237.計画書③
「言うわけ無いでしょ」
「えーーー!!! 言って欲しいっス! かっこいいお嬢が見たい!!!!」
なにそれ……。
「あなたたちの悪事はここまでよ(仮)」ってセリフ、本当にかっこいい? いや、過去に疚しいことがない清廉潔白かつ正義感の強い人間が言うならかっこいいセリフとも言えなくもないけど……。
脛に疵のある人間が何を言っても空々しいし、アキヲに鼻で笑われちゃいそうだわ。
あ、アキヲに鼻で笑われるかと思ったらむかついてきた。
「なー、ユウリ? 言って欲しいよな?」
「えっ!? ……そ、それは、……はい。言って欲しいというか、聞きたいです……」
メロがユウリに同意を求め、ユウリも控えめながらに同意を示した。
二人が言って欲しいとか聞きたいと言う理由はさっぱりわからない。っていうか、そもそもこんなセリフを言う資格がないというか、言ってもめちゃくちゃ「お前が言うな!」ってなりそうで全く気が進まない。
けど、セリフの後に(仮)ってある通り、あくまで仮のセリフなのよね。注釈では「ここでロゼリア様からのお言葉を頂戴する」と記載がある。何かって何……? あと「頂戴する」って、ちょっと痒い……。
要はバートがプロパガンダと言っていた通り、何かしら領内、ひいては国内での悪事は許さないという一言が欲しいんだろうけど……正直、言えることなんて何もないのよね。これまでのあたしの所業を考えると。
「なんでよ。あってもなくてもいいいじゃない」
そういうと、二人とも「えー」と言いたげな顔をした。あたしが言う気がないのは不満らしい。
「なんで、って……さっき言ったじゃないっスか。かっこいいお嬢が見たいんスよ」
「えっと、僕もかっこいいロゼリア様が見たいです」
???
かっこいい、の?
わけがわからず、計画書を手に持ったまま首を傾げてしまった。
お前が言うなと誰かに言われそうなセリフ、言ったとしても逆に格好悪いとしか思えないんだけど……。
「こんなセリフを言ったところで、お前が言うなって感じになるだけじゃない。アキヲだってそう思うに決まってるわ」
感じていることをそのまま言えば、メロとユウリは揃ってきょとんとした。あろうことか顔を見合わせて首を傾げる。
何よその反応、なんかムカつくわね。
ユウリが一度計画書を閉じ、膝の上に置いてから真っ直ぐに視線を向けてきた。
「仮にそうだとしても、今のロゼリア様とアキヲ様の立場は随分違います。現在進行系で悪事を進めているアキヲ様に対して、ロゼリア様から言うことは必要だと思いますし、別におかしくないような……九領内のことですし、治安を乱すことは許せないですし……」
「そーっスよ。それに、お嬢は湊代表に対して『止めろ』って何度か言ってたじゃないっスか。そのへん踏まえて、やっぱりビシッと言ってかっこよくキメて欲しいっス」
メロもユウリも、あたしがアキヲに対して「あなたたちの悪事はここまでよ(仮)」と言うことに違和感がないらしい。あたしは違和感ありまくりだし、そんなセリフを言う自分に対して痒くなりそうなのよね。
計画書を膝に置いて、少し考え込んだ。
何かビシッと言うことを求められているにしても、このセリフをそのまま言うのはちょっと抵抗がある。
「……まぁ、あんたたちの意見はわかったわ」
「じゃあ、言ってくれるんスか?」
「それはまだわからない。あたしがこのセリフにしっくりきてないもの」
「えー? じゃあ、おれらと一緒に別のセリフ考えるっていうのはどうっスか?」
「どうって……」
どうもこうもないんだけど!?
なんでそんな恥ずかしいことをしなきゃいけないの? 今ここで二人と考えたセリフを当日言うとかかなり恥ずかしい!
「嫌よ。面倒くさい」
「そんなぁ……」
すっぱり断るとメロが情けない声を上げた。そんなに残念……? もしかして、あたしをおちょくろうとしている……?
「ま、まぁまぁ……ロゼリア様、そのセリフこのままじゃなくても当日は何か言わないと進行にも問題がありそうですよ。ロゼリア様の言葉が九龍会の意志であると宣言した上で捕まえるみたいですし、何か考えた方がいいのではないでしょうか?」
「そう言われてもねぇ……」
「ロゼリア様からすると違和感があると思いますが……やっぱり大義名分やスタートの合図みたいなものって必要だと思います」
大義名分か。単純に捕まえて終わりってわけじゃないもんね。
伯父様に任されている手前、確かに無言でいるだけにはいかないわよね。伯父様もここぞって時には結構厳かに何か述べているもの。たまに伯父様のイメージとかけ離れているセリフには笑いそうになるけど、重要なのはわからないでもない。選手宣誓とか、パーティでの乾杯の挨拶的な……。
けど、それをあたしが言うの? という気持ちが……。
今までそんなことを言う場面ってなかったもの。いや、あたし主催のちょっとしたパーティーで乾杯くらいはしたわね……それもあくまで個人的な話だし、こういう風に多方面を巻き込んだ場で言うことなんてなかった。やっぱり気にしちゃうわ、色々。
っていうか、そもそも二人ともなんでかっこいいあたしが見たいのかしら?
「何となくわかるけど……あんたたちは、なんでかっこいいあたしとやらが見たいの?」
ユウリの言い分はわかったと告げてから、そもそもの理由を聞いてみる。
周囲に向けてと言うより、二人に向けてということなら恥ずかしさとかも割り切れるかもしれない。
「そりゃおれのお嬢はこんなにかっこいいんだーって実感したいのと、周りに見せびらかしたい気持ちからっスよ」
「あんたのじゃないわよ」
「君のじゃないでしょ」
能天気な発言を聞いて即座にツッコミを入れた。あたしは誰のものでもないっての。
ユウリはちょっとムッとして、隣にいるメロを睨んだ。メロは気にした様子もなくて、しれっとした様子で続ける。
「会長の周り見ててもいるじゃないっスか。会長が何か言うと盛り上がる人たち。心境としてはあんな感じっス」
「ああ、確かにいるわね……」
「ああいうのって昔はよくわかんなかったっスけど、今はよくわかるっスよ。自分の上司? 主? には常にかっこよくいて欲しいとか、ビシッと決めて欲しい気持ち」
ちょっとびっくりして言葉が出てこなかった。
え、メロそんな風に考えてるの? 伯父様の部下みたいな気持ちを持っているとは全く思わなかったわ。
伯父様の秘書である式見は時折「ガロ様に恥をかかせるわけにかいきませんので」と言いながら仕事をしたり、そう部下に言い聞かせてるシーンがあった。あたしも伯父様に恥はかいて欲しくないから、当然でしょって気持ちでいたけど……そこはちょっとあたしの伯父様に対する気持ちと被るところがある、のかも?
そう考えれば多少は納得できたけど、よりにもよってこの二人が? という疑念もあった。
「あんたたちが、そう思うわけ?」
「おれらがそう思うの、なんか変っスか?」
「あたしが、あんたたちに──」
何をしたのか忘れたの? と聞こうとしたけど聞けなかった。もう何度もこの話をしている気がする。
二人とも顔を見合わせたかと思いきや、けろっとした表情を見せる。
「お嬢。一旦それはそれ、これはこれっスよ」
「僕たちが今感じていることに、昔のことはあんまり関係はないです。……気にしてくれているのは、その、嬉しいですけど……今は気にしてくださらなくていいです」
メロもユウリも過去のことはまでどうでもいいと言わんばかり。
あたしにはそれが理解しがたい。いつまで経ってもしっくりこない。
殺したいほどの憎しみはどこへ行ってしまったのかしら。まさか消えたなんてことはないと思う。っていうか、消えるなんて思えない。
理解しがたい相手の背景を、今ばかりは飲み下して一度口を閉ざした。




