26.幼馴染①
書類を眺めだして二時間弱。
南地区のことに詳しくなってしまった。全てを知るには時間が圧倒的に足りてないもののアキヲの前の代表とか、歴代の代表がやってきたこととか、色々。アキヲは昔からお金や権力が好きだったみたいで、そういった活動には熱心だったみたい。
ただ、先々代……アキヲの祖父の代までは結構まともだったのよね。
金や権力に執着しだしたのは先代からみたい。まぁ、あのザ・成金って感じの家を見ればわかるけど……。
先々代までは割と地域貢献やボランティアみたいな活動もしてたけど、先代からそういうのが徐々に減ってる。カネが絡まないことには手を出さないという意思を感じる……。
そう言えば、ユキヤルートでこの話題もあったわね……。
アリスにぽろっと漏らしてたわ。
『曽祖父は立派な方で、地区の皆さんにとても愛されていたと聞きました。幼い頃は色んな人から曽祖父にお世話になったという話を聞いたものです。ですが、……祖父や父に関しては、聞こえてくるのはよくない話が多いのが現状です。
……それまで曽祖父が守ってきたような南地区を取り戻したいというのが俺の願いです。過去の資料の中にしか、そういったものは見つけられませんけどね』
アリスに話していたのはこれくらいで、詳しい話は出てこなかった。
ともかく、ユキヤは今の南地区の状況に心を痛めている、ということだけは変わらない。
南地区の跡取りは間違いなくユキヤで、アキヲから代替わりをしたら自分が南地区の正常化を図ろうと考えていたようなんだけど、ロゼリアが管理代行になってから風向きが変わり……早急にどうにかしたいと思うようになったのよね。
今は風向きが更に変わってる状況だけど。
ユキヤに協力はすると言ってアキヲに釘を刺したものの、アキヲはどうやらあたしがまだ計画を続行したいと勘違いをしているらしい。
近いうちにもう一度ちゃんと話をした方がよさそうだわ。
今後一切計画には関わる気はないんだ、って。
ダミー商会の買取も実際は調査のためだけど、アキヲ向きの理由は資金援助的な? 色々準備して、既にお金も使ってるだろうからって意味合い。あと手切れ金? まぁ、ここでタカられないように注意しなきゃいけないのよね。
疲れたし、集中力も切れてきたから休憩。
と思って、書類を一旦片付ける。軽く体を動かしたくて椅子から立ち上がり、ぐーっと伸びをした。
肩が微妙に凝ってる……。
……『前世の私』と違って胸も大きいからなんか重い……。
肩を軽く揉んでいるとドアがノックされる。そして、あたしの返事を待たずにメロが入ってきた。
「お嬢、ただいまっス」
「あたしが『どうぞ』って言うまで待てないの?」
「忘れてたっス」
悪気なさそうに言うメロ、手にはお菓子とジュースがたくさん入った袋を持っていた。渡したお金に対して量が少なくない? と眉間に皺を寄せていると、メロに続いてユウリとキキがそれぞれお菓子やらジュースやらが入った袋を両手に持って入ってきた。
「お嬢、ここに置いとくっスよ」
「ちょ、メロってば勝手にソファの上に置いちゃダメでしょ!?」
「だって他に置くとこねーじゃん」
「ロゼリア様の確認を取ってから、ってキキは言いたいんだと思うよ。……ロゼリア様、こちらでよろしいでしょうか?」
そう言えば三人が一緒にいるところなんて最近見なかったなぁって思ってしまった。
ユウリが首を傾げたところで我に返る。
「え、ええ、いいわよ。ソファで」
「ほらァ? いいって」
「結果論でしょ! もう!」
軽い口喧嘩らしきものを勃発させているメロとキキを尻目に、ユウリはソファの上に袋を置いて行った。あんまり場所を取りすぎないように隅に寄せて。
……昔も、よくこんなシーンがあったなぁ。
メロとキキが何か言い合っている横でユウリは黙々と仕事をこなす、みたいなシーン。
まだ両親が生きていた頃、四人で一緒に宿題をやっている時がまさにこんな感じだった。あたしはその時どうしてたんだっけ、ユウリみたいに黙々と宿題をやってたかしら。それともメロとキキの話に入っていったかしら。
ああ、思い出せない……。
三人が一度部屋に持ち込んだ分で全てかと思いきや、三人は再度部屋を出て更に袋や箱を抱えて入ってきた。
いや、三人で持ってる量は逆に一万イェン分にしては多くない?
今度は驚いて目を見開いてしまう。安くてボリュームのあるお菓子を大量買いしてきたとか?
「……ねぇ、量が多くない?」
眉を寄せて聞いてみると、メロが振り返って軽そうに笑った。
「いやァ、色々買ってたら楽しくなってきちゃって……お駄賃でもらった分も使っちゃったんで、二万イェン分のお菓子とジュースなんスよ。リッチっスよね!」
「……追加でお金は出さないわよ」
「おれが勝手に買っただけなんでいらないっス。あとノリで買っちゃったんで全部お嬢のってことで」
一瞬お金の計算ができなくて買いすぎたのかと思ったわ。流石にそこまで馬鹿じゃない、はず。
あたしは椅子から立ち上がってソファに近づいていく。
置かれた袋の中を覗き込んで何を買ってきたのかを確認した。
「あ、これ」
カラフルなグミが入った袋があった。まだ売ってるのね、これ。
他にも見覚えのあるお菓子がちらほら、見たことないお菓子ももちろん入ってた。割とバランスよく買ってきてくれてる感じだわ。
あたしが持っているグミを見てメロがおかしそうに笑う。
「それ、お嬢が昔よく食べてたなーって思って」
「え」
目を見開く。
確かにこれを好んで食べていた記憶があるけど、もうかなり昔の話よ……。よく覚えてたわね。
くすぐったいような申し訳ないような感覚に陥っていると、メロがごそごそと袋を漁って別のお菓子を取り出していた。
「こっちはユウリがよく食べてて、こっちはキキが好きだったやつ」
「ロゼリア様のお使いなんだからロゼリア様の好みを優先しないと駄目じゃない?」
「だってどれ買えばいいのかよくわかんなかったし? 持たされた金額も大きかったし……同じのばっかりじゃ面白くねーじゃん。お嬢が好きだったの、それくらいしか売ってなかったし」
キキの苦言に対してしれっとした様子のメロ。横でユウリがくすくすとおかしそうに笑っていた。
三人の様子を見ていたら、懐かしい気持ちが蘇ってくる。ただ、それにあたしが浸る権利なんてないって気持ちもあって……あたしは何も言えないまま、メロが買ってきたお菓子を眺めるしかできなかった。
ソファに積まれたお菓子の山。
賞味期限に余裕があるとしても、こんなに食べきれないわ。
あたしは顔を上げて三人の様子を見る。出て行こうとしているのを見て、ちょっと迷ってからグミの袋に視線を落としつつ口を開いた。
「……ねぇ、こんなにあっても食べ切れそうにないし、少し食べていってくれない?」
食べていきなさい、って命令口調でも良かっただろうけど、なんとなくそうしたくなかった。
あたしはグミの袋を手に持ったまま何でもない風を装って言った。まぁ、心臓はバクバクしてたし、すぐに言うんじゃなかったと後悔した。
メロも、ユウリも、キキも。
揃いも揃って手と口を止めて、あたしのことを穴を開けんばかりに見つめている。
くっ、やっぱり言うんじゃなかった……!
「──や」
「マジで? いやァ、お嬢の分ってことで買ってきたけど一万イェン分はおれのだよなーって思ったんスよね、今」
やっぱりいい、と言おうとしたタイミングでメロが遮ってきた。メロが昔というか多分今も好きであろう芋を薄く揚げたチップスの大袋を持って笑っている。……まさかそれ全部食べる気?
キキが困った顔をしている横で、ユウリがお菓子の袋を一つ手にとって笑う。
「ロゼリア様、僕もご一緒させてもらいます。ね、キキ」
「えっ……あ、はい。せ、せっかくなので、いただきます」
あたしの「言うんじゃなかった」という後悔をよそにユウリもキキも一緒に食べてくれることになった。
キキを誘う形で声をかけたユウリがあたしを見つめてにこりと笑う。なんだか内心を見透かされたような気がして、ユウリを見つめられず、ふいっと視線を逸らした。
そして、ソファにどどんと置かれたお菓子をいくつかテーブルに広げ、自分たちが座れるスペースを作って各々好きなお菓子を食べ始めることになった。
変な雰囲気になって無言で食べるだけになるかと思いきや、お菓子を食べ始めたメロが能天気に口を開く。
「人の金で食うお菓子っていいっスよねー」
「メロ、あなたもう少し言い方考えなさいってば……ロゼリア様、申し訳ないです……」
メロの横に座っているキキがメロの脇腹を突きながら言う。キキは一口サイズのウエハースを食べていた。
あたしはさっき手にしたグミを口に放り込みながら小さくため息をつく。
「まぁ、あたしのお金なのは間違いないけどね。メロ、それ全部食べきれるの?」
「食べきるっスよ? この大袋一気食いしてみたかったんで丁度良かったっス」
「そう、よかったわね。……あら? つまり、あんたのやりたいことをあたしのお金でさせてあげたってことになるのかしら?」
「はッ!?」
意地悪く言うと、メロが目を丸くしていた。
ユウリとキキが色々察したみたいで、こっそり吹き出している。
声を殺しながらキキが笑っていて、その様子を見て何故か安心した。何かやりたいことは、って聞きたい気持ちがあったけど、しつこく聞かないって決めてるからぐっと堪える。
「ロゼリア様、お飲み物は?」
「あ、……何があるかしら」
「冷えてるのはリンゴジュースとオレンジジュースです」
「じゃ、オレンジ頂戴」
「はい、お待ち下さい。……メロとキキは?」
「おれもオレンジ」
「えっと、私も」
ユウリが気を利かせて全員分の飲み物を用意してくれる。部屋にあるグラス使ってと言えば、ユウリが照れたように頷いて、グラスを取りに席を立つ。うーん、いい子よね。本当に。
あんまり食べすぎると夕食が食べ切れなくなるからほどほどにしておこう。
「お、お嬢、さっきの冗談っスよね?」
「どうかしらね」
「お嬢~~~~……!」
不安そうにしているのをからかえば、メロが情けない声を上げる。
それを見たユウリもキキもおかしそうに笑っていた。
懐かしい。けど、どこか寂しい。