241.ドレスコード?①
場所は港の倉庫街。倉庫街には船がたくさんあって船乗りや作業員が出入りしている。
そんなところにドレスで──?
夜の倉庫街、その中にある倉庫の中とは言え、やっぱり場違いすぎるでしょ。
アリスは難しい顔をして考え込んでしまう。
「何ならバートに確認してくれていいけど……」
「いいえ、多分答えが出せないと思いますので……」
困った顔をして笑うアリス。どうやらそこはバートの想定外、もしくは検討外の様子。
「じゃあ、あたしが何を着てくか考えた方がいいってことよね」
「それは──そう、なんですけど……やっぱりドレスがいいです」
「動きづらいし、場違いすぎよ」
何故か食い下がるアリスにため息混じりに言う。
まぁ動きづらいと言っても普通の人間よりはドレスとか高価な服には着慣れてるからよほどのことがない限りはドレスでも歩いたりするには全く問題がないはずなのよね。ただ、万が一があってその格好で走らなきゃいけないってなった時は困るわ。ドレスなら当然足元はヒールがいい。あたし、ピンヒールとかハイヒールが好きだからローヒールのものってほとんどないのよ……だから余計に選択肢が狭まっちゃう。
しょうがないからやっぱり普段着とローヒールのパンプスかしら。パンプスの数がないから、パンプスに合わせたものにしてもらうしかないわね。
「で、でも、場所はオークション会場ですよ。かなりアングラな雰囲気らしいですけど……」
アリスが更に食い下がる。
メロといい、どうしてこんなにドレスに拘るのかしら。
「単純にオークションに行くって言うなら確かにフォーマルな格好でしょうけど……遊びに行くんじゃないのよ」
「ううう。でも、最初の客だって言って、入っていくの……かなり格好良くないですか?」
「……そう?」
芝居がかり過ぎじゃない!? 格好いいどころか外すとかなりダサい!
いまいちアリスの思考がよくわからない。自分のことじゃないのに、あたしがドレスを着ていくことにこだわっているようだった。ひょっとしたらメロよりもこだわりが強い? 何のこだわりなのか謎だけど。
個人的にはやっぱり動きづらさがネック。何かあった時にどうにもならない。
あと単純に場違い感が強くなりそうで嫌。
「まぁいいわ。ちょっとキキと相談を──」
「キキさんを呼んできます! ロゼリアさま、少しお待ち下さいっ!」
呼び止める暇もなく、アリスはすくっと立ち上がってばたばたと執務室を出ていってしまった。
あの子一体何なの。ゲームを通して性格とかわかってたつもりだけど、プレイヤーとしてではなく他人として接してみると何とも言えない。けど、どこか憎めない雰囲気と、ちょっと仕草や笑顔がとびきりかわいいって感じちゃうのはヒロイン補正なんだろうな……。
そして待つこと少々──。
アリスに連れられてきたキキは不思議そうな顔をしていた。そりゃそういう顔になるわよね。
三人で一つのソファに座る。あたしが真ん中、両側にアリスとキキ。女子三人なら余裕で座れちゃう。
「ロゼリア様、アリサに呼ばれたのですが……えぇと、服のご相談とか」
「え、ええ……色々と確認してからあんたに相談しようと思ってたんだけど……」
確認が終わらぬ内に相談の場がやってきてしまったって感じなのよ。
しかし、当のアリスは何故かにこにこしている。これで万事解決するって顔をしていた。対して、キキは何とも言えない顔をしてあたしとアリスを見比べ、あたしを見た。
「どのようなご相談でしょうか?」
「ちょっとアングラな雰囲気のあるオークション会場に行く時の格好についてですっ」
「え?」
「場所はオークション会場なのでドレスがいいと思うんですけど、できれば動きやすい方がよくて──」
「アリサ」
あたしへの質問だったはずなのにがーっと説明をしてしまうアリスに対して、キキが名前を読んで言葉を遮った。睨むような視線にアリスがドキッとしたらしく、慌てて口を噤む。あたしは二人の様子を黙って見守った。
キキはため息をついてから、再度アリスを見つめる。
「アリサ、私はロゼリア様に聞いたのよ。あなたには聞いてない」
「……う。す、すみません」
「行き先の説明は良いにしても、どうしてあなたが服装の希望を言うの? ロゼリア様が着ていくんでしょう? なら、ロゼリア様のご希望が最優先よ」
淡々と、案外厳しいことを言うキキ。アリスはしゅんとしてしまっていた。
キキの言うことは何も間違ってないのよね。あたしの着ていく服だし、当日それを着て動くのはあたしだし……アリスの言う通りにして、結果的にダサい上に場違いでした、って結果になるのは正直避けたい。その場合、絶対にあたしの怒りの矛先がアリスになっちゃう。
そういう意味では、やっぱりあたしが納得して決めたい。
アリスが黙ったのを見て、改めてキキがあたしを見る。
「失礼しました。ロゼリア様のご希望をお聞きして良いでしょうか?」
「悪いわね。──場所はオークション会場で間違いないらしいけど、別にオークションに参加するわけじゃないから……個人的には動きやすい格好がいいのよね」
そう言うとキキは黙り込んでしまった。
アングラなオークション会場。参加するわけじゃない。動きやすい格好。というワードで頭を悩ませているように見える。単純に想像がしにくいというのが伝わってきた。
キキは少し悩んでから、困った顔をする。
「ロゼリア様は、そこに何をしに行かれるんでしょうか?」
とっさに答えられずに黙り込んでしまった。当然、アリスも答えられない。
妙な沈黙の後、キキが何か思い出したように口を開いた。
「そう言えば……ロゼリア様に、いずれお伝えしたいと思っていたことがあります」
「? 何? 急に」
急な話題転換に驚きつつもキキの言葉に耳を傾ける。
アリスがいる場で良かったのかと心配になったけど、キキは気にした様子がない。多分いても問題ない話題なんだろう。
あたしもアリスも黙ってキキを見つめた。
「先日、メロとユウリが九龍会に正式に所属をするという話を聞きました。それで──メロとユウリの二人が、私はどうするのかと聞いてきたんです」
あ、その話題……。え、まさかキキも所属したいとか言いだすとか?
「私は、少なくとも現時点で所属する意志はありません。ロゼリア様が行かせてくれることになった専門学校に集中したいからです。ユウリみたいに両立できるとは思えませんし……将来のことは専門学校に入ってから考えるつもりです。
ですが、ロゼリア様のお役に立ちたい気持ちはあります。九龍会に所属せず、傍にいることで……お力になれることもあると思います。身の回りのお世話はまだまだ完全に譲る気はありませんし」
そこでちらりとアリスを見た。アリスは何とも言えない表情をしていた。
どうやら専門学校に行くまでは傍にいてくれるらしい。一応ここから学校には通えるらしいし、何ならその方が都合がいいみたいだと、キキの要望は聞いている。学校とあたしの身の回りの世話の両立は無理だと思うけどね。
視線をあたしに戻して更に続ける。
「九龍会の立ち入った事情を聞くつもりはありません。聞いたとしても、すぐに忘れるように努めます。
ですので──私が相談に乗れる範囲で、必要な情報をいただければと思います」
言われて、あたしは目を丸くしてしまった。
聞いたとしてもすぐに忘れる、か。
なら、『陰陽』のことを省いて話すのはありかも──?




