236.計画書②
その日の午後、何故かメロとユウリの二人と一緒に膝を突き合わせて計画書の確認をしていた。
執務室の応接セットを使い、あたしの正面にメロとユウリがいて、ジェイルからもらった計画書のコピーを眺めている。
なんかよくわからないけど昼食後に執務室で計画書を読んでたら、メロとユウリが来た。で、メロに「お嬢、一緒にいいっスか?」って聞かれたのよね。一人でじっくり考えようと思ってたけど、一人じゃ限界があるしユウリは賢いから何か役に立つアドバイスをくれるかも知れないと思った。メロにはあんまり期待してない。
「ユウリ、これなんて読むの?」
「……シッコウだよ」
メロの質問に、ユウリが呆れたように答えている。
あたしはメロを入れたことを開始十分で後悔していた。
この世界には日本と同様に漢字と呼ばれるものがある。多少字の雰囲気が違うけどほぼ同じような文字。当然読めないものは読めないし、書けないものは書けない。
メロは元々勉強が苦手だったこともあって割と面倒くさい漢字が並ぶ計画書を読むのに苦戦している。
こいつこの調子で本当に大丈夫!?
「君、学校に通い直した方がよくない?」
「やだよ。ベンキョー好きじゃねーし」
「好きじゃなくても、あんたちょっとやばいわよ。……ユウリと同じように学校に通ってもらおうかしら。あんたに大学は無理だろうけど塾とか予備校とか」
計画書に視線を落としたまま言う。視界の端でメロが「うげぇ」という表情をしていた。ユウリは「そらみたことか」と言いたげな視線を送っている。
以前のままなら気にならなかったんだけど、九龍会に入るにあたって──メロは圧倒的に学力が足りない。わかってて了承はしたし、学力不足でも運動神経はいいし動物的な勘(?)みたいなものがあるから……。
ユウリは頭いいから運動神経が皆無でアルコールに激弱でも、期待ができる。
とは言え、メロがこんなに漢字が読めないとは思わなかったから、本当に塾とかに通わせようか悩む。九龍会に所属を了解した手前、あたしの認めた構成員が馬鹿って嫌なのよね。
「お嬢。おれ、ガッコーとか興味ないんスよ」
「興味の有無を言っているんじゃないのよ。あたしの傍にいる人間が馬鹿なのは困るって言ってんの」
「馬鹿ってひどくね?」
「あんたの高校の頃の成績を言ってみなさい」
「体育は5だったっスよ」
「後は1と2ばっかりだったでしょ。どう考えても馬鹿よ」
はぁ、とため息をつく。ユウリが何とも言えない視線を向けてきた。
高校の頃は五段階評価だった。あたしは4と5が並んでいたし、ユウリは実技が絡まないものは5で、体育はメロと逆で2だった。こんなことよく覚えているわね、あたしも。……まぁ成績が出る度に二人から成績表を巻き上げて中身を確認してただけなんだけど。そう言えば、キキは3~5だったわね。2以下は絶対に取らなかったのを覚えてる。
こういう昔の記憶──懐かしくはないのよね、残念ながら。
何故なら自分の横暴さや我儘に伴うやらかしが大半で今思い出すと嫌な気持ちにしかならないから。
「とにかく。この件が終わったらあんたの学力はどうにかしたいわ」
「え~? やだなー……あ。ユウリ、カテキョして」
「えぇ、嫌だよ……」
ユウリが嫌そうな声を出す。ユウリに家庭教師を頼んだとしても絶対サボるから駄目ね。かと言って塾に放り込んでも真面目に通うかどうかもわからないし、現実的なのは外部の家庭教師に頼むことよね。
メロを馬鹿なまま放り出すのは心配だし、多少なりともなんとかできるように考えておこう。
ユウリは、まぁ、大学に通うなら問題ないでしょ。九龍会でもそれなりのポジションでやっていけると思う。多分。
話し声は途切れ、各々計画書を読むことに集中した。
やっぱり計画自体に大きな問題があるようには思えない。
ジェイルは外部に全部任せるのは不安と言っていたけど、あたしやハルヒトはもちろん、他に連れていきたいと言った人間が雑に扱われている印象もなかった。あたしたちは一つのチームとして扱われているから雑にしようもないんだけど……護衛もちゃんとついていて、危険がないように配慮もされている。危険というのは、アキヲがやばい人間を雇っていた場合とか倉庫自体に危険な仕掛けをしていた場合の話、これらは全て『陰陽』側で確認した上で動くような寸法になっている。
あたしが計画書をぱたんと閉じたところで、メロとユウリが顔を上げる。
「ユウリ、なんか気になることある?」
二人の顔を見比べてからユウリに聞いてみる。
ユウリはぱらぱらと計画書を捲り、移動スケジュールのところを開いた。
「えーっと、……倉庫街への移動時、何故かロゼリア様はお一人なんですよね。ちょっとこれは看過できないです……」
「でも付き添いアリサじゃん」
「アリサだからって安心できないよ。っていうか、逆にアリサだからこそ信用できないまであるんだけど」
……あたしがアリスと一緒に移動するシーン、不審に見えるんだ……?
アリスは『陰陽』の所属でありながら、かなりあたしに懐いてくれてるしそれはとても演技に見えない。ゲーム内でのアリスの性格や葛藤を知っているから結構あたしの中では信頼度みたいのが高い方なんだけど……ユウリからすると怪しく見えるのね。メロはアリスのことを色々感づいてるし、あたしに害は加えないって思ってるから、そんなに気になってないっぽい……。
倉庫街に行く時は二人~三人くらいの少人数に分かれて移動することが書かれている。あたしとアリス、ハルヒトとメロとユウリ、ジェイルと部下二人、ユキヤとノア、ユキヤの側近である内海と鶴田って分け方。集団で移動すると目立つから、そうならないようにするというのが目的。
そっかー、あたしは全然気にならないんだけどなー……。
「あたしは別に気にならないけど……」
「……ロゼリア様、アリサのことを随分信用してらっしゃるんですね。彼女も『陰陽』の所属なのに……」
「バートと違って胡散臭くないからね。あたしには懐いてくれてるし」
「まー、でもお嬢とアリサの組み合わせはジェイルも文句言いそう。てかジェイルが代われって言いそう」
あ、あり得る……!
ジェイルがアリスに「代われ」って言うのが目に浮かぶよう。ジェイルもアリスを信用しているわけじゃないからしょうがないのかしら。
けど、敢えてこの組み合わせしているのは、なんか理由があるような気もするのよね……。
「ジェイルがそれを言いそうというのはあるわね……」
「でしょ? おれもちょっとやだなって思うし」
「? なんで?」
「ユウリやジェイルとおんなじ理由っスよ」
「……勝手に一緒にしないでよ」
おんなじって言われてもわからない……。ユウリは分かってるみたいでムッとしている。
二人の顔を交互に見つめてみるけど、二人とも答えようとしなかった。たまに変なことを言うの、やめて欲しいのよね。
「まぁいいわ。ちょっとアリサに聞いてみる。流石にあの子もこのことは知ってるでしょうしね。……他は何かある?」
自分で聞いてみると言えば、メロもユウリも微妙な反応を示した。けど、あたしがそうすると決めた以上は明確に反対もできないらしく黙ったまま。
「他は?」という問いかけには、メロがすっと手を上げた。なんでわざわざ手を挙げるのよ……。
「お嬢。ここにある『あなたたちの悪事はここまでよ』ってセリフ、本当に言うんスか?」
何故かワクワクした視線を向けられてげんなりした。
本当にそんなセリフ、あたしが言うと思ってるの……?




