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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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259.オフレコ㉝ ~その後Ⅰ~

 ユキヤがアキヲに向けていた銃を手放したところでロゼリアが気を失ってしまった。


「退いてください! すぐに病院に運びます!」


 バートが手配していた救急隊がロゼリアを囲み、あっという間に担架に乗せる。

 ロゼリアがいた場所には血だまりができていた。その血にゾッとする。ロゼリア本人は出血量を感じさせないくらいに気丈に振舞っていたが、本来なら一秒でも早くこの場から移動させたかった。

 移動を始める救急隊数人を見て、ジェイルはユウリとメロに視線を向ける。


「真瀬、花嵜。お前たちが付き添え。ハルヒトさんもお嬢様にご同行を」

「えっ! ジェイルさんは……?」

「自分は後から追いかける」


 そう言って項垂れて顔を両手で覆っているユキヤを見た。このままユキヤを連れていくこともできなかったし、かと言って置いていくこともできなかった。

 病院についていきたいのは山々だったが、できることなどたかが知れている。ユウリならちゃんと対応できるだろうという信頼もあるし、急遽輸血が必要になった場合はメロが適任である。


「じゃあ──」

「ユウリ、ハルくん早く!」


 すぐさまユウリとメロがロゼリアを追いかけて走り出す。救急隊は会場を出るところだった。

 だが、ハルヒトはそこを動かずに首を振る。


「メロ、ユウリ、よろしく。オレはジェイルとユキヤと一緒に少し残るよ。気にせず早く行って」

「えっ」

「ユウリ、行くぞ!」


 言うが早いか、メロはユウリの腕を引きずるようにして走り出した。ユウリはバランスを崩しながら、そしてジェイルとハルヒトを心配するように振り返りながら、会場を出ていってしまった。

 それを見送ってから、会場内をぐるりと見回す。

 本来ならアキヲとミリヤを捉えてそれで終わり、ロゼリアは会場を後にして帰るだけだった。なのに、まさかアキヲが小銃を隠し持っており、ロゼリアを撃つなんて考えもしなかった。

 あの瞬間──。

 恐らく場内の誰もが何が起きたのかすぐに理解できなかったに違いない。それくらい突然のことだった。

 その直後にユキヤが銃でアキヲを殺そうとしたのも更に場の混乱を招いた。ロゼリアが強い意志で止めたいと訴えかけなければ、あのままユキヤがアキヲを殺していただろう。それを許容する雰囲気が、あの時あの空間にはあったのだ。


「……俺は、なんてことを……」


 ユキヤが片手で顔を覆い、苦しげに呻く。

 残るとは言ったものの、ユキヤになんと声をかけるべきか悩む。

 会場内は静かだったが、『陰陽』の連中が後始末をしており、足音や物音などで慌ただしい雰囲気があった。アキヲとミリヤの姿は既になく、どこかへと連れて行ったのだと伺えた。


「……ユキヤ。お前がそこまで思い詰めていたことに気付けなくて、すまなかった……」


 幼馴染で親友。そんな関係だったのに、実の父親を殺したいとまで思っているとは気付けなかった。いつも穏やかに笑っていて、本音を見せないところがあるので分かりづらいにしても、もっとユキヤの気持ちを気に掛けるべきだったと後悔している。

 感情に焼かれて銃を向けたこと、そのせいでロゼリアを病院に連れて行くのが遅れたこと──ユキヤ自身、どちらも後悔しているだろう。


「いえ、……俺が未熟だったせいです。感情を制御できず、ロゼリア様を危険に晒してしまいました……悔やんでも悔やみきれません」

「君のやったことは擁護できないんだけど、君の気持ちはわかるよ。……俺の手元に銃とか何かあったら、撃ってたかもしれない。だから、擁護もできないし、君を責めることだってできないよ」


 自分の横からハルヒトがユキヤに近づき、淡々と言う。どこか自嘲気味な口調だった。

 正直ハルヒトが残りたいというのは意外だった。どう考えてもロゼリアの病院に同行したいと言い出すと思っていたからだ。どうして残りたいと思ったのかは謎である。

 ユキヤは俯いたまま力なく首を振る。


「ですが、俺は……」

「君ができるのは擁護もされない責められもしない中で反省することだけじゃない? 許せるのはロゼリアだけだろうから……あとは、君が逃げずにロゼリアに向き合えるかどうかだよね」


 ユキヤはその言葉に口を閉ざしてしまった。

 その言葉にジェイルは妙に感心する。確かに、アキヲを殺せる『手段』が手元にあったらユキヤのようになっていたのは自分だったかも知れない。しかも、ジェイルにとってアキヲは父親ではないのだから殺そうとする手はユキヤよりも遥かに軽かっただろう。ユキヤは父親に対する『責任』があり、それ故に「何かあれば自分の手で殺そう」とずっと秘めていたのだ。それに気付けなかったのはジェイルとしては不覚である。

 結果としてあのような展開になり──決して擁護はできないが、責めることもできない。

 あれは自分の姿でもあったかも知れない。

 そう思うと、ユキヤにかけられる言葉などは見当たらなかった。


「ユキヤ、責められることもなく辛いだろうが……お前が受けるべきものだ」

「……はい、そうですね」


 苦しげに頷き、ユキヤは顔を上げた。顔色は良くないが仕方がない。

 ハルヒトがジェイルを見たので視線を合わせて軽く頭を下げた。


「申し訳ございません、ハルヒトさん。付き合わせてしまって……」

「いいよ、気にしないで。……ユキヤのこと、放っておけなかった、から……」


 ハルヒトにしては歯切れの悪い言い方だった。不審に思っているとハルヒトがゆっくりと首を振る。


「ごめん、それは建前。……本当は、怖くて……」


 そう言って持ち上げたハルヒトの手にはロゼリアの血が付着していた。その手は微かに震えており、震えを抑え込むようにハルヒトがぎゅっと握りこぶしを作り、反対側の手で手首を掴む。その手を顔の高さまで持ち上げ、ゆっくりと息を吐き出していた。その息もまた震えていて、先程ロゼリアを抱きとめた時、どれほどの恐怖と戦っていたのかが伺い知れる。


「……本当ならついて行きたかったんだけど、あのままだと普通でいられなさそうだったんだ。ごめん、本当にごめん……こんなことを思ってしまうことすら、情けないし悔しい……申し訳ないよ……」

「それは──……」


 自分の腕の中で人が死ぬかも知れないという恐怖は、想像するしかないが、恐ろしいことだ。

 その恐怖に対するフォローなど何も思い浮かばない。しっかりしてくれと言える立場でもないし、そう在らねばいけない立場でもない。ジェイルから言えることなど何もなく、ただ力なく首を振った。


「……いえ。ハルヒトさん、ユキヤ、移動を──」


 出ようと促そうとしたところで、会場の出入り口付近でバートが項垂れているのを見た。その様子が尋常ではなく、焦燥感がありありと見える。ロゼリアを追いかけるために会場をすぐに出ていこうとしたが、バートの様子が気になって足を止めてしまった。

 すぐ傍にいると言うのに、バートはこちらを気にする余裕もないようだ。


「……羽鎌田はこの事態を想定していたのか?」


 まさかとは思うがと思いつつ声をかけてみると、バートの肩がぴくりと震えた。


「馬鹿なことを言わないでください……救急隊や病院の手配はあくまで保険です。誰かが転んで足をくじくかもしれない程度の想定しかしてませんでした……こんなこと、起こるなんて思うわけがないでしょう。

ロゼリアお嬢様が傷つけられたなどと……ガロ様がお許しになるはずがない……ああ──!」


 バートは両手で顔を覆い、その場に膝をついてしまった。

 ──ガロがロゼリアを溺愛しているのは有名すぎる話である。

 アキヲが発砲したとはいえ「ロゼリアが撃たれた」なんて話をガロが冷静に聞けるとは考えられなかった。今回の計画だって人員もかなり割かれていたように見えるし、そもそも負傷者などが出るなんて想定は一切なかったはずだ。ましてやそれがロゼリアだなんて──この後、ガロに報告せねばならないバートに多少は同情する。とは言え、それはバートの問題だ。

 バートはのろのろと立ち上がり、ジェイルたちを見る。


「……とは言え、この事態を想定できなかった私の落ち度です。皆様はこのままロゼリアお嬢様の病院へ向かってください。既に出口で車が待機しております」

「悪いな」

「ありがとう。じゃあね」


 ユキヤだけは何も言わずに頭を下げるだけだった。

 できることがないにしても、一刻も早くロゼリアの元に向かいたい気持ちは三人とも一緒だった。ユキヤは顔を合わせ辛いが、それはそれとして無事は確認したいはず──。

 三人は誰が何を言うでもなく一斉に駆け出して会場を後にし、バートが用意した車に乗って病院へと向かった。

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