245.結果報告
「……あんたたち、疲れてない? っていうかなんかボロくない?」
ジェイルとアリス、揃って執務室にやってきた。アリスが早速話をしてくれて、その報告に来たんだと思って迎え入れたんだけど──……。
二人とも何故かめちゃくちゃ疲れた様子だし、髪の毛は乱れているし、アリスは何だか服がよれているしで、全体にボロっとしていた。部屋に入ってきた二人をまじまじと見つめてみると、ジェイルは顎のあたりが薄っすら青くなっているし、アリスは手の甲に痣を作っている。
……喧嘩でもしたの? 聞いていいのかどうかちょっと悩む。けれど、知らないフリをすることもできなかった。
「痣、どうしたの……?」
「「転びました」」
二人はまるで示し合わせてきたように同時に答えた。
つまり聞かれたくないんだと判断して、それ以上は痣のことは言及しないことにする。ため息が出ちゃうわ。
「……わかった。詳しくは聞かないけど、ちゃんと手当はしなさいよ」
「はい、承知しました。ご心配おかけして申し訳ございません」
「後でちゃんと湿布を貼ります」
しれっとした様子を見て、どうしても二人の間に何があったのかをものすごく勘ぐりたくなる。
だって、だってね!? 二人で話しているうちによくわかんないけど、ちょっと盛り上がっちゃって貪るように──みたいな展開がなかったとも限らないじゃない!? これまでジェイルとアリスの距離も関係性もあまりに微妙すぎたけど、元々ゲームでは二人が結ばれるルートだって用意されていて今現在だってそういう可能性は大いにある、と思いたい。
思いたいけど、実際はあたしの考えすぎなんだろうというのはわかってる。
これまでもアリスの恋愛フラグを色々と期待してきたのに尽く外しているからね。多分ない。聞くだけ野暮な気はしてる。あとは下手に探りを入れて馬鹿にされたくない。
「で、二人とも何の用? ああ、座って頂戴」
立ち話も疲れるからとソファに座るように促す。
ジェイルはいつも通りあたしの正面に座った。アリスは逆にあたしの隣に座ろうとして、ジェイルに睨まれていた。渋々と言った様子でジェイルの隣に腰掛けるのを眺める。
……今の無言のやり取り、ちょっと期待したくなる感じだったわ。
聞くだけ野暮って思ったばかりだったけど聞きたくなる……!
「白木と計画について話をして参りました」
「当日あたしとアリス、二人で移動するって話でいいかしら?」
「はい、そうです。自分は白木と二人きりになることは危険ではないかと危惧をしていました。……正直、『陰陽』の存在は認めざるを得ませんが、『陰陽』や羽鎌田のことは完全に信用できません」
「でしょうね。『陰陽』のことは、あたしも完全に信用してるわけじゃないわ」
そう言うとジェイルが静かに頷いた。アリスはちょっとだけ居心地悪そうにしている。
伯父様は『陰陽』のことを一旦は信じてるっぽいし、信じてなかったら九条印を使ってまで手紙は寄越してこなかったと思う。恐らくだけど、信用に足るようなやり取りを別で交わしていたに違いない。ひょっとしたら今回の件以外にも伯父様、というか九龍会にとって何か利益になることを取引していたのかも……? けど、そんなのは知りようがないのよね。
だから、ジェイルの言うことはわかるし、あたしもそう思ってるのよ。ジェイルがアリスのことも信用できないのも、わかるつもり。
これまでキキの後任メイドとして仕事していたのに、ある日突然「『陰陽』の人間です」って言い出したわけだし……。
真面目くさった顔をしているジェイルを見つめて先を促す。ジェイルはどこか言いづらそうな、気恥ずかしそうな様子で口を開いた。
「しかし、今回白木と話をして……計画当日の移動のことは認めたいと思います。お嬢様も既に了承済みだと白木から聞きました」
ジェイルの言葉に驚いて目を見開く。
あれ? なんか、結構あっさり認めちゃうのね? もっと「危険です」って言ってくるかと思ったのに……。個人的にはアリスの最後になるかも知れない望みを聞いてあげられてホッとしてるけど。
「そう、わかったわ。ありがとう、ジェイル」
「いえ……」
何とも言えない顔をするジェイル。
しまった。あたしがお礼を言うのっておかしかったかしら。
アリスへと視線を向けてみると、こっちは普通に嬉しそうにしていた。しかし、ジェイルの表情に気付くと、ハッとなって真面目な顔をしてあたしを見つめる。
「ロ、ロゼリアさまっ」
「何?」
「あの、そのっ……今回は、ジェイルさんに折れていただいた形になります。ロゼリアさまの身の安全を考えるなら、わたしと二人にするのは──やっぱり、完全には信用できないと言うか、何かあった時にジェイルさんがすぐ駆けつけられないのは不安だと思います……」
何を言おうとしているのかわからないけど、とりあえず耳を傾ける。
「けど、今回に限っては……一時的に信用していただきました。既にお礼は言ってますが、ジェイルさんには感謝しています。ジェイルさんはロゼリアさまのことを心から心配しているだけなので──」
「白木。それ以上はいい」
「う。は、はい……」
……何? 何!? 今のやり取り!!
あれ? やっぱりちょっと仲良くなってる? 今回の話を通して互いへの理解を深めた感じ?
口元がにやけそうになってしまったので、すっと右手を持ち上げて口元を覆い隠した。「へぇなるほどね?」みたいなポーズ。変な反応にならないように、静かに深呼吸をする。
「そう、よかったわ。……あんたたちはちゃんと話をして、仲良くなったのね?」
しれっと。不自然にならないように聞いてみる。
ジェイルもアリスも一瞬だけきょとんとして、お互いに顔を見合わせて──すぐに視線を逸らしてしまう。
何だか思わせぶりな反応をするじゃない。一体どんな話をしたのかすごく気になるわ。なんか、計画のことだけを話した、って雰囲気じゃないから、やっぱりあたしの知らないところでフラグが立ってんじゃないの? き、期待しちゃう……。想像してにやけちゃう……。
「仲良く、というか……多少理解を深めた、と思います」
「仲良くなったというよりは、ジェイルさんのことを知れたいい機会? でした」
「……。それって仲良くなった、ってことでしょ?」
「「仲良くなったつもりはありません」」
声が揃った。
相互理解が仲良しへの第一歩じゃないの!? 何なのこの二人!
期待を裏切る反応にちょっとテンションが下がった。口元を隠していた手を下ろし、がくりと肩を落とす。
「もう。期待させないでよ……」
「期待……?」
「何でもないわ。ただの独り言よ。──とにかく、ジェイルが気にしていた当日の移動グループ分けの問題は解決したってことね?」
話を戻して、再度確認を取る。今の独り言を拾われると面倒だしね。
「はい、その件については問題ありません」
「わかったわ」
一番ネックになるかと思っていた問題がスピード解決してホッとしたわ。それ以外は大きな問題になりそうなところはないし、明日は大丈夫でしょ。
さて。と、話を切り上げるべく立ち上がる。ジェイルとアリスも立ち上がった。
「他に何かある?」
「ありません。大丈夫です」
「わたしも──……はい、大丈夫です」
二人の答えを聞いて頷く。アリスが何か言いたげだったけど、何故かジェイルと視線を交わして口を閉ざしていた。
だから、何よ! それ! って聞きたいのに、なんか聞きづらい……!
聞きたがりの自分を抑え込み、「じゃあ明日ね」と告げてその場を解散させたのだった。




