238.計画書の余白①
「でもお嬢」
微妙な雰囲気にしてしまったけど、空気を読まずにメロがケロッと口を開く。
「今はどうでもいい気分っスけど、別になかったことにしたいわけじゃないっスよ」
「ちょ、メロ、言い方……!」
メロの言葉にユウリが慌てた。けど、内容自体を否定するわけじゃない。
あたしは逆に安心してしまった。
そうか、あくまで『今は』どうでもいいというか、問題にしないってだけなのね。そのうち清算はしたいと思ってるのか、きちんと贖罪をして欲しいと思っているのか──二人ともどうして欲しいのかはまだ言わないけど、いずれ言う気があるのかも。
ジェイルには笑い飛ばされたから、復讐という形ではないにしろ、二人に対して何かしらしなければいけない。
それがわかっただけでもよかったわ。
「……わかったわ。今はそれで納得しておくから、この件が終わった後にでも話を聞かせて頂戴」
「まとまったらするっス」
「僕は……いえ、僕もまとまったら、ということで……」
まとまってないわけ? 自分のことなのに?
と、聞きたい気持ちをぐっと堪えた。土下座して謝れとか一生金銭面の面倒を見ろとか、挙げだしたらキリがなさそうなくらいなのに。いや、ありすぎてまとまらないという可能性があるか……。あたしのやらかしと釣り合うだけの要望ってなんなんだろう……。
勝手に想像を膨らませて不安になるのはやめておこう。そのうちわかることと割り切っておこう。
「じゃあ、その話はここまで。──他に計画書のことで何かある?」
「もうちょっと読んでからでいいっスか」
「いいわよ、じゃあもう少しね。何か気になることがあれば教えて」
とは言え、メロからは何も出てこなさそう。
ユウリに視線を向けると眉間に皺を寄せてなんか変な顔をしていた。顔を上げて困ったようにあたしを見る。
「……ロゼリア様、計画に直接関わることじゃないんですが、よろしいでしょうか?」
「何? 言ってみて」
「あの……僕がこんなことを言うのも変なんですが……」
「前置きはいいから」
「……。と、当日の服装はどうされるのかな、と……」
ふ、服装?
思いもよらぬ発言に言葉を失う。
どうってそりゃ──……。
……そりゃ、……あれ!? こういう時って何着てくの?!
特にドレスコードが指定されているわけでもないし、一般的にこういう時に着ていく服装が決められているわけでもない。っていうか、『こういう時』がレアすぎる。
あたしは顎に手を当てて考え込んでしまった。
「動きやすい服……?」
「お嬢、ズボンなんて持ってないじゃないっスか」
「それはそう」
「ドレスは?」
「場違いすぎるでしょ」
メロとの短いやり取りの中で、あたしは自分のクローゼットの中身を思い出す。基本スカートだから、ワンピースとかスカートとかそういったものしかない。動きやすさ重視と言うとやっぱりパンツスタイルになるんだけど、メロが言うようにあたしはパンツ系を持ってない。
なんか悩まずに普段着でいいような気もする。
「……ドレスでビシッと決め台詞言って欲しいんスけど」
「あんた馬鹿じゃないの?」
馬鹿じゃないの、っていうか馬鹿なのよね。パーティーじゃないんだからドレスなんて着ていけるわけがない。ドレスは確かに唸るほどあるけど!
「まぁ、バートかアリサに確認して……キキと相談するわ」
「変なことを言い出してすみません」
「当日焦りそうだったから今言ってくれてよかったわよ」
申し訳無さそうにするユウリを見て、ひらひらと手を振った。
いや、本当に当日になって「何着てくの!?」って焦る自分の姿が思い浮かぶわ。準備もあるから「この日はこの格好」ってキキと共有しておかないといけない。
まだ余裕はあるにしろ、キキが学校に通うようになったら、あたしは毎日の準備に手間取りそう。アリスもすぐにどこか行っちゃうし……もっと自分だけでできるようにならなきゃいけないんだけど、これまでずっと甘えっぱなしだったから……。
未来への不安を覚えつつ、今は目の前のことに集中する。
二人と一緒に一時間ほど話をして、その場は終わった。
◇ ◇ ◇
キキと当日の服装について話をするか、それともアリスに計画書のことを確認するか……。
正直どっちが先でも良くて、屋敷内を探して先に会った方と話をしようという行き当たりばったりな方法に辿り着き、あたしは屋敷内をフラフラとしていた。
階段を降りようと手すりに手を置き、ふと階下へと視線を向ける。
なんと、階段の踊り場でハルヒトとアリスが何か話をしていた!
なに? なに!? フラグでも立ってた!?
あたしはワクワクが抑えられないまま、そっと踊り場を覗き込んで聞き耳を立てた。距離的に厳しいかと思ったけど、二人の声は普通に聞こえてくる。残念ながら人目を忍んだ密会という雰囲気ではない。まぁ、こそこそするなら部屋とかよね……。
「君はやっぱり計画が終わったら……?」
「えぇと、すみません。わたしからはお答えできません」
「それもそっか」
「申し訳ありません……」
「いやいや、気にしないで。君には八雲会からこっちに来る時にお世話になったよね……ちゃんとしたお礼が遅くなった、ごめんね。あの時は本当にありがとう」
あんまり詳しくないけど、確か今回と同様にメイドとして潜入をして、ハルヒトを八雲会から連れ出すのにアリスが関わったって話だったわよね。あっちではかなりの短期間の潜入だったような……。
「! い、いえ、そんな、お礼を言われるほどのことでは……そのう、わたしの仕事なので」
「そうなんだ、偉いね」
「偉いなんて……」
アリスが! ちょっと! 照れた!
ハルヒトとアリスの組み合わせはゲームのメインイラストでも大きく描かれていたから正規ルートのはず。ここから二人の距離が急速に縮まってくれてもいいのよ。
ワクワクしたまま二人の観察を続けた。
「腕の応急手当が良かったって医者が言ってたよ。それもありがとう」
「ぅあ、は、はい。……その後、腕は大丈夫ですか?」
「うん、全然問題ないよ」
ハルヒトは笑って腕を揺らして見せる。
そう言えば初めて会った時のハルヒトって腕にギプスをしてたんだった。あれって結局なんだったのかしら。何となく想像はつくけどね。
「あの時は……色々あって混乱してた。思い出したくないこととかあって、最近ようやく落ち着いて思い出せるようになったんだ。君はもっと早くお礼を言わなきゃいけなかったのに──……本当に遅くなってごめん」
「仕方がなかったと、思います。……ハルヒトさまがこうして元気になってくれていて、わたしにとってはそれが何よりです。辛いことや怖いことなんて、思い出さない方がいいに決まってますもん」
「……。そう、だね。……君がこんなに可愛くて優しい子なんだってもっと早く気付けばよかったな……何だか勿体ないことをした気がする。友達になれたかもしれないのに」
今からだって友達になれるし、何ならもっと先の関係だって目指せるでしょ! 諦めたような声を出すんじゃないわよ!
口を出したいのをぐっと堪えた。角度的に二人の表情は伺い知れなくて、一体どんな顔をして話をしているのか気になってしょうがなかった。
「それは──……どうでしょう。わたしからすると、ハルヒトさま含めて皆さんライバルって感じです」
「ライバル……? どうして?」
「ロゼリアさまのことが大好きなので」
「あ、君そういう感じなんだ……」
「えへへ」
何なのこの会話……聞くんじゃなかった。ロマンスなんてこれっぽっちもなかった。あたしの話題が出てきてすごく萎えちゃった。
はー、もういいや。キキを探そうと離れようとしたところで、階下から視線を感じる。
「ロゼリアさま、何か御用でしょうか?」
にっこりと笑顔を向けてくるアリス……! 気付いてて会話を続けたのね、恐ろしい子!




