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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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25.あらぬ不満

 メイド長である墨谷を探して屋敷内をウロウロしていたらメロがひょこっと顔を出して近付いてきた。

 他のメイドたちはあたしの姿を見つけるなり不自然にUターンするか、めちゃくちゃ緊張した様子であたしに頭を下げてすれ違うっていうのに、こいつは物怖じしないわね。


「お嬢」

「メロ、墨谷見なかった?」

「今買い物に出てるっスよ」


 間が悪かった。まぁ、午後の落ち着いた時間だものね。

 なら自室に戻って書類の確認でもしてようかしら。今日の計画書もそうだけど、ジェイルに用意してもらった資料でも読み切れてないのがあるし……。


「そう、帰ってきたら教えて。部屋に戻るわ」


 じゃぁね、とメロの横をすり抜ける。

 メロはそのまま離れていくかと思いきや、あたしの隣で一緒に歩き始める。ついてくる気? 墨谷が帰ってきたら教えて欲しいって言ってるのに……。

 怪訝そうな視線を向けられるのも気にせずに、メロがどこか不満そうな顔で口を開いた。


「お嬢、ユウリにチョコあげたって聞いたんスけど」

「? ええ、そうよ。あたしはもう要らないし……あんたももらった?」

「もらった時に教えてもらったんスよ。お嬢にもらった、って」


 やっぱりユウリはみんなに配ってるんだ。ひょっとしなくても自分の分はあたしがあげた一つだけで、残り全部を他の使用人たちに配ってる可能性がある……。

 いい子よねとしみじみしているあたしを、メロがジト目で見つめてくる。


「おかしくないッスか」

「はあ? 何がよ」


 メロは不満を露わにして、口を尖らせた。

 一体何がおかしいのよ、こいつの思考回路わけわかんないわ。

 横を歩くメロを気にしつつ自室への歩みは止めない。今こいつと話し込むと面倒くさそう。メロはあたしに歩調を合わせたまま話しかけてくる。まるで散歩している犬が足元に纏わりついてくるみたいに。


「おれはずっとお嬢の傍にいて、言うこともちゃんと聞いて大人しくしてるのにさァ……ジェイルには携帯貸すし、ユウリとキキには何かしたいことがあればお金は出すって言ってる上にユウリにはチョコあげちゃって」

「あのチョコはみんなにあげていいって言ってるわよ」

「そうじゃねーって。扱いに差がありすぎない? って言ってんの」

「口の利き方、どうにかなさい」


 あたしは思いっきりため息をついた。こいつはたまにタメ口で話してくるのよね。

 ぽろっと出る程度ならいいのにたまに故意にやってるんじゃないかって思うこともある。伯父様にも馴れ馴れしいし、ジェイルが嫌いだって思うのもわからないでもない。

 こういうところ、本当にどうかと思うのよ。ただ、この性格を「これくらい可愛いもの」って放置してきたのはあたしだしね……。


「全く……これまでの手癖の悪さを見逃してあげてるでしょ?」

「……えぇ」


 メロはひたすら不満そうだった。

 これまでゲットできていたお小遣いを突然取り上げられたようなものだから不満なのも……わかる。けど、これ以上メロを放置したくも甘やかしたくもない。

 結局メロは自室までついてきてしまって、墨谷が帰ってきたら知らせるという仕事を遂行する気はなさそうだった。


「おれにもなんかあってもよくないっスか?」

「なんかって何よ」

「なんかっスよ、なんか」


 『なんか』でわかるはずないでしょ。いい加減鬱陶しくなってきてしまって、あたしは机に置きっぱなしになっていた財布に手を伸ばす。

 メロがあたしのことをじっと見つめている。

 財布の中からお金を取り出す。お札を二枚。

 ちなみにこの世界の通貨は【イェン】で日本円と全く同じ。一万円は一万イェンだし、物価とお金の釣り合いもほぼ同じだった。


「あ! お小遣いくれるんスか?」


 ぱあっとメロの顔が輝く。現金なやつね。

 あたしはもう一度これみよがしにため息をついて、二万イェンをメロに差し出した。


「違うわよ、お使い」

「えぇ……」


 あからさまにテンションの下がった反応をするメロ。こっちの方がテンション下がってるわよ、あんたとの会話で!

 あたしの中では『これまでのことを見逃す』との今のメロの扱いは釣り合いが取れてるんだけど、メロにとってはそうじゃないらしくて……メロがこういう不満を口にしてくるのはちょっと意外だった。これまであたしの言うことには「はいはい」って従ってて逆らわなかったしね。

 かと言って無条件に何かするのも嫌なのよね……。ってことで折衷案。


「一万イェン分のお菓子買ってきて」


 メロがお金を受け取りつつ変な顔をした。


「は? チョコあったじゃないっスか。ユウリにあげちゃってるけど」

「違う。ああいう高級なやつじゃなくて、普通のお菓子買ってきて。駄菓子とか、そういうの」

「……? 二万イェンあるっスけど?」


 両手に一枚ずつ持ってひらひらと揺らすメロ。お金を雑に扱うんじゃないと言いたかったけど、話が逸れそうなのでぐっと堪えた。

 そして右手の一万イェン札を指さして口を開く。


「一万イェンはお菓子の分、残りの一万イェン分はあんたへのお駄賃」


 言ってから、左手の中のお札を指さして「わかった?」と聞く。

 メロはひたすら不思議そうにあたしを見つめてる。


「お嬢が……駄菓子? 駄菓子って駄菓子???」

「そうよ。まぁ駄菓子に限らなくても、そうね……一つ500イェン以下で買えるようなお菓子をたくさん買ってきて頂戴」

「ごひゃ……ええー、30個も買って来なきゃいけないじゃないっスか」

「20個よ馬鹿!」


 なんで10,000÷500=30になるのよ! ほんと馬鹿!

 はー、こいつも勉強させた方が良いんじゃないの? ちょっと馬鹿すぎる。ユウリに見させておけば大人しくしてるかも……いや、駄目だわ。ユウリにメロを抑えつけておけるだけの強気さはないもの。メロを押し付けて変に反感も買いたくないし。

 メロは左右に持ったお札とあたしを見比べてから肩を竦めた。


「わかったっス。一万イェン分のお菓子、んで残りはおれの小遣いっスね」

「そうよ」

「あ、飲み物は?」

「そうね、お菓子の他にジュースも買ってきて」

「りょーかいっス」


 メロはお札を雑にポケットに突っ込んだ。そして、何を思ったのかあたしの執務机に近付いて、ペン入れから油性ペンを取り出していた。……勝手に人のものに触るのも本当にどうかと思うわ。ことが落ち着いたらもっと厳しくしていこう。

 そして、油性ペンで自分の手の甲に「おかし」「じゅーす」って書いてた。

 うわ、最高に馬鹿っぽい……!


「……でも、お嬢。なんで急に駄菓子?」


 ペンを元の位置に戻しながらメロが聞いてくる。

 あたしは質問にはすぐに答えず、少し視線を伏せた。


 ──前世の記憶が戻ってからというもの、これまでみたいな高級志向や何でもかんでも金をかけたいという気持ちは薄らいでしまった。お気に入りのあのチョコは確かに美味しいから全くいらないというわけじゃない。

 お金という価値はわかりやすくて、あたしはずっとそういうものを好んできた。

 だから、クローゼットもブランド品でぎゅうぎゅう。けど、買い集めても買い集めてもどこか虚しくて、その虚しさを埋めるように更に買い集めて──ってことを繰り返していた。


 きっとノアやユウリにチョコをあげたみたいに、美味しいものや嬉しいこと、楽しいことなんかを誰かと分かち合うことで埋められるものだったんだと思う。

 それに気付くのに随分と時間がかかってしまった。多分、前世の記憶が蘇らなかったら気付きもしなかったわ。


「たまにはそういうのが食べたくなったのよ。……高価なものじゃなくても、十分美味しいしね」


 とは言え、本当のことを口にできるはずもなく……。

 誤魔化すような答えを口にした。普通のお菓子が食べたかったのも事実だから嘘でもない。


「ふぅん……? ま、とりあえず行ってくるっスよ」


 そう言ってメロは部屋を出ていった。

 しまった。墨谷が帰ってきたら、って話の念押しっていうか、誰かに伝えさせればよかった。

 メロに若干イライラしながらも、廊下を通りがかったメイドに「墨谷が帰ってきたら部屋に来るように伝えて」と言付けをして、墨谷が戻ってくるまでは書類の確認をすることにした。


* * *


 一時間後──。


「ロゼリアお嬢様、お呼びでしょうか?」

「ああ、墨谷。悪いわね、呼びつけちゃって」

「い、いいえ……」


 メイドにお願いしておいたのが功を奏して、買い物を終えた墨谷があたしの部屋までやってきた。

 墨谷ナホ。もう既にいい年のはず。いつも柔和な印象だけど今ばかりは表情が堅い。あたしのことをずっと苦手にしていて、用がない限りはあたしと直接会おうとしない。メイド長なのに穏やかで厳しいタイプじゃなくて、相手の話をじっくり聞いて優しく導いてあげる「ばあや」みたいなタイプ……つまり、ヒステリックで傲慢なあたしにはその手が全く通じなくて、とにかく本当に苦手らしい。

 今回も本当は来たくなかったのが伝わってくる。


「手短に話すわ。水田にはもう伝えたんだけど、あたし専用のチョコとかお酒とか、他にも色々あるでしょ? 一つずつ残して全部使用人で分けて欲しいの」


 墨谷は言葉の意味が理解できないと言わんばかりに目を見開いていた。

 この反応、もう慣れたわ。

 あたしがこれまでとは違う行動をすると十人中十人がこういう反応をする。

 しばらく呆然としていた墨谷は不意に現実に引き戻されたらしく、はっとした表情を見せた。


「お、お嬢様、……一つ残して、全部、でございますか?」

「ええ。別のものを今メロに買いに行かせてるわ。だから、捨てる前にみんなで分けて食べて欲しいの。捨てるのはもったいないし……今後もそうして頂戴」


 これまで他の人間が食べることを許さずに全部捨てさせてきた。今となっては「なんて勿体ないことを」って思っちゃう。

 まぁそういうのはもうやめるってことで。

 なかなか反応をしない墨谷の様子を見ながら、少し首を傾げる。


「……いい? 墨谷」

「えっ、は、はい。かしこまりました」


 墨谷は混乱したままのようだったけど、一応あたしの言うことは理解してくれたみたい。

 いきなり色々言ってもびっくりするだろうから、墨谷に対してはゆっくりと伝えていこう。年も年だしね。……あたしの様子がおかしいって使用人たちが噂してるのは聞こえてくるものの、誰も彼も半信半疑って感じだし。

 こういうのは少しずつやっていくしかないのよね。継続は力なりって言うし。

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