250.幕間
計画の確認会は無事に(?)終わった。
あとは準備をして当日を待つばかり──。
「お嬢様」
「ああ、ジェイル。どうだった?」
ジェイルが翌日にはバートに確認を取ったと報告に来てくれた。
「少々言葉を濁されましたが……やはりお嬢様には、昨日話題に出たような──後継者然とした振る舞いを求めているようです」
「あたしは後継者じゃないんだけどね」
「ええ、言葉を濁したのもそこが理由のようです。『陰陽』から後継者として振る舞ってくれとは言い辛いのでしょう。お嬢様にそのつもりはないということは自分もわかっていますので……あくまでも『九条家の人間』として振る舞うのが妥当ではないでしょうか」
ふむふむ、なるほど。確かに。
指名もされてないし、周りが後継者として持て囃しているわけでもないから、あたしがいきなり「後継者です」という顔をして言いだすのは厳しい。ハルヒトが言い出すのは全く問題ないけど、あたしが言うのは問題が生じる。非公式の場とは言え、滅多なことは言えない。
ってことは、今ジェイルが提案してくれたように『九条家の人間』として発言するのが良さそう。
「そうすれば体裁は保てるし、後継者レースに名乗りを上げることにもならないってことね」
「はい。……まぁ、九龍会の後継者レースは開催すらされてないのですが」
ジェイルが苦笑する。あたしも釣られて苦笑いをしてしまった。
……伯父様はまだ五十代で全然元気だから、周囲もそこまで後継者のことを気にしないのよね。『会』によってはもっと若い会長がいたり、世代交代が早かったりもするんだけど、今代の九龍会の交代はまだまだ先の話。少なくとも十年は先だと思う。伯父様も交代する気はさらさらないに決まってる。
お母様たちが生きてた頃は、伯父様→お母様→あたし、という交代を考えてたみたいなんだけど、全部なかったことになってるもの。
九龍会の後継者レースはいつ開催されるやら、だわ。
あたしは出馬する気はないから、開催前に何処かに逃げたいけど。
「いいわ。この先、そこにあたしの名前が挙がっても拒絶すればいいだけだもの」
「お嬢様がどのような未来を選択したとしても、全力でご協力します」
「ありがと、よろしくね」
笑ってお礼を言っておいた。
ジェイルがこう言ってくれているのは嬉しいけど、諸々片付いて落ち着いたら海外にでも移住しようと思ってるなんて口が避けても言えない。流石にジェイルもそこまでついて来ないでしょう。だってジェイルは伯父様も九龍会も好きだもの。
◇ ◇ ◇
計画が成功すると信じて、その先どうするのかというのを具体的に考えたい気持ちがある。
けど、『来年の事を言えば鬼が笑う』とも言うし、敢えて具体的に考えることは避けていた。
この状況で計画が失敗するとは考えづらい。ゲームであたしの敵になるはずだった人たちとあたしはいい関係を築けている、はず。アリスだって相当懐いてくれたしね、何故か。未だにあんなに懐かれているのは謎ではある。
そして個人的にちょっと嬉しいのはゲームではあたし、ロゼリアが確実に死んでいて、ついでにアキヲも死んでいて……ハルヒトルートではミリヤも死んでいた。いや、殺されていた。
計画の都合上、『陰陽』はただアキヲやミリヤを捕まえたいだけ。だから、死人は出ない。
つまり、アリスが誰かを殺すことはない。
ユキヤルートだとユキヤ自らロゼリアやアキヲを手にかけていたけど、それもない。
アリスも、最推しであるユキヤも、手を汚すことはない。
あたしはハルヒトに指摘されるまで『誰かを殺すこと』を軽く考えていたんだけど、やっぱりそういう結末にならないのはいいことだわ。暗い気持ちにならないし、何かに追い立てられることもないもの。ここであたしや他のみんなに『殺す』という選択肢が生まれなくてよかった。
「……ロゼリア様?」
食堂への移動中にユウリが不思議そうにあたしに声を掛ける。
はっとなって頬を押さえた。どうやら知らず知らずのうちにニヤニヤしていたらしい。
「何でもないわ。頼んでいたこと、ちゃんとやれそう?」
「カ、カンペづくりですよね……ジェイルさんやメロと一緒に作ろうって話をしてます。ユキヤさんのお力も借りる予定です」
あたしの問いかけにぎくりと肩を震わせるユウリ。言い出しっぺはユウリなんだからユウリが準備して、とお願いをして準備を進めてもらってる。アキヲがこう言ったらこう返す、みたいな当日用の一問一答集みたいなもの。それを当日に見ながら話すわけじゃないけど、想定されるパターンを作って頭に入れて臨む予定。
「あんたたちの悪事はここまでよ」に代わる前口上も考えてもらってる。
本当に必要かどうかは謎だけど、まぁとことんやるって言っちゃったしね!
「ふーん。一字一句覚えていくわけじゃないし、キーワードさえあれば大丈夫だと思うわ」
「当日のアドリブが大変そうですね」
「アキヲは準備も何もないんだから、あたしは全然マシでしょ」
「いやー、そこは湊代表と比べちゃダメっしょ」
それまで大人しくしていたメロが笑う。その時のことを想像したみたい。
当日のアキヲなんて大変どころじゃないわよ。いきなりひっくり返されるんだから気の毒に感じ──は、しないわね。どう考えても自業自得だもの。何度も忠告はしたし、早い段階で中止という判断をしなかったアキヲの責任だわ。一番最初、あたしが前世を思い出した後にでもすぐ中止をしていれば、ここまでの事態にはならなかったかもしれないのに……。
少しだけ責任を感じる。
もっと強く言っていればとか……何か思い止まらせる方法があったんじゃないかって。思いついていれば、ユキヤだってあんなに苦しむことはなかったのに。
今になってあれこれ考えてしまう。色々あったけど、結果的には上手くいきそうで……悔やむ程度の余裕ができている。
「あ、ロゼリア。早かったね」
「……あんた、またなんか作ってるの?」
「スープを作る手伝いをしてたんだ。かぼちゃの裏ごしって大変だね」
かぼちゃの裏ごし……絶対やらないわ、あたし。言葉だけで大変そうなのが伝わってくる。
食堂に入ったところでエプロン姿のハルヒトが出迎えてくれた。あたしが食堂に入ったのを見て、厨房からメイドが出てきてハルヒトに声をかけてエプロンを預かっていく。なんだかんだでハルヒトもうちの使用人たちと上手くやってるのよね。特に水田には料理を教えてもらう仲になってる。
席についたのを見届けて、メロとユウリは離れていく。が、メロは何か言いたげにハルヒトを見つめていた。
視線に気付いたハルヒトが苦笑している。
「ごめんね、メロ。一番いいところを貰っちゃって」
「ほんとっスよ!」
子供っぽい言い方をするメロに呆れるユウリ。ハルヒトは困った顔で笑っている。
何の話なのかわからなかったので黙って成り行きを見守った。
「でもさ。それって、オレがこれまで嫌で嫌でしょうがなかった家のことがあったからだし……言い方が難しいけど、オレのこれまでの不遇がちょっとだけ報われた気がするんだ。──だから、ってわけじゃないけど……見逃して欲しい。今回だけだからね」
む。と、メロが口を尖らせる。それ以上何を言うでもなく足早に食堂から離れていってしまった。
「す、すみません。ハルヒトさん! あの、メロも……わかっているはずなので……!」
「いいよ。気にしないで」
ユウリがメロの代わりに謝罪をし、メロを追いかけるように食堂を離れる。
わけもわからないままに二人を見送ったところで、ハルヒトがあたしを見ているのに気付いた。
「だから、ロゼリアもありがとうね」
「……何の話?」
「ううん、こっちの話。──実行日まで、ちゃんと準備しようね」
何の話だったんだろう?
三人の雰囲気のせいで何となく聞きづらくて、何の話だったのかを追求しなかった。




