256.所謂『断罪イベント』②
「……本当に誤解です」
「そう。じゃあ、このオークション会場もあんたの屋敷の中にある書類も、この計画に関わるものは全て確認させてもらうわ。後ろ暗いことがないって言うなら、別に問題ないでしょう?」
「なっ……そ、そんなことをすればあなただって無事では──!!」
同じことを繰り返すアキヲを見つめたまま言えば、アキヲが顔を歪めて声を荒げる。
あたしが関わっている書類まで漁られていいのかと暗に問う声と表情。
けれど、アキヲがそう言うのは想定済み。
何も言わずに静かに見下ろせば、あたしが考えていることは伝わったらしい。アキヲは再度口を閉ざしてしまった。
元々の計画にあたしの名前や資金援助の話があるのは承知していたし、わかりきったことだった。
それが今回の『陰陽』との計画の中で明かされることも、何ならそれで罰が発生するなら受け入れるつもりだった。……バートは計画への協力で相殺すると言っていたけど、そんな簡単に済ませていい問題じゃないと思うのよね。
要は、その覚悟があってここに来た、というのは今のやり取りでアキヲに伝わったことだろう。
だからアキヲは黙った。
あたしに罪を擦り付けることはできないし、当初の計画の話は脅しにもならないことがわかったから。
「──クソッ! ふざけるなよ……ッ!」
アキヲが吐き捨てる。それまでは敬語を使っていたのに、とうとう我慢ができなくなったらしい。
「貴様いつから……こんな得体のしれない連中まで連れ込んで……! そうだ、こんな奴らの力を借りていることがガロ様に知れたらどうなると思ってるんだ?!」
「あんた馬鹿なの? 伯父様の許可くらい得てるに決まってるでしょう? 今回のことは伯父様もご存知よ」
ふふん、と笑ってみせるとアキヲが「馬鹿な」と言いながら肩を落とす。
なりふり構わず思いつきで色々と言葉を重ねているけれど、全てユウリの想定通り。ユウリは勉強の合間を縫って小説やら映画の中からアキヲが言いそうなセリフをチョイスしてくれていた。頭が下がるわ、本当に。
しかも、アキヲがあたしたち以外を「得体のしれない連中」と言ってるってことは、バートは自分たちが何者か明かしてないことになる。
最初から台本にバートのセリフとかはなかったけど、ちょっと楽しすぎじゃない?! 色々と準備が大変だったのはわかるけど!
「彼らが誰なのかも知らないのね……。あんた、自分が何をしているのかわかっているの?」
答えはない。いや、答えられないのかも知れない。
──まさか自分のやっていることが『国家反逆罪』などという重罪に該当するなんて考えつかないわよね。あたしだって、以前アキヲと話している時はそこまで大事だなんて認識がなかったもの。
道を誤った自分自身を見ているようで、あまり気分は良くなかった。
自分のやっていることがどれだけヤバいか自覚がない。
「これくらいのこと誰だってやっているだろう?! 何故私だけが──!!」
「やってないわ。あんただけよ、ここまで大それたことをしたのは……」
即座に否定する。
ひくっとアキヲの表情が引き攣った。まさかあたしにこんなことを言われるなんて思っても見なかったでしょう。あたしはバートがどこにいるのかを視線で確認しながら、更に言葉を続ける。
「そうじゃなきゃ……『陰陽』なんて組織、こんな場に出てこないでしょ。ねぇ? バート」
右手の方で待機していたバートに視線を送りながら言うと、バートは意図を察してその場で恭しく頭を下げた。
「『陰陽』だと……?」
アキヲは信じられないとばかりに周囲にいる人間たちの顔を見る。自分に銃口を向けている人たちを、客席で待機しているバートを、そしてあたしたちを。
そして、その反応はそれまで黙っていたミリヤも同じだった。
「……う、嘘よ。そんな組織、噂でしか聞いたことないわ」
ゆるゆると首を振り、呆然と呟くミリヤ。
大きな目に、小さな顔。華奢な体つきで、とにかく可愛らしいという表現がぴったりくる女性だった。年齢も感じさせない雰囲気があって一児の母とは思えないわ。こんな女性がハルヒトを殺そうと画策していたなんて信じられないくらいに。でも、ひょっとしたらこの容姿のせいでミリヤの本心が上手く隠されていたのかも知れない。
ハルヒトがあたしの方をちらりと見て「喋って良い?」と視線だけで聞いてきたので、視線で「どうぞ」と合図をした。
「ミリヤさん。あなたがオレを殺そうとするから──『陰陽』がオレを助けてくれたんだよ。たかだか階段から落とされたくらいで入院だなんておかしいと思わなかった?」
「し、知らないわよ、そんなの! 私はあなたを殺そうとなんて……」
「でもオレは何度も危ない目に遭ってきたよ。……あなたの指示で動いていた人間のおかげでね。その証拠は彼らが持ってると思うから、知らないなんて白を切り通すのは不可能なんじゃないかな」
ミリヤが顔を真っ赤にして、唇を震わせている。鬼の形相と言うに相応しく、さっき感じた「可愛らしい」なんて感想は軽く吹っ飛んでしまった。
「──あんたとあの女とミチハルさんがいけないのよ! 私のかわいいリルを後継者にはしないなんて言うからッ……!
あの子はあんなに優秀なのに、あんたの方が先に生まれた男っていう理由だけで!! ミチハルさんはあんたを次期会長にすると公式の場で言ったのよ!? あの死に損ないの子供のくせに! ああ忌々しい! 病弱を装ってミチハルさんに近づいて、お情けで抱いてもらったくせに! たまたま孕んで、それが男だっただけで! 私とリルの立場を脅かして……ッッ! あの死にかけのアバズレ……!」
……ぅわ。
ヒステリックになってるからだろうけど、聞くに耐えない言葉に顔を顰めてしまった。
隣にいるハルヒトの腕を引っ張って、少し背伸びしてそっと顔を近づける。ハルヒトがあたしに耳を近づけた。
「ん?」
「……大丈夫?」
「ああ、いつものことだよ。大丈夫」
コソコソと様子を聞いてみれば、ハルヒトはけろっとした様子で答えた。
これがいつものことって……。あたしが思ってたよりも酷い状況だったんじゃないかと思って絶句する。
そもそもあの可愛らしい容姿からは考えられないくらいに下品な言葉を吐いてるわけだし、あれが「いつものこと」ならミチハルさんにもちょっとだけ同情した。だからって家庭の問題を放置していい理由にはならないけどね。
視線を動かせば、アキヲもちょっと引いてた。
ミリヤの言葉が収まったところで、ハルヒトが小さくため息をつく。
「……ミリヤさん、あなたに対話の姿勢があれば話は違ったと思う。何度も言ってるけどオレは後継者には興味がないしね」
「はあ!? そんなの口だけならいくらでも言えるわ! あんたの口車になんて乗るわけないでしょ!? 私やリルがどうなるのかわかったもんじゃないわッ!」
「……。……信じてもらえないのが本当に残念だよ。父さんみたいに『会印』で証明もできないからしょうがないけど」
『会印』か。ミチハルさんも八雲印は滅多に使わないって話だったし、ハルヒトが持っていれば多少は説得力が──。
「はっ。あの蜘蛛の印に何の意味があるって言うの? ミチハルさんからもあたしの正妻の座は保証するとか何とかで変な文書を渡されたけど……あんな紙切れと印鑑なんてただのゴミよ」
──なかった。
最初からミリヤは会長やその血族が持つ『会印』の重要性を認識してないらしい。
っていうか、それでなんで正妻なんてやってるの!? 逆に怖い!
いや、ミチハルさんは『会印』を滅多に使わないって話だったから逆にわからなかったのかも? 八雲印を使って血の契約を交わして、それを何が何でも守るという場面をミリヤが一切見たことなかったとしたら? ……それなら、ただの紙切れと印鑑と思ってしまうのもしょうがない、気がする。
伯父様みたいにポンポン使うのもどうかと思ったけど、ミチハルさんみたいに全く使わないのも問題ね……。
ミリヤの発言に驚いているのはあたしだけじゃなく、横にいるハルヒト、そしてアキヲもだった。
ハルヒトがため息をつき首を振る。
「ロゼリア、ごめん。もういいよ。……本当に何を言っても無駄だっていうのが、よくわかった」
「……わかったわ」
ハルヒトはミリヤのことは嫌いだけど異母妹であるリルのことは可愛いと言っていた。そしミリヤを殺したいほど嫌っているわけじゃないとも。
だからこそ、この場で少しでも歩み寄りたかったんだろうけど──ミリヤにはその気がなく、話をする気もない。他人事ながら切ないというか悲しいというか、やるせないわね。
あたしはミリヤからアキヲへと視線を移動させた。
「アキヲ。あんた、ミリヤさんから資金援助を受けてここを完成させたでしょ? その見返りが何なのか──あたしが知らないと思う? そもそも、どうしてここに八雲会のハルヒトがいるかわかる?」
静かに問いかけるとアキヲは奥歯を噛み締めて黙ってしまった。
いよいよ自分のやってきたこと、やろうとしたことの重さが分かってきたかしら。