255.所謂『断罪イベント』①
到着してから十分ほど経ったところで、バートがあたしのところへやってきた。
「ロゼリア様、ハルヒト様、ユキヤ様。お待たせしてしまい申し訳ございません。会場内が落ち着き、準備が完了しました。
──中へご案内させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
時間が近づくにつれて雑談の声も小さくなり、自然と静かになっていった周囲をぐるりと見回す。
さっきまでユキヤの手を握っていたハルヒトもメロも今はもう手を離している。流石にユキヤの手も温かくなったかしら……。
「いい? 行くわよ」
全員神妙な顔な顔で頷いた。
空気が重い。緊張感もすごい。
いや、こんな場でゆるっとした雰囲気なのは困るけど、ちょっと空気が張り詰めすぎじゃない? あんまり空気が重いのもあたしが困るのよね。緊張のせいでセリフを噛みそうで……かと言って力を抜いてとも言いづらい……。程よい緊張感で中に入りたいのに……。
そう考えているとエスコート役であるハルヒトがあたしの横に並んだ。
「オレはいつでも大丈夫だよ。……ロゼリア、どうぞ」
にこりと優しく微笑み、腕を差し出すハルヒト。顔面偏差値が、高い……!
ラメっぽい感じの光沢がある黒いスーツはシュッとしたデザインで元々スタイルの良いハルヒトが更に脚長に見える。中に着ているシルバーのベストのおかげか軽やかで、ダークレッドのリボンタイとシルクのチーフが華やかさを引き立てていた。
元々王子様っぽかったけど、格好のせいで余計に王子様感がある……! 昼間は全然気にならなかったのに夕方っていうか、雰囲気のせい?
自分で指名したにも関わらず無性に恥ずかしくなってきてしまった。
「……え、ええ。腕、借りるわね」
「いくらでもどうぞ」
これっきりよ、ハルヒトの腕を借りるなんて……!
ハルヒトの腕に手をかけて、普段より距離が近くなった。やばい、こいつ香水もつけてる! しかもあたしの好きな系統のやつ!
「……。……お嬢、なんか照れてる……?」
「照れてないわよ! そう言えばこんな風にしっかりエスコートしてもらうのは伯父様以来って思っただけ!」
「へえ? そうなんだ。すごく光栄」
「……ずっる」
ハルヒトは非常に機嫌良さそうにニコニコする。対してメロをはじめとする他のメンバーは何とも言えない表情をしていた。
さっきの重苦しい雰囲気は消えたけど、別の意味で居心地が悪くなってきてしまった。
あたしはハルヒトの腕をぐいっと引っ張り、会場の入口に向き直る。
「無駄口叩いてないでもう行くわよ! バート、先導して頂戴」
「──では、皆様こちらへどうぞ」
まだ中に入ってなかったのにどっと疲れた。まぁ、空気が軽くなかったから良しとしよう。
って別にここから腕を組む必要なんてなかったじゃない。ハルヒトが腕を差し出してくるからつい……。もしかして、さっきの雰囲気を和らげようとしてハルヒトが気を遣ってくれた、のかしら?
ちらりとハルヒトを見上げると、それこそ王子様然とした甘い微笑みが目に入った。くっ、目の毒だわ。
「……どうかした?」
「さっきの……」
「ああ、ちょっとわざとらしかった? みんなすごく思い詰めた顔してたからおどけてみたんだけど……ああいう空気、和らげるのって難しいよね」
「……ううん、助かったわ」
「……そう、よかった」
バートの後ろを歩き、倉庫から地下のオークション会場に続く道を歩く。照明はあるけど薄暗くて道も細い。
とは言え入口は一本道だから迷うことはなかった。逆に出口はいくつも用意してあって、万が一の時を考えてあらゆるところから逃げられるようにしているらしい。けれど、それも全て『陰陽』が調査をし、今はもう塞いでいる。
奥に重そうな扉が見えた。
その扉が近づくにつれて、さっき和らいだはずの緊張が増してきた。
これで終わるんだという期待と、これで本当に終わるのかしらと言う不安。
終わってみないとわからないけど、とにかくやり切るしかない。
バートが扉の前でぴたりと足を止めた。あたしとハルヒトも足を止め、こちらを見るバートと視線を合わせる。
「……入りますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
「ロゼリアがいいなら大丈夫」
あたしに全部委ねないで欲しいと思いつつハルヒトを軽く睨むとハルヒトは軽く笑うだけだった。……ハルヒトがいると、あんまり緊張しすぎない気がするわ。
返事を聞いたバートが扉に手をかける。
「では──……」
流石新築なだけあって、扉は音も立てずにすーっと開いた。
どうぞ、と促すバートに頷きを返し、あたしとハルヒトは扉をくぐった。
中は思いの外明るくて、さっき歩いてきた廊下からすると少し眩しく感じる。
扉をくぐった先に商品を披露するためのステージがあった。
ステージ上には久々に見るアキヲ、そして八千世ミリヤが『陰陽』のメンバー数名から銃口を向けられ、手を挙げている。
アキヲはあたしを見る形なり目をこれでもかというほどに見開いて、唇をワナワナと震わせた。しかし、アキヲが何か言う前にバートがずいっと前に出て手を広げる。
「アキヲ様、大変お待たせいたしました。本日の特別ゲスト、九条ロゼリア様、千代野ハルヒト様ご一行です」
「なっ?! ロ、ゼリア様っ……何故、ここに……!!」
「あら? 随分な挨拶じゃない? あんたがコソコソと計画してたオークション会場ができたっていうからお祝いに来てあげたのに……」
厭味ったらしく言いながら更に中へと進んだ。
オークション会場というよりはこじんまりとしたコンサート会場みたいだった。ステージを中心にすり鉢状になっていて、あたしの位置からはアキヲを見下ろすような格好になる。傾斜は大したことなくて、通路にある階段もゆとりがあった。会場の至るところに『陰陽』のメンバーが立っている。
見れば、アリスらしい少女がステージ上でアキヲの見張りをしていた。
ハルヒトの腕に凭れかかったまま、階段を数段だけ降りる。
あたしがゆっくりと歩いている間にジェイルたちが中に入り、あたしの周囲に立った。
ユキヤだけはあたしたちから少し離れ、座席の間に立っている。……あんな場所に立つって話だっけ?
「ハルヒト……!? あ、あなた、どうしてここに……!!」
「やぁ、久しぶり。ミリヤさん」
全員が配置についたところでミリヤが遅れてハルヒトの存在に気づく。多分第八領にいた時と雰囲気ががらっと変わっちゃってるんじゃないかしら。少なくとも、こんな風にパーティー用のスーツを着てるシーンなんてミリヤは見なかっただろうし……。
ハルヒトはにこやかに返事をして、ひらひらと手を振っていた。
ミリヤもアキヲ同様に唇を震わせている。
「あなたに階段から突き落とされて左腕の骨にヒビが入っちゃったんだけど……こうしてロゼリアをエスコートできるくらいには回復したよ」
そう言ってハルヒトはあたしが手をかけている左腕を軽く揺らした。
何となく想像はついていたけど、やっぱりそういう理由だったんだ……。顔に出さないようにしながら内心では引いてた。
小さく深呼吸をして、アキヲとミリヤを見比べる。二人とも顔面蒼白だった。
「アキヲ、あたしが最初に忠告した時にでも計画を全て中止させていればこんなことにはならなかったのにね。……バート、どこまで話をしているの?」
「いいえ、まだ何も」
「あらそう」
話しておいてくれても良かったんだけど。
まぁ事前に計画の中の台本部分を相談した時に、「大人しくさせるために説明する可能性もありますが、基本的にはロゼリア様の口からお願いしたい」と言ってたから、想定の範囲ではある。
「要はね、やりすぎたのよ。あんたは。……ここが何に使われるのか、あんたが他に何を考えているのか、まさか知られてないとでも思ったの? あんたがやっていること、やろうとしていることは──とてもじゃなけど見過ごせないわ」
「そ、そんな、誤解ですよ。ロゼリア様……ここはただの小さなオークション会場です」
「人間を出品するって話を聞いたけど? あとは盗品とか」
「誤解です!」
アキヲが声を張り上げる。けど、表情には焦りが見えていて説得力は皆無だった。「誤解」の中身を説明するような雰囲気でもないし、ただただ焦っているのが伝わってくる。その様子を見ると逆に冷静になれた。
「何が誤解なの? あたしが止めろって言った計画を続行して、他から資金援助を得て、更には怪しげな組織とも懇意にしているらしいじゃない?
悪いけど、あんたの計画はここで終わりよ。その上で、あんたの口から全て白状してもらう。
あんたの言う誤解とやらはそこで解いて、身の潔白を証明して頂戴。……まぁ、無理でしょうけど」
事前に考えていたセリフは大体すらすらと言えていた。一言一句覚えてるんじゃなくて必要な要素を覚えていて、それを繋げている感じ。
アキヲが悔し気に奥歯を噛み締めている。
周囲を覗っている様子もあったけど、当然ながら逃げ場などはない。このまま大人しく捕まってくれればいいけど……。




