248.確認会③
「別にあたしが何を言おうといいじゃない。ちゃんと喋るんだから、問題ないでしょ」
「ちょっとくらい長々と話してもいいんじゃないかなって思うっスよ」
「なんでよ。話してる間に何かあったら嫌だもの。さっさと済ませるわ」
「……情緒がないっスよ」
計画に直接関係あるようなないようなところで食い下がられる。
っていうか情緒がないってどういうことよ。メロには言われたくないわ。
「だとしても、計画自体には支障ないでしょ」
「あの、ロゼリア様……」
メロとの会話を終わらせようとすると、ユウリがそーっと控えめに手を挙げた。メロと同様にあたしが計画中に言うセリフに対して何か意見がありそうだったので聞きたくなかったんだけど、この場で無視するわけにもいかない。
あたしは小さくため息をついてからユウリを見た。
「何? ユウリ」
「以前にもお話しましたが、想定はされておいた方がよいかと思います」
「想定? 何の?」
「その場で、アキヲ様と会話になることを、です」
会話……。言われて一瞬ぽかんとしてしまったけど、確かにその可能性はあるわね。
ミリヤにオークション会場を紹介している時、突然現れたあたしに対して「何故ここに!?」と反応する可能性は非常に高い。というか目に浮かぶようだわ。黙って大人しく捕まるとは思えないし、アキヲはパニックになるだろう。秘密裏に悪事を進めていたつもりで、ユキヤがあたしの気を引いていると思っているわけだから、全く予想外のところであたしが出現して『陰陽』という噂でしか聞いたことがないような組織を率いて自分を捕まえに来るんだもの……色々言うだろうな。
計画書をテーブルに置いて、腕組みをしてしまう。
「なんか言われても無視すれば良くない?」
「……う。あまり良くないかと……」
「どうして?」
良くないというユウリの意見を聞き、ストレートに聞き返すとユウリが少し口籠った。
「あの、決して羽鎌田さんたちの意見を支持しているわけじゃないんですが……」
「いいわ。大丈夫だから聞かせて頂戴」
どうやらユウリがこれから言おうとしていることはバートや『陰陽』へのフォロー染みたものらしい。あたしは再三あいつらのことを信用しているわけじゃないと言っているし、態度にも出しているから余計に言い辛いみたい。
けど、それはそれ、これはこれ。必要だと思うことは言ってもらわないと!
「羽鎌田さんたちはこの計画を『劇場型』にしたいはずなんです」
「劇場型……?」
「つまり演劇のワンシーンのようにドラマチックにしたいんじゃないかと……ただ捕まえるだけじゃなく、ロゼリア様やハルヒトさん、ユキヤさんに来ていただくのもそのためでしょうし、計画を成功させることだけが目的ではなく、その後にこの件を上手く使うんじゃないかと思ってます。事実として広めるのか噂として広めるのかはわかりませんが……」
確かにプロパガンダって言葉にバートは頷いてたから、ちょっと派手にしたいんだろうなとは思ってたけど、「自分たちはこんなに役に立ちますよ」って宣伝したい? それとも裏で暗躍している『組織』に対しての牽制? もしくは世間に対してのアピール?
っていうか、ひょっとしてあたしが上手く使われてるだけ?
いや、それは半分当たりで半分外れね。伯父様が黙って使われるわけないもの。
結果としてあたしは上手く使われてる状態だけど……! こればかりは自業自得……!
あたしが考えている間にユウリは更に続ける。
「もちろんそれにロゼリア様が付き合う必要はないので、決まったセリフを言うだけでも問題ないと思います。ただ、そうやって用意された場で、『陰陽』と言えど周りの目がある状態なので……」
「……あんた、もしかしてあたしの評判とか評価を気にしてるの?」
やけに回りくどい言い方をすると思い、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
すると、ユウリは控えめにコクリと頷いた。
つまり、求められた役割をこなせないことで、あたしの評判や評価が落ちることをユウリは気にしているらしい。
でも! そんなの一言も言われてないのに!
こういう風に振る舞って欲しいなんて求められてもないのに、こっちが勝手に解釈してもハズしたら恥ずかしくない!? 逆に!!
なんかユウリの考えすぎなんじゃないかと思ってたけど、計画書が一部台本みたいになっててあたしのセリフが当て込まれているところを見ると否定もしきれないのよね……。
ふーーー。と、息を吐き出してからティーカップに手を伸ばし、一度お茶を飲んで落ち着く。
「別に評判や評価なんて……落ちるところまで落ちてるんだから、今更気にしないわよ」
「ち、違うんです。そういう上辺の評価とかじゃなくて……もっと根本的な──……。
つまり、僕、いえ、僕たちにとってはロゼリア様は絶対にお守りしたいお方なんですが、当日居合わせる『陰陽』の人たちはきっとそう思ってなくて……だからこそ、その場で存在感を示していただきたい気持ちがあるんです。……個人的な希望にはなりますけど」
ユウリが四苦八苦して伝えてくれているのがわかる。
何となく言っていることはわかると思う。多分。
前世の記憶を思い出してから言動を改め、色々と我慢をして、周囲の評価は上がってきている。多分攻略キャラクターに殺されることはない、と思う。思いたい。
要はそれ以外のところで九条家の人間として、『九条ロゼリア』としての威厳みたいなものを見せて欲しいってこと。バートの思惑を逆手に取り、何ならあたしの踏み台にするくらいのつもりで。
確かに、そうすることであたしの立場はぐーんと良くなるはず。
けど、けどなぁ……。
「真瀬、お前の言うこともわかる。お嬢様の力を示すのには絶好の機会だ。しかし、危険が伴う。あまり時間を使うのは得策とは思えない」
「う。そう、ですよね……」
「でもさー、湊代表ってお嬢が入る時には包囲されて、警備も無力化されてるんじゃねーの? そこまで危険とは思えないけど?」
「それは、そうだが──……」
あたしのフォローをしてくれたジェイルが言葉に詰まってしまった。
この場であたしの「けどなぁ」という気持ちを察しているのは多分ジェイルだけだと思う。
あたしが渋っている理由は、危険性や面倒って気持ちだけじゃない。──そこであたし自身の存在感を出すことで、『後継者候補』に近付くんじゃないかという懸念がある。だから、後々のことを考えてあんまり派手なことはしたくないというのが本音。
でもこれって本当に個人的な話だからこの場には出せないのよね。
「ユキヤくんとハルくんはどう思う?」
メロが話を進める。ユキヤとハルヒトは顔を見合わせた。
ノアは何も言わずにムッとしている。「ユキヤくん」呼びにムカついているのは言わずもがな、って感じ。
「そういうロゼリアはすごーく見たいというのが本音」
「ごくごく個人的な意見としてはハルヒトさんと同じです。それに父への最後通牒という意味でも、しっかり話していただきたい気持ちがあります。ですが、全くリスクがないわけではないので……ロゼリア様のご判断にお任せします」
ユウリの意見は概ね賛同されていた。
あたしが「絶対に嫌」と言ってしまえば終わる話ではある。
だけど、その場に突っ立って決められたセリフを言うだけのただの木偶の坊って、バートや『陰陽』の連中に思われたらムカつくのよね。
ユキヤのためにもしっかり終わらせる必要があるわけだし、どの口が言ってるんだって気持ちはあるけど、ケジメを付ける意味でも必要な気がする。まずはこの件をしっかり終わらせることが何より重要のはず。将来の話なんて、まずは今を生き延びなきゃ意味ないんだし!
「──わかったわ。あたしの言葉でちゃんと言えるように準備しておく。けど、判断する前に……ジェイル、バートに確認して頂戴。あたしに本当にそういう役割を求めているのか」
「……承知しました」
ジェイルが本当にいいのかと言わんばかりの目で答えるのを見て笑う。
こうなったらとことんやってやるわよ。




