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244.オフレコ㉜ ~ジェイルとアリスⅡ~

 ひょっとしたらジェイルには全てを包み隠さずに伝えた方が良いのではないかという気すらしてきた。なんせロゼリアがあれこれとジェイルに頼むシーンが多く、信頼されているのは一目瞭然だからだ。

 そんなジェイルに事情を理解してもらえた方が色々とやりやすいのでは──……。


(……いや、だめだ。ロゼリアさまに知られたのは不可抗力だったけど、自分からこっちの事情をあれこれ話すのはよくない……先生や、他の人たちにどう思われるかわからないもん……)


 アリスは所詮下っ端である。ただただ命令を聞いてこなすだけの立場。常日頃から余計なことを考えるなと言われて、命令第一で行動するように躾けられてきた。

 そんな風に育ってきても、『陰陽』にとって優秀な人間になれるのは一握り。一歩間違えれば犯罪まがいのことをしているのだから、まともな思考を持っていたら抵抗が生まれる。アリスもそうだ。抵抗を抑えこんで、ここまでやってきた。

 迷って躊躇っては自分に言い聞かせ、ということを繰り返している。

 今もそう。


「詳しくは話せませんが、その日がロゼリアさまのお傍にいられる最後かもしれないので……お別れのご挨拶をする時間が欲しかったんです。できれば、二人きりで」


 気恥ずかしさを堪えて言い切る。

 ジェイルはひたすら不思議そうな顔をして、アリスを見つめていた。

 タオルを掴んでいた手を下ろして眉を寄せる。


「……前日では駄目なのか」

「当日まではできれば普通に過ごしたいんです。──本当に、わたしの個人的なわがままで、計画には一切の影響はありません」


 こうして口に出してみると本当に我儘だった。ジェイルだって別に意地悪で言っているわけじゃない。大事なロゼリアに万が一があってはいけないからと、あらゆることを警戒している。

 アリスだってロゼリアに危険などあって欲しくはない。そういう意味では、自分が傍にいることは安全だと思っているが──ジェイルはそう思わないというだけだ。

 難しいなと脳みそをフル回転させた。

 ジェイルがどうあっても納得しないのであれば、それこそジェイルの言うように別れの挨拶を前日に済ませるしかない。可能性は考えていたが、当日までは普通にただのロゼリア付きのメイドとして過ごしたいというささやかな願望をどうしても叶えたかった。

 またも睨み合う時間が続き、やがてジェイルがため息をつく。


「お嬢様はご存知なのか」

「お別れのご挨拶がしたいということは伝えています」

「で、了承されたと」

「はい。……ジェイルさんが納得すれば問題ないということでした」

「……なるほどな」


 ジェイルがものすごく渋い顔で腕組みをしてしまった。眉間に皺を寄せ、大きくため息をついている。

 さっき「信用していない」とはっきり言った時の勢いはどこへ行ってしまったのだろうか。


「あ、あの……」

「俺は、」


 どうかしたのかと聞こうとしたところで話し始めたので慌てて口を閉ざした。

 ジェイルはアリスを視界から外し、窓の外へと視線を向ける。何かあるのかと思い、同じように視線を向けてみるが特に変わったものはなかった。色づきつつある紅葉が見える程度だ。


「お嬢様の身を案じている。別に、何もかもに反対をしているわけじゃない……」


 最近のことを振り返ると、ジェイルはロゼリアの意見のほぼ全てに反対しているように思う。しかし、流石にそれをこの場では口にできなかった。単純に盗聴器で知り得た情報もあるし、ジェイルが無闇矢鱈に反対をしているわけじゃないのはアリスにだってわかるからだ。アリスだけじゃなく、ロゼリアだってジェイルが反対する意図を理解しているはず。

 とは言え、ジェイルが反対している、という事実は変わらない。

 ひょっとしたら、そのことを気にしているのだろうか。


「何かあってからじゃ困るんだ。俺があの時もっとちゃんと伝えていれば──なんて後悔はしたくない」

「……わ、わかります」

「お嬢様にもご理解いただけていると思う。しかし、……俺が口うるさい事実は変わらない」


 そこでジェイルは窓から顔を背けて、俯いてしまった。

 つい一瞬前まで見ていたジェイルは『ロゼリアの側近』だったが、今はただの青年に見える。

 好きな人にどう思われているのかを気にしているただの青年。

 そして、その姿を見た瞬間、ジェイルを羨ましがっていた自分が急激に恥ずかしくなってきた。ぎゅ、とスカートの裾を掴み、歯を食いしばる。


「……ジェイルさんは、すごいですね」

「すごい? どこがだ?」


 らしくもなく自嘲気味に問いかけられ、キッとジェイルを睨みつけてしまった。


「みんな、きっとそういうところが羨ましいんです。ロゼリアさまのために、……口うるさいって思われても危険だから反対だってちゃんと言えて、私情を捨てられるところが。……わたしは今になって公私混同してますし、ロゼリアさまに嫌われるかもしれないことは──きっと口に出せません」


 ジェイルの全てを知っているわけではない。

 しかし、ジェイルがロゼリアの望みを叶えるために行動し、そんな自分がロゼリアに信頼されている自覚がある。だからこそ、私情を極力押し殺して、わかりやすい好意を可能な限り隠してロゼリアに接している。

 だからこそ、ロゼリアも安心してジェイルに頼めるのだ。

 ロゼリアの信頼を得るためには私情を挟まずに、とにかく自分にできることをするのが一番である。それがわかっていても実行に移せるかというと──難しい。好かれたいという気持ちがある限り、嫌われるような真似はできないからだ。

 アリスの言葉を聞いたジェイルが目を見開き、驚いた顔をしている。


「そんなの当たり前だって、ジェイルさんは思うかも知れませんけど……すごいことですよ。どうしても私情って入っちゃいます。好きな人がいたらよく思われたいですもん」

「……別に、私情を捨ててるわけじゃないんだが、」

「そうかもしれませんけどっ。周りからそう見える、っていうのが重要なんですっ! メロ、さん、なんて私情ばっかりじゃないですか!!」

「あいつは……そういう人間だからな」


 メロを呼び捨てそうになって慌てて「さん」をつけた。呼び捨てていたらメロと同じになってしまうという意識がそうさせたのだ。

 ジェイルも呆れ気味に答えていて、メロは完全に私情だけで動いていることは否定しない。

 先ほどとは違い、険の取れた表情を見せるジェイル。


「──今回の件、白木の完全な私情なのか」

「……そ、そう、です」


 羨ましいなどと口走った後で肯定するには些か抵抗があったが、最早誤魔化すことなどできない。


「だ、だから……本当に、わたしのわがままなんです。そのわがままをロゼリアさまが聞いてくださった、というだけで……」

「そういう意味だったのか。なら、お嬢様も断れないな……」


 そう言ってジェイルは顎に手を当てて考え込んでしまった。表情もさっきより軽い。彼の表情は大きく変わることはないが、間近で観察していれば結構変化を確認できる。威圧感のせいでどうしても迫力があるが、今はやはり普通の青年に見えるので普段のような威圧感はなかった。

 ジェイルが答えを出すまでの間、しばし待つ。

 やがて、ジェイルが諦めたようにため息をついた。


「わかった。そういう事情なら俺が折れる」

「あ、ありがとうございますっ!」


 嬉しさを隠すようにがばっと頭を下げた。


「だが、二つ条件がある」

「条件……?」


 頭を上げてジェイルを見る。条件が出されることは多少想定していたので問題はない。問題はその中身だ。


「一つ目は移動前後、お嬢様が俺に連絡をすること。二つ目は、お前がどの程度強いのか確認させてくれ」

「え?」

「特殊な武術をやっているだろう? とりあえず、そこから俺に攻撃して見せてくれ」

「……知りませんよ?」

「お前こそ俺を甘く見てないか?」


 ここでジェイルの上に立っておくのも良いかも知れない。

 少し足元が不安だが、これくらいはハンデだと思っておこう。互いに睨み合い、じりじりと距離を測る。


 だがしかし。

 そこから三十分弱、一向に決着がつかなかった。別に決着をつける必要なんてなかったのに、お互いにムキになってしまったのだ。

 気楽に喧嘩を売ったことを後悔したし、ジェイルもアリスから喧嘩を買ったことを後悔したに違いなかった。

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