258.終幕
「あなたという人は、どこまでッ──!!!」
ユキヤの表情は怒りと憎しみでいっぱいだった。ついさっき見せた冷たい表情よりも怖いくらい。
あたしが撃たれたことが原因なんだろうけど、そのことに驚くよりも先に彼を止めなければいけないという使命感に駆られた。ゲームとは違って誰かが誰かを殺すような結末になることはないだろうって安心していたのに、よりにもよってユキヤが手を汚すなんてことは許せなかった。
さっきだってユキヤへの申し訳無さを感じていたのに、このまま見ているだけなんて絶対できない。何とか止めなきゃ。
「ユ、キヤ……っ」
「お嬢様ッ!」
「お嬢!」
「ロゼリア様!!」
止めようと声を出すけど、声が腹に響くせいでうまく声が出せない。
そして視界と声を遮るようにジェイル、メロ、ユウリがあたしを取り囲む。あたしはハルヒトの腕の中にいるらしく、四人が焦った顔で覗き込んできた。
「ユキヤを……」
「お嬢、しゃべっちゃダメだって! 血が──!」
血が何?! 何か言おうとしたメロの口をユウリが咄嗟に押さえていた。
「ロゼリア様、大丈夫です。血は、ちょっと出てるだけです……! だから、これ以上血が流れないように落ち着いて、動かないでください……!」
ユウリは落ちついた様子で言うけど、唇が震えてるしちょっと青ざめてるしで、あんまり説得力がなかった。メロが藻掻いていて何か言おうとしてるけど余計なことを言わせないためと、あたしをあんまり興奮させないためだというのは、なんだか冷静に判断できた。
けれど、それはそれとしてユキヤを止めなきゃいけないという気持ちが逸る。
冷静な部分とどうにかしなきゃと逸る自分とがせめぎ合った。
「羽鎌田ッ!!」
「は、はい!」
「救急隊は控えてるんだろう?! すぐに呼べ!」
「すぐに来ます!」」
ジェイルとバートの声がどこか遠くに聞こえる。
ユキヤを、とにかくユキヤを止めなくちゃと思って立ち上がろうとメロの肩に手をかけた。
「ちょ、ちょ、ちょっ! お嬢、動いちゃダメだって!」
「……どきなさい」
「ダメ。できない。お願いだから大人しくしててよ……!」
立ち上がろうにもメロがあたしの手を掴むから支えるものがないし、お腹が酷く痛むせいでとてもじゃないけど立ち上がれなかった。傷口を確認したら混乱が増しそうだから敢えて視線を向けなかった。大丈夫、きっと大したことないと自分に言い聞かせる。
「父上──いえ、湊アキヲ。あなたをこれ以上生かしてはおけません。生きていても不幸しか撒き散らさないッ……!」
「ははっ、できるものならやって……うぐっ!?」
ユキヤがグリップを握り直す。歪んだ笑みを浮かべるアキヲは『陰陽』のメンバーによって口を塞がれていた。手は捻りあげられていて、さっき持っていた小銃は既にない。アキヲがこれ以上誰かを撃つということはなさそうだった。
けれど、場の緊張感は更に高まっていて、ユキヤの険しい表情のせいで誰も近付けない。
しかも「撃ち殺してしまえばいい」という雰囲気すらある。
駄目よ。このままじゃユキヤが引き金を引くのは時間の問題──。
「ロゼリア、移動を──」
「ユ、キヤを、このまま……放っておけないわ……銃を手放すのを見るまでは、動かないから……!」
「お嬢様ッ! そんなことを──」
反論するジェイルが近づいてきたのを見て手を伸ばす。胸ぐらを掴んで力任せに引き寄せた。
その反動でお腹が凄く痛かったけど、歯を食いしばってどうにか耐える。
動揺するジェイルを睨みつけた。
「ジェイルッ……あんた、あたしの味方だって言ったわよね……?! あたしはユキヤがここで人殺しをするなんて、しかもその相手が実の父親だなんて……そんなことのために、今日まで協力してきたわけじゃないわ……! あんただってそうでしょ……!?」
ジェイルの瞳が揺れる。
ユキヤと同じで、アキヲをここで殺してしまった方がいいと思っているのが伝わってくる。
けれど、そんなことは許せなかった。そんな結末のために今日までやってきたんじゃない。
「ここで意見が分かれるなら、あんたのことは味方だなんて思えないわ。──永遠に」
痛みを堪えて何とか絞り出した。撃たれた箇所は痛いし熱い。どんどん痛みが酷くなっていて額には脂汗が浮く。
この時のあたしは自分が死ぬかも知れないという恐怖よりも、何としてでもユキヤを止めたいという思いに駆られていた。だって、ここで止めなかったら例え生き延びたとしても一生後悔する。
そして、それはジェイルも同じだと思いたかった。
「はやく、ユキヤを止めてきて……!」
「──承知しました」
どこか苦しげに頷いたのを見て手を離す。
ジェイルが立ち上がって、ユキヤの方にゆっくりと進んでいった。その様子を見た周囲が息を呑む。
「ユキヤ、銃を下ろせ」
ジェイルがゆっくりと近付きながら声をかける。けれど、ユキヤはぴくりとも反応をしなかった。
銃口はアキヲに向けられたまま、少しもぶれない。
対応を間違えるとユキヤが怒りに任せて引き金を引きそうだった。膠着状態が続いていたところにジェイルが出ていったものだから、場内は緊張感が張りつめている。『陰陽』のメンバーもさっさとアキヲを連れて出したいだろうに、ユキヤのせいで動けてない。
けれど、よく見ればアリスがアキヲを後ろから羽交い絞めにしていて、かなり力が入っているようだった。彼女の表情もユキヤと同様、怒りと憎しみがありありと浮かんでいる。
「白木、お前もだ。手を少し緩めろ。殺すな。……これはお嬢様──いや、九条ロゼリア様の『命令』だ」
あたしの名前と命令という単語にアリスが反応する。すごく悔しそうな顔をして僅かに手を緩めた。
けれど、ユキヤは視線を動かさないし銃口も降ろさなかった。
「こんな男をこれ以上生かしておいても意味がないでしょう? ここで殺した方が先々のためです」
「気持ちはわかる。痛いほどにな。だが、ここでその男を短絡的に殺すことをお嬢様は望んでいない」
感情が高ぶっているユキヤとは逆で、ジェイルはかなり感情を押し殺しているようだった。感情的になれば、ユキヤのことを刺激するのがわかっていたからだろう。
その場にいる人間全員が二人のやり取りを見守っている。
本当ならあたしが止めに入りたいのに、それができないのがもどかしい。
ユキヤは何の反応も返さず、銃を下ろすこともしなかった。
「ユキヤ、もう一度言う。銃を下ろせ。お嬢様の命令だ。
お前があの男を殺すのを諦めてくれないと、俺たちはお嬢様を病院に連れていけない……!」
それまでかなり強く、芯の通った口調だったのに、最後に声が震えた。
そこでようやくユキヤが反応する。
ハッと我に返り、それまで見つめ続けていたアキヲから視線を外した。
定まらない視点でジェイルを視界に収めてから、その視線がゆっくりとあたしに固定される。
目が合った瞬間、ユキヤの手が微かに震えた。
「ロ、ゼリア、様……」
「……ユキヤ。あたしは、あんたに親を殺させるために、協力したんじゃないわ」
段々とくらくらしてきた。視界の中のユキヤがぼやけそうになる。
痛みを堪えて、真っ直ぐにユキヤを見つめた。
「銃を、下ろしなさい」
一言一言はっきりと告げれば、ユキヤが諦めたようにゆっくりと手を下ろした。
項垂れるユキヤ。近づいていくジェイルが差し出した手に、ユキヤが銃を預ける。
それらを眺めて一気に力が抜けた。
これでもう大丈夫なはず──そんな安堵感とともに瞼が落ちる。
遠くであたしを呼ぶ声が聞こえるけど、体に力が入らず、目を開けることすらも億劫だった。