239.計画書の余白②
アリスの言葉を聞いたハルヒトが驚いた視線を向けてくる。あたしは渋々って感じで階段を降りて、二人のいる踊り場に立った。
アリスはにこにこしてたけど、ハルヒトは驚いている。
「いつから?」
「ちょっと前よ。……二人で話し込んでるみたいだったから」
「気にせずに声掛けてくれてよかったのに」
なんかいい雰囲気かと思って覗き見をしていたなんて口が避けても言えない。アリスに声をかけられるまで聞いてたけど全然そんなんじゃなかったし、最後にはあたしの話題が出てきちゃったし……。
ハルヒトは何か言いたげな様子だった。まぁ、多分声もかけずにこそこそ聞いてたことに物言いたいんだろうと思う。無視するけど。
「別に急いでなかったし、二人の話が終わってからでよかったもの」
「オレとアリサ、どっちに用だったの?」
そう言ってハルヒトは自分とアリスを見比べた。
……なんかこうやって聞かれるとちょっと答えづらいわね。
「……アリスに用があったの」
あたしの答えにハルヒトは残念そうにして、アリスは対象的に目を輝かせた。
垂れる尻尾と、揺れる尻尾が二人の背後に見えるようだわ……なんか二人とも犬っぽい! 周りの人間を犬っぽいって思うことが増えたような気がするわ。あたしの言葉に対して喜怒哀楽がわかりやすいからかしら。前はこんなこともなかったのに、みんな実は犬属性だったりするの? 気にしたことないけど。
残念そうな表情のままゆっくりと首を傾げる。
「オレにはない感じ?」
「あんたとは明日計画書について確認するってことになってるでしょ」
「それはそうなんだけど……ロゼリアが探してくれてたら嬉しかったなって」
「なんでよ」
間髪入れずに突っ込むと、ハルヒトが思いっきり息を吸い込み、それを大きなため息にして吐き出した。……失礼なやつね。
「ロゼリアって──……いや、何でもない。今じゃないっていうのは、うん、わかってるし……っていうかこういうこと考えちゃうオレの方が良くないんだろうな……。色々大変なタイミングなんだし……」
ぶつぶつと独り言を言うハルヒト。何が何だかって感じ。
わざわざ「何かあったの?」って聞いてあげるほど優しくも無ければ、今現在そういうことを気にしてあげられる余裕はない。前世の記憶を思い出してからというもの、とにかく生き延びることを第一に考えて生きている。生き延びてからじゃないと、それ以外のことはまともに考えられない。
そこにあたしと周囲のズレがあるんだろう、とは……気付いてるけど、こればっかりはどうしようもないわ。
あたしが抱えてる事情なんて誰にも話せないし、話したところで頭おかしいって言われるだけだしね。
とにかく、自分の命が何より大事。
余計なことは考えないようにしながら、ハルヒトの独り言は無視をした。
「とにかく、あんたとは明日よ。明日」
「わかったって」
「計画書はちゃんと読んでるの?」
「それは大丈夫。もう頭に入ってるよ」
「……あ、ああ、そう」
そう言ってハルヒトは自分の頭を人差し指でトントンと示した。
ああもう、地頭のいい人間ってムカつく!
ゲーム中で『頭が良い』と言われていたのはユウリとハルヒト。この二人はガリ勉タイプじゃなくて、頭の出来が違うって意味で頭が良いキャラクターと言う扱いをされてた。IQが高いとでも言えばいいのかしら。ゲームやってた時は気にならなかったと言うか、むしろ萌えポイントだったのに、こうして目の当たりにすると……ちょっとムカつく。頭の出来なんか今更どうしようもないし、嫉妬したってしょうがないのはわかってるんだけど……いざ、違いを見せつけられるとイラッとする。
ああ、駄目だわ。こんなことを考えてたら、また以前のあたしに逆戻りしちゃう。
すぐカッとなっちゃうから、ちゃんとコントロールしなきゃ……。
「なら、明日も期待できそうね」
「どうかな? 頭に入ってるってだけだから……この後、ちゃんと考えてみるよ」
「わかったわ、よろしくね」
ハルヒトとの会話を切り上げて、アリスを見る。アリスは視線が向けられるまで大人しく待っていた。
「アリサ、ちょっと確認したいことがあるから……」
「はい、かしこまりました。今なら大丈夫です」
「じゃあ、部屋まで来て頂戴」
アリスはしっかり頷いて、一歩あたしに近付いた。それを見たハルヒトがやや遠慮がちに口を開く。
「それってオレも一緒だと──……あ、まずいよね。ごめん、ダメ元で聞いてみただけだから……」
あたしに睨まれ、アリスに微妙な表情をされ、ハルヒトはすぐに自分の発言を撤回した。
なんでいいと思ったのよ。ハルヒトの空気の読めなさってちょっとメロと通じるものがあるわ。実際、ちょっと二人は気が合ってる? 仲良さそう? な感じもするしね。悪巧みをしてくれなきゃ仲良くしてくれるのは全然いい。
「さっきも言ったけど、あんたとは明日ね」
「わかったって。ごめん」
「アリス、行くわよ」
「はいっ!」
◇ ◇ ◇
アリスと共に執務室に戻り、応接セットのソファに腰掛ける。アリスは前と同じであたしの隣に座った。
計画書を膝の上に置いてページを捲っていく。
「聞きたいことが二つ、いえ、三つあるわ」
「はい、どうぞ。お答えできることであれば何でもお答えします」
自信に満ち溢れた笑みを見て、頼もしいと思ったのも一瞬のこと。だって、バートに口止めされていたり、そもそもアリスが知らなかったら全く答えられないのよね。本人も「答えられることなら」って言っちゃってるし……。
先にアリスが計画についてどれくらい知ってるのか聞いた方が良さそうね。
「まず一つ目。あんたは計画のことをどの程度把握してるの?」
「今回の計画についてはほぼほぼ把握しています。ただ、ロゼリアさまにお伝えできることと、そうでないことがあります」
「なるほどね。あたしに伝えられないことって?」
反応を見る意味も込めて聞いてみる。案の定、アリスはあからさまに困った顔をした。
「……。……えっと、計画書に……ロゼリアさまを襲った『組織』への対応がちょっとだけ書いてあると思うんですけど……『組織』に対してどのような対応をするのか、というのは計画書に記載がある以上のことはお伝えできません……。こちらの指揮はせん、えぇと羽鎌田じゃないので……わたしも一応内容は知っていますが、かなりきつく口止めされています……」
また『先生』って言おうとした。それはそれとして、話せない理由がちょっと分かった気がする。
単なる想像だけど、『陰陽』もバートとアリスがいるチームだけじゃない。多分『組織』への対応チームみたいなものがあって、そっちはそっちで動いていて、指揮系統が違うんだわ。そうなるとアリスは自分のチーム外のことはおいそれと話せない。
まぁ、そっちはそっちで抜かりなくやってくれさえすればいいわ。下手に手を出すと危うくなりそうだもの。
「わかった。そっちについては聞かないわ。──ちゃんとやってくれるなら、だけど」
「大丈夫、です。少なくとも、今回の計画で九龍会にはこれ以上手を出すことはなくなります……!」
「そう、期待してるわ。……じゃ、質問二つ目」
「はい、どうぞ!」
さっきとは打って変わってアリスが元気になる。答えづらい質問を脱したと思っているらしい。
計画書のページを捲り、当日の移動のことが書かれているページを開いた。
「当日の移動のことよ」
「はい」
「あたしとあんたの二人組ってことになってるけど、これって何か意味あるの?」
理由があるなら言っておかないとジェイルたちが──と思っていると、目の前にあるアリスの顔がみるみるうちに赤くなっていった。
え!? 何!? 何なの?!
今の質問に顔を赤くする要素あった!?




