252.アリスと一緒①
椿邸からパーティー会場となっている場所に移動。そこからバラけて移動することになっている。変装して南地区に行った時と同じ感じね。
アキヲの目を欺くために、パーティー会場も『陰陽』が貸し切っていた。だからアキヲはこっちを気にもしてないに違いない。
無事に偽装パーティー会場に到着し、『陰陽』のメンバーらしい人間に案内されて奥へと進む。
「ロゼリア様、お待ちしていました」
とある一室に案内され、中に入るとバートが恭しくお辞儀をした。
「手筈は順調なの?」
「ええ、アキヲ様たちはスケジュール通りに行動しており、それを我々の仲間たちが監視しております。倉庫街の地下オークション会場での滞在時間はさほど長くはありませんので、これからすぐに移動をいたしましょう」
「わかったわ」
夕方五時くらいにアキヲたちは倉庫街のオークション会場に到着し、出来立てホヤホヤのオークション会場をミリヤに紹介することになっている。とは言え、こじんまりした会場だし、内装も全部は終わってないみたいだから三十分程度で移動してしまう。その後、アキヲとミリヤは会食を予定しているとのこと。
バート曰く三十分もあれば周囲の包囲から警備の無力化、アキヲとミリヤを拘束するには十分な時間という話だった。前後に時間がずれることも想定して動いているのであたしたちの動きには変更はない。
「あ──アリサは?」
「移動用の車で待機しております」
「そう。……じゃあ、そこまで案内して頂戴」
「承知しました」
またアリスって言いそうになっちゃったわ。ずっと偽名で通してるんだもの。どこかのタイミングでカミングアウトしても良かったのに……あ、それだと他のみんなが混乱しちゃうか。
バートに案内されるまま、地下の駐車場へと降りていった。
『陰陽』が貸し切ってるからか、人は殆どいない。いたとしても『陰陽』のメンバーらしい人ばっかり。地下の駐車場もがらんとしていて、必要な分の車と人間しかいない。
……なんか、今更ながら『陰陽』って結構やばいのかも? 構成員がどれだけいるかもわからないし資金力も謎。けど、あたしやハルヒトに対してはかなり腰が低い。本当に何なのかしら……。……今回の件が終われば縁も切れるものの、やっぱり気になるわ。あまりに謎が多い。だからこそ、噂が独り歩きして、畏怖を与えてるんだろうけど。
用意されている車はすごく普通だった。とは言え、後部座席の様子が見えないようにはガードがされている。
まぁ、うちみたいに黒塗りの『いかにも』って感じの車だと怪しいものね……。
「ロゼリアさまっ!!」
場に似つかわしくない元気な声とともにアリスが駆け寄ってきた。……子犬みたい。
あたしの前でピタリと立ち止まり、嬉しそうに笑う。
「お待ちしていました。さぁ、参りましょう!」
「白木」
あっちです。と、案内しようとするアリスに向かってジェイルが声を掛ける。アリスは不思議そうに振り返った。
「ジェイルさん、なんですか?」
「分かってると思うが今回は多めに見るだけだ。妙な真似をするんじゃないぞ」
「わかってます! ちゃんと護衛するのでご心配なく!」
色々とツッコミたくなるジェイルのセリフだった。
今回はって言うけど多分アリスとはこれでお別れだし、妙な真似なんて言っても狭い車の中で何をするっていうのよ。しかも運転手が別にいるから何かしようものならすぐに問題になるだろうし……。
何か言いたい衝動に駆られたけど、ぐっと口を噤んだ。
見れば、メロやユウリ、ハルヒトまでも何だか心配そうな顔をしていた。
「……ただ車で移動するだけなのに何を心配してるのよ」
「そりゃあ──! ……いや、なんでもないっス」
「ロゼリア様、お気をつけて」
「後でね、ロゼリア」
メロだけは何か言いかけたけど結局何も言わなかった。それぞれ同行する『陰陽』のメンバーとともに散っていく。
あー、また緊張してきた。
刻一刻とその時が近づくにつれ、鼓動が速くなっていると感じる。寿命縮まらない? 大丈夫?
あたしがこっそり深呼吸をしていると、アリスが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「……ロゼリアさま?」
「何でもないわ。もう行くんでしょ?」
「──はい」
慣れているのか、アリスに全く緊張している様子はなかった。場数を踏んでる感があるわね。あたしよりも年下なのに。
アリスに移動用の車まで案内される。見た目は白の普通の車なのよねぇ。
運転手の男性が後部座席の扉を開けてくれた。
「ありがと」
「いえ。──白雪、お前は反対側から乗って」
「はい」
あたしが乗り込むと扉がパタンと静かに閉められた。うわ、また緊張が強くなった……!
反対側からアリスが乗り込んできて、にこーっとあたしに笑みを向けてくる。いや、この子本当に緊張した雰囲気ないわね……。
「五分後に出発いたします」
出発する時間はほぼ同じなんだけど、全車ルートが違うから到着時間が若干ずれるらしい。ちなみにあたしとアリスは最後に到着する予定。こういう移動ルートを考えるのは大変だっただろうな……。そこまでしなくても、って気持ちはあったけど、やっぱり『万が一』を考えているそうな。この機会を逃すと次がいつになるかわからない、っていうかそもそも『次』があるかどうかも不明だから念入りに計画をしている。
それはあたしにとってもありがたい話。
あたしも、これを逃してしまったらデッドエンドを回避できるかどうかわからないもの。
どこかでこの件をしっかり終わらせないと安心できない。
まぁ、まさか敵になるはずの『陰陽』が味方になるとは思ってもみなかったけどね……。
「……ロゼリアさま」
「ん? なに?」
「今日のドレスとても素敵です」
「ありがと。あたしにしては地味だと思うけど……」
「地味だなんて……! シンプルで落ち着いていて、ロゼリアさま自身の華やかさが強調されていると思います!」
アリスがキラキラとした眼差しを向けてくる。緊張のかけらもなくて、思わず笑ってしまった。
「本当ならもっと派手なのが好きなのよね」
「デザインが凝っていたり、レースやビジューが使われていたり……あと刺繍もお好きですよね」
「……よく見てるわね」
「えへへ。以前、キキさんと一緒に衣替えをした時に、色々と見させていただいたので……」
そう言えばそんなことをしてたわね。あたしは何がどれだけあるか把握してないから、キキやアリスが見てくれているのは助かるのよね。過去のあたしは金を使うのが目的だったことあって、自分で何を買っているのかなんてさっぱり確認してなかったし……。
キキの代わりにアリスが残ってくれれば助かるけど……まぁ、そういうわけにはいかないわよね……。
「では、出発いたします」
運転手の声の後に、車がゆっくりと走り出した。
う、また緊張が……!
「あ、ロゼリアさま。お水とかありますので、必要でしたら言ってください」
「……あんた、呑気ね」
「え?」
アリスが水の入ったペットボトルを取り出しながら言うのを見て、なんだかしみじみしてしまった。毒気が抜かれたとも言う。これくらい気楽でいた方がきっと楽なんだろうけど、……流石にそこまで気は抜けないのよね。
あたしの言葉を受けたアリスが驚いたような顔をしてから、へらっと笑った。
「普段に比べたら全然危険とかないですし……それに、ロゼリアさまと一緒なので……」
そう言ってはにかむアリス。
なんか、いざこうやって言われるとちょっと恥ずかしい、かも!




