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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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261.オフレコ㉟ ~ガロとミチハルとバート~

 ロゼリアが撃たれてから二週間経った。未だにロゼリアは目を覚まさず、九龍会の内部も騒がしくなってきた。

 ガロの姪というだけであらゆる我儘を許され、傍若無人に振る舞ってきたため、その評判は地に落ちていた。

 しかし、その評価は先の事件で回復されつつある。ロゼリアが目を覚まさないので大々的に報じられたわけではないが、南地区の代表である湊アキヲが罷免されたという話は既に知れ渡っていた。地区を治める代表にあるまじき不正をしていたが、その不正を正したのが他でもない九条ロゼリアである──という話がまことしやかに囁かれているのだ。詳細については明かされていないため、噂が独り歩きしている状態である。

 本来の計画であれば「ロゼリアがアキヲの不正を暴き、正しく処罰するために職を辞させた。これまでの彼女の振る舞いは、アキヲを油断させるためだった」という筋書きで情報を開示し、ロゼリアの名誉回復とアキヲの排除を同時に行うはずだった。

 しかし、ロゼリアが負傷し、あまつさえ眠ったまま目を覚まさないために、計画していた情報が流せないでいる。


 想定外の流れである。

 バートはあの日以来、胃痛と焦燥感に苛まれていた。

 計画の責任はバートにある。立案し、ガロやミチハルに承認を得、更にはロゼリアとハルヒトにも了解を得たのだ。

 アキヲが隠し持っていた小銃の入手経路は既に突き止めている。裏でコソコソと動き回っているドブネズミのようなあの『組織』だ。『組織』に関してはアキヲを追い詰めたあの日に別部隊が追い詰め、現在その所属員の尋問が行われている。なかなか口を割らない上に、中には自害するような者もおり難攻しているとは聞いていた。しかし、それはバートには何ら関係のない話だった。

 バートの願いはとにかくロゼリアが一刻も早く目を覚ますことである。



◇ ◇ ◇



 その日、バートはとある料亭に呼び出されていた。

 胃の痛みは限界を超えつつあり、胃薬をどれだけ飲んだか知れない。

 料亭内の奥の一室、密談などに使われる部屋の前に辿り着く。バートは大きく深呼吸をした。できればこの中には入りたくないが、そういうわけにもいかない。躊躇しているとすーっと襖が開き、中から仲居が現れた。


「羽鎌田様、ですね? ガロ様とミチハル様がお待ちでございます」

「……はい」


 堅い表情をしたバートとは逆で彼女は柔和な笑みを浮かべている。

 部屋同士が襖で繋がっているが、話の内容が外に漏れては困るので周囲の部屋は全て空室となっている。中央にある部屋だけを専用個室として使用しているのだ。

 真ん中に位置する部屋の前に立つと、その場で静かに正座をした。仲居がガロとミチハルのいる部屋の襖に手をかける。


「ガロ様、ミチハル様。羽鎌田様がお見えになりました」

「おう、入るように言ってくれ。──悪いんだが、誰も近付けないでくれや」

「承知しました。……羽鎌田様、どうぞ」


 先程と同じく仲居がすーっと襖を開ける。中から煙草の煙が漂ってきた。

 胃がキリキリと痛むのを感じながらバートは部屋の中に入っていく。体が入りきったところで仲居が襖を閉めてしまい、とうとう逃げ場を失った。無論、逃げることなどできないのだが。

 正座で頭を下げているのはいいものの、室内のピリついた空気に頭を上げることができなかった。


「……顔を上げてください、羽鎌田さん」

「……はい」


 ミチハルの声だ。恐る恐る顔を上げると、ガロはこれ以上なく不機嫌な表情をしており、ミチハルは冷たい視線でこちらを見つめていた。

 二人の前にはそれぞれ灰皿がある。ミチハルは既に三本吸った後で、ガロの方はぱっと見ではどれだけ吸ったのか数えられなかった。

 ミチハルの容姿はハルヒトに似ているが、雰囲気は全く違っていた。髪の毛の色はハルヒトと同色の金髪を七三分けにし、ビジネス感とカジュアル感を同居させている。シルバーフレームの眼鏡を掛け、インテリかつ神経質そうな雰囲気を纏っていた。きっちりとした高価そうなスーツがそれに拍車をかけている。反面、右耳のピアスがややアンバランスだった。


「誤解しないでくださいよ。付き合いで吸ってるだけです。普段は日に一本吸えばいい方ですから」


 そう言うとミチハルは今吸っている煙草を灰皿に押し付けた。次を吸う気はないらしく、代わりにお茶で喉を潤していた。既に食事は済ませた後らしい。


「は、存じております……」

「バート」


 ぎくりと肩を震わせる。

 ガロは短くなった煙草を灰皿に乱暴に押し付けると、バートをギロリと睨んできた。


「は、はい……」

「ロゼが目ぇ覚まさねぇんだが……何か分かったことねぇのか?」

「……。……申し訳ございません。様々な医者に診させましたが、原因が全くわからない状態で……ロゼリアお嬢様が目を覚ます気配もなく……ガロ様にご心痛をおかけしていまい、誠に、誠に──申し訳ございません……!!」


 そう言ってバートは畳に額を擦り付けた。

 バートは医者ではないので自分自身の力ではどうにもできない。伝手を使って医者を呼んで診断させ──というのを繰り返しているだけだ。それでも結果は全く芳しく無く、焦りばかりが募る。

 ガロの怒りが伝わってきた。しかし、ここでバートを怒鳴りつけないのは怒鳴っても何も改善しないことが分かっているからだろう。いっそ怒鳴ってくれた方が楽な気さえしていた。

 そんなガロの怒りとは裏腹にため息が聞こえる。


「想定外だったとは言え、ロゼリア嬢が負傷をした上に眠ったまま目を覚まさないなんて……毒の可能性はないんですよね?」

「はい、専門医の診断でも毒ではないとのことでした」

「何の痕跡も残さない毒があるなら、誰もが喉から手が出るほど欲しいでしょうね」


 ミチハルは涼しい顔をしている。ロゼリアの負傷と原因不明の昏睡状態をかなり重く見ているのは確かだが、その声に感情はほとんど乗ってなかった。


「この事態、貴男の首一つではどうにもなりませんね。……覚悟はできてるんですか?」

「それは──……はい。全て私の責任でございます」

「それにね、うちも困ってるんですよ。ロゼリア嬢が目を覚まさないとハルヒトも戻らないと言っているし……」

「……はい、ミチハル様にもご迷惑を──」

「おい、お前んとこはまだいいだろうが」


 話の途中でガロが割り込む。バートは顔を上げられないが、ミチハルがもう一度大きくため息をついた。


「ガロさん。私はミリヤのことでかなりバッシングを受けているんです。ダメージの種類が違うだけで良いも悪いもありませんよ」

「それはお前が自分の嫁の手綱を握ってなかったのが原因だろ」

「元々は余計なことをしないそこそこ賢い女だったんですがね……リルが生まれてからどうにも感情的になることが多くなって……」

「お前がちゃんと話をしねぇからだろうが!」

「しましたよ。話が通じなかっただけです」


 そこで通じるまで話をするという手段を取らないのがミチハルだ。話が通じないと悟るや否や切ってしまう。あらゆる事象に対して損切が早く、人間の感情的な部分を酷く嫌っていた。

 今もガロの話をうざったそうに聞いているのがその証拠だった。

 ミチハルが人間の感情面を嫌う理由は先代にある。先代は情に厚いと言えば聞こえは良いものの、あちこちで情に絆され金を貸して、気軽に八雲印を使っていた。一部では『財布』などと揶揄されていたくらいだ。おかげで他会の会長からは安く見られ、良いように使われていた。

 それを断ち切ったのが他でもないミチハルで、今現在も汚名を返上している真っ最中だった。そこにミリヤの問題が出てきて、ミチハルにとっては非常に頭の痛い問題だっただろう。


「ったく……。とにかく、だ。──バート、お前は計画の話を俺に持ってきた時、ロゼが傷を負うことは万が一にもねぇっつったのは覚えてるよな?」


 緩みかけた雰囲気が一瞬にして凍りつく。ドスの効いた声が腹に響き、凍てついた視線がバートを射抜いていた。

 ぞわりと全身に鳥肌が立つ。

 その視線はガロだけではなく、ミチハルからも送られている。

 信用して任せたというのにこの結果なのだ。ガロはもちろんのこと、ミチハルに対しても信用問題となる。今後一切『陰陽』のことを信用しないと言われでもしたら困るどころの話ではなかった。『陰陽』にとって一大事であるとともに、バートの進退と命が掛かっている状況である。

 代々九龍会をはじめとする会長と『陰陽』には繋がりがあった。会の運営や領の自治を守るため、公にできないような対応や処理を『陰陽』が請け負ってきたのだ。会長やそれに近しい存在としか繋がりを持たないために噂でしか知られない謎の組織となっているが──言ってしまえば秘密警察のようなものだった。


「はい、覚えております。確かにロゼリアお嬢様には傷一つつけないと……申し上げました」

「結果、どうだ? 傷どころの問題じゃなくなってる。──てめぇの首一つじゃ済まねぇって上に言っとけ」

「承知致しました。大変申し訳ございません」


 バートは再度畳に額をつけた。背中に寒気があり、一刻も早くこの場から去りたくてしょうがない。


「下がっていいですよ。定期報告を忘れずに」


 そんなバートの心情察したようにミチハルが退室を促した。「承知しました。失礼致します」と告げてから、ゆっくりと部屋を後にした。

 部屋を出て廊下に出たところで、それまで肺の中に溜め込んでいた空気を一気に吐き出す。

 そして、ロゼリアが早く目を覚ますのを心の底から願うのだった。

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