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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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253.アリスと一緒②

 用意された車は思いのほか乗り心地が良く、運転手の運転も上手だった。

 なんかよく見たらこれってシートが特別仕様だわ……。外から見ると本当に一般の大衆車って感じだったのに、内装はVIP用というか乗り心地の良さと快適さが追及されているように見えた。


「……ロゼリアさま、今日は本当にありがとうございました」

「え?」

「昨日までずーーーっと普通に接していただけて、ちょっとの間でしたけど、『普通の人間』になれたようで嬉しかったです」


 運転手もいる前でこんなことを話しても大丈夫なのかしら。思ったことが視線に現れてしまい、ちらりと運転席に視線をやった。それを見たアリスが笑う。


「イヤホンしてるのでちょっとしか聞こえてないと思いますよ」

「ちょっとは聞こえてんじゃない」

「あはは」

「ここでの会話は他言無用と命令されてるんでお気になさらず~」


 やっぱり聞こえてるじゃない!

 運転手はこちらを見もせずに軽い口調で言ってのけた。っていうか、よくよく見たら運転手も結構若いわね。思いのほかチャラい感じの男だった……。まぁ、今回限りだし、名前を聞くまでもないか……っていうか、名前なんて聞いても答えてくれない気がする。

 とにかく気にしなくていい、ってことね。運転手が聞いていることは気にしなくていいことを確認できてホッとする。

 改めて、といった様子でアリスがあたしを見つめてくる。


「えっと、やっぱり……引き続き椿邸でお仕事をするのは難しいみたいでした……」

「じゃ、今日が最後ってこと?」

「……はい」

「……そう、残念だわ。それに、寂しいわね……」


 多少は猶予があるんじゃないかと期待してたけど、今日が最後か……。

 事前に聞いてたとは言え、やっぱりちょっとショックだわ。結構仲良くなれた──というか、アリスに懐いて貰えたと思ったのに。まぁアリスは『陰陽』に雇われてる、いや、実家みたいなものだし逆らえないわよね。……『陰陽』が実家なのもどうかっていう話はあたしがどうこう言える話ではないんだけど。

 あたしの残念さが伝わったようでアリスは困ったような顔をしていた。


「わたしがいなくてもよくなった、というのは……ロゼリアさまに危険が及ばなくなったということで、いいことなんです。だから本来は喜ぶべきことなんですけど……わたしも寂しいです。でも、ロゼリアさまに残念だと言っていただけて、ちょっぴり救われました」

「救われた……?」


 どうして「救われた」なんて思うのかしら。まぁ、「ちょっぴり」だけど!

 仲良くなれた相手と別れなければいけなくなった時、寂しいとか残念とか思うのは当然でしょうに。


「わたしは──ずっと、こうやってあちこちを短期間で転々としてきました。その期間に仲良くなる人もいましたけど……それってその時限りの関係でしかなくて……別れるのも、もう二度と会えないのも仕方がないと思ってました。だから、わたしの方から誰かを好きになって懐いてしまうということはなかったんです。後で辛くなるのがわかってたから……」


 そこでアリスは言葉を切った。

 普段のメイド服じゃなくて、動きやすい格好に身を包んでいる。メイド服の時みたいにスカートの中に暗器を仕込まなくていいからか、ショートパンツに黒のタイツだった。アリスはショートパンツの裾をぎゅっと掴む。


「けど……ロゼリアさまは、わたし個人のこと見透かすように見つめられることがあって……すごくドキドキすることもあったんです」


 それは──アリスがヒロインだから。

 今となってはストーリーを大きく外れた『レッド・ロマンス』、そのヒロイン・白雪アリス。攻略キャラクターとともにあたしを殺すはずだった存在。ゲームの中での情報だけであっても、アリスのことはよく知っているつもりだった。だからこそ、アリスは見透かされているように感じたんだろう。

 決してあたしだけの力じゃなくて、前世の記憶があったからなんだけど──こればっかりは誰かに言うこともできないからしょうがない。


「見透かされるように見つめられるたびに、……わたしのことをもっと知って欲しいとか、わたしの抱えている不安なんかを聞いて欲しくなったんです。もちろん、そんなことはできませんでしたけど!

……なんていうか、わたし、ロゼリアさまにすごく甘えたくなっちゃうんです。

わたしにもそんな人がいた。そう思える人が……わたしがいなくなることを残念だと、寂しいと言ってくれた……そのことに、救われるんです」


 アリスがあたしを静かに見つめる。その視線はどこか真剣で簡単には逸らせない。

 これまでの長いとも短いとも言えない人生の中で、アリスが甘えたいと思える相手がいないことがはっきりとわかった。どうやらバートはその対象ではなかったようで、更には『陰陽』の中にそう思える相手はいなかったということ。きっとあたしが思うよりもずっと孤独だったんだってことが伝わってくる。

 なんていうか、その相手があたしでいいのかという疑問はある。

 でも、アリスが救われたと言うなら──あたしからは何も言えなかった。

 本来なら敵対するはずだったのに、こうしていい関係を築けてよかったとすら思う。もちろんアリスにとっての『運命の相手』との未来を奪ってしまったことへの罪悪感はあるけど……。


「アリス」

「はい」

「あたし、あんたがいてくれてよかったわ。命の危険も救ってもらったしね」

「それは仕事なので……。でも、わたしの仕事が役に立ってよかったです。そういう経験があったことにも救われます」


 本来なら、攻略キャラクターのうちの誰かを救うことでアリスの人生も救われるはずだった。疑問だらけの『陰陽』の仕事を肯定できるようになって、ひどく曖昧だった自分の存在意義も見出だせて──結果的には良かったのかしら。どういう意味であってもアリスは「救われた」と言っているわけだし……。

 『陰陽』から抜け出せるのが一番いいんだろうけど、すごく難しい。

 あたしがアリスへ他に何かできることはないかと考える。

 ちょっと恥ずかしいことを思いついたけど、まぁアリスと運転手しかいないし……。

 あたしはアリスの方に体を向けて、両腕を伸ばした。


「最後に甘えておく?」

「えっ!?」


 目をまんまるにして驚くアリスを見てちょっと笑ってしまった。

 アリスはあたしとあたしが広げた腕とを見比べてから、かーっと頬を赤くしていた。


「……皆さんに怒られちゃいそうです……」

「嫌ならいいのよ?」

「い、いえっ! だ、誰もいませんし……最後ですし、言わなきゃバレませんし……!」


 アリスを抱きしめて怒るような人間はいないでしょ。っていうか「皆さん」が誰のことを指しているのか思い当たらなかった。

 少し遠慮がちになりながら、おずおずと手を伸ばしてくるアリス。本当に小動物みたいで可愛いわ、……もっと仲良くなれるものならなりたかったわね、本当に。

 ぎゅうと抱きついて、あたしの胸に顔を埋めるアリスを抱きしめる。


「……う、緊張します」


 アリスは全身ガチガチだった。それがおかしくって、あたしの方は全然緊張しなかった。

 こんな風にあたしに誰かを抱きしめる資格なんてないかもしれないけど、今くらいはいいわよね。本人が了承したんだし、と自分で自分に言い訳をしながらアリスの頭をそっと撫でた。


「ふふ、よしよし……」

「いい匂い……」

「お気に入りの香水なのよ」


 不思議な感覚だった。

 ゲームのヒロインと悪役、こんな風に抱き合うことがあるなんて──本来の『ロゼリア』のままだったら絶対に考えられなかった。アリスは攻略キャラクターと共にあたしを憎んだだろうし、あたしはあたしでアリスを嫌っただろう。

 アリスは終始緊張していたけど、あたしの方はおかげで計画のことで感じていたプレッシャーが薄れていった。

 一緒に移動できて正解だったかも。こんな風に落ち着くなんて思っても見なかったから、


 しばらくそうやってアリスを抱きしめて頭を撫でた。

 そして、到着までの時間は手を繋いで、どうでもいいくだらない話をして過ごすのだった。

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