぴーの幼馴染でこっちも高校で再会したって言ってた。四人でいつも一緒に遊んでた。遅くまで通話してたこともあったし、卒業旅行は絶対四人でどこかに行こう! って計画していた。

 隣には家族写真があった。旅行に行った時に旅館の前で五人で撮ったやつ……ちゃきちゃきしたお母さんと仕事熱心で真面目なお父さん、ちょっと生意気な小学生の弟と妹がいて、家族仲は良い方だった。


 気が付くとまた泣いていた。ボロボロと涙が溢れていた。

 もう何もかも戻らない。ここが夢なんだ、と自覚するには十分すぎた。


 けれど、もうひと目だけ三人の姿を見たくて振り返る。

 長い赤毛が腕に触れ、あたしは『あたし』の姿をようやく取り戻していた。

 お母様とお父様、そしてエリーゼさんが目の前に立っている。


「……ロゼ、お願い。あの人を一人にしないでね」


 ぎゅうっとエリーゼさんに抱きしめられていた。

 いつの間にかあたしの方がエリーゼさんの細い体を抱きしめる側になっていて、「うん、わかった」と答えて背中をぽんぽんと撫でる。

 そっと両側から頭を撫でられる。お母様とお父様、二人があたしの頭を撫でていた。


「お兄ちゃんはああ見えて寂しがりなのよ。早く安心させてあげて」

「お義兄さんはロゼのことが大好きだから……僕らの代わりに守ってくれる。だから、ロゼもお義兄さんを守ってあげて」


 そうだ、伯父様はあたしのことをすごく心配しているはず──。

 それに、他のみんなも……。

 ずっとここにいたかった。

 けれど、このまま居続けたら、あたしはこの半年間何のために頑張ってきたのかわからなくなってしまう。

 死にたくなくて頑張ってきたんでしょうが! と、自分に言い聞かせ、頬を叩いた。


「お母様、お父様、エリーゼさん。次に会う時には、もっと楽しい思い出話を用意しておくわ!」


 笑ってそう言った瞬間、ぱーっと周囲が白くなっていく。

 世界が真っ白になかったかと思いきや、次の瞬間には夢は終わっていた。

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