246.確認会①
翌日。『陰陽』から預かった計画書の内容をみんなで確認する日。アリスは『陰陽』側の人間なので当然打ち合わせの中には入れない。
ユキヤの到着を待って──って、ユキヤって本当に大変よね。あっちに行ったりこっちに行ったり、なんていうか中間管理職って感じ。この件が終わったら本当にゆっくり羽根を伸ばして欲しい……。事後処理もあるから、そう簡単にはゆっくりできないと思うけど……。
ユキヤはいつも通り花束を持ってきた。普段と違って薔薇じゃなくてダリアの花束。ダリアも派手でいいわよね。
「こんにちは、ロゼリア様」
「こんにちは。……あんた、マメよね……」
花束を受け取りながら言うとユキヤは曖昧に笑った。何か言いたそうな雰囲気だったけど、周囲を気にして言うのを控えたって感じ。なんだったのかしら。
挨拶もそこそこに応接室に移動する。
ハルヒトは何故かその場にはいなくて、後で合流すると言っていた。合流も何も同じ屋敷内にいるんだから何してんの、って感じなんだけど……一時的に席を外してるだけみたいだから良しとした。あたし自身、あんまり口うるさくしたくないしね。
応接室についたところで、あたしとユキヤはそれぞれソファに腰を下ろした。
立ちっぱなしも疲れるだろうし、計画書を確認するためにも全員座っていた方がいいだろうと言うことで、メロやユウリの分の椅子も用意してある。
一息ついたところで何故かハルヒトはお茶を持ってきた。しかもワゴンを使い、お菓子も乗せて。
「おまたせ~」
「……あんた、何やってんの?」
「え? お茶を持ってきたんだよ。あとお菓子も」
呑気すぎない?!
これから計画の実行日に向けて打ち合わせをして、こっちも色々準備をして万全な状態で臨むという気概なのに……何だかハルヒトだけ別世界に生きているように感じる。
あたし以外もそう感じているのか、別の生き物を見るような目でハルヒトを見つめていた。
ただ、そういう雰囲気はハルヒトに伝わったらしい。困った顔をして笑い、肩を竦める。
「ごめん。別に茶化してるとかじゃないんだよ。……過敏になりすぎたり、ピリピリするとさ、話し辛くなって言いたいことも言えなくなっちゃうだろ? 真面目な場だというのはわかってるけど、多少のリラックスは必要だと思ったんだよ。──だから、お腹に何か入れつつ話した方が忌憚のない意見が出ると思ったんだ」
なる、ほど。ハルヒトの言うことは一理ある。
場の空気が悪すぎると言いたいことも言えずに終わる可能性は確かにある。特にあたしがピリピリしてると絶対に話がしづらい。多分周囲が空気を読んで余計なことを言わないようにって口を噤んでしまう。話しやすい雰囲気づくりっていうのは、確かに大切だわ。
こういうところを見てると、ハルヒトもリーダー的な素質はあるんじゃないかしら。
ゲームではアリスがハルヒトルートに行くとハルヒトがそのまま会長になっちゃうのよね。頭もいいし、こういう気遣いができて、自ら率先して場の空気づくりができるのはいいことだし、ちょっと勿体ない気がする。
「そうなのね、ありがとう。いい香りだわ。……でも、ちょっと趣味が入ってるわよね?」
「あ。バレた? お茶を入れるの楽しいし、茶器の準備とかも楽しいよね」
「あたしにはそういうのわからないけど、ハルヒトが楽しいなら良かったわ」
順にお茶を配っていくハルヒト。ユウリとノアが慌てて手伝っていた。
軽い雰囲気で会話をして、折角ハルヒトが作ってくれようとしたいい雰囲気の維持に努める。
お茶が全員に行き渡ったところで──ユキヤが思い出したようにメロとユウリへと視線を向けた。なんだろう? という気持ちのまま、ユキヤたちを見比べる。
「花嵜さん、真瀬さん。おめでとうございます」
「へっ?」
「え?」
突然告げられたお祝いの言葉にメロもユウリも驚いている。あたしも何のことを言ってるのかわからずに首を傾げてしまった。
分かっているのはジェイルだけっぽくて、ユキヤもハルヒトもノアも「なんのこと?」という顔をしている。
「正式に九龍会に所属することが決まったと、ジェイルから聞きました。お二人にとっては喜ばしいことなのではないかと思い、お祝いの言葉を送らせていただきました」
にこにこと笑って言うユキヤ。メロもユウリも少しの間驚いていたけど、やがて揃って照れくさそうな顔をした。
「ありがとーございまス」
「えっと、ありがとうございます……」
メロもユウリも照れくさそうな表情のままお礼を言う。
喜ばしいこと、でよかったんだ。周囲とあたしの感覚が違うのでお祝いするようなことだとは思っておらず、何だか変な感じだった。とは言え、無用なことを言ってしまうと変な空気になっちゃうから、ここは黙っておこう。
変に感じているのはあたしだけらしくて、あたし以外はお祝いムード。ハルヒトもノアも「おめでとう」「おめででとうございます」と言っているところを見ると、無言は正解だった。
本当によかったわけ? という気持ちが拭えないので、一緒になってお祝いするような気分にはなれない。
さっさと本題に入っちゃおう。
「──じゃあ、お茶とお菓子も行き渡ったし、本題に入るわよ。みんな計画書は確認してきたわね?」
一斉にばさっと計画書を取り出す音、ページを捲る音が室内に響く。
さっきまでののんびりした雰囲気が少し変わり、やや緊張感が加わる。メロですら真面目な顔をして計画書を開いていた。
おっと、先に当日の移動時のことだけ伝えておかないといけないわね。
「そうそう。先に伝えておくことがあるわ。五ページ目にある当日の移動のことだけど──」
言いながらページを捲ると全員が同じように五ページ目を開いた。……何か授業でもしているみたいだわ。
「全員一緒に移動するんじゃなくて、アキヲに悟られないようにいくつかのグループに分かれて移動することになってるわよね?
大方文句はないと思うんだけど、一箇所だけ……あたしとアリサがペアになって移動することになってるわ」
ジェイルとは既に話がついているので、目立った反応は見せない。
けど、その他の人間にとっては関心がある話題らしくて視線が集中した。
「思うところがある人もいるみたいだけど──この組み合わせは変えるつもりはないわ。アリサ本人とも話をしたし、最初はジェイルも気にしたけど納得してもらってるの。アリサは以前デパートであたしのことを守ってくれた実績もあるからちゃんと安全だし、アリサ個人は信頼に足る人物よ。
それに、移動中は何度かジェイルに連絡して安否を知らせるから、あんまり心配しないで」
最初に心配していたユウリも「そういうことならしょうがない」と言わんばかりの反応を見せた。まぁ、完全に納得できたわけじゃなさそうだけど。
特に文句が出る様子もなかった。よかった。ここで、あれこれ問答をするつもりもないし。
「それ以外で、何か気になることはある?」
「ロゼリア、いいかな?」
「どうぞ」
ハルヒトが控えめに挙手をして発言した。なんだろう?
「大方の計画内容については問題ない、と思う。まぁこういうのに詳しいわけじゃないけどね。細かい部分とかトラブルが起きた時の対応もきちんと対策してあるから、基本的にオレたちに課せられているのは、現地に行くこと、ミリヤさんやアキヲさんを捕まえるのを見届けること──。要はこれだけなんだけど……。
オレとしては、まずロゼリアの見解を聞きたいんだ」
け、見解……?!
これまで求められたことがないような言葉を向けられて内心動揺した。
しかも、ハルヒト以外もそう思っているらしくて、全員の視線が集中する。
あたしが司会進行兼最終決定を行うの、ちょっとやることが多くない?!




