235.計画書①
「ロゼリア様、バートさんの使いと名乗る人が来て、これを……」
四日後。
何故かユウリが計画書らしきものを受け取っていた。
執務室まで来たユウリは自分でも「どうしてだろう」と言いたげな表情で、前回と同じ封筒をあたしに差し出してくる。受け取りながらユウリと封筒とを見比べてしまう。
「……何であんたが受け取ったの?」
「メイドに呼び出されて何かと思ったら、バートさんの使いと名乗るスーツの人から渡されました。受け取りが僕で良いのかと確認したんですが、ジェイルさんかメロか僕、という指定だったんです。どうやら前回の話し合いの場にいた誰かということみたいでした」
なるほど、そういう指定ならわからないでもない。それでアリスを指定しないのがちょっとわからないけど、アリスには計画のことは伝えられてないのかしら。後で確認しよう。
封筒の封はされたままだった。どうやら前回のジェイルみたいに中身は確認してないらしい。
「中は見てないのね」
「そ、それは流石に……ロゼリア様にお渡しするように言われた手前、僕が先に見ていいとは思えなかったので……」
ユウリはあたふたしながら答えた。ジェイルは変なものが入ってないかとか相手の言うことを信用して良いのかとか色々考えるから事前に確認するけど、ユウリはあたし宛の書類というのを重要視してるのよね。……現時点ではどっちでも間違いではない、と思う。
封はきっちり閉じられていたので、執務机に戻って引き出しからペーパーナイフを取り出した。細身でかっこいいやつ。
ペーパーナイフですーっと封を開ける。
「あ、ユウリ。ジェイルを呼んできて」
「はい、承知しました」
あたしの指示に従い、ユウリは足早に執務室を出ていく。
……九龍会への所属を認めて、伯父様にも了解を得て、それをユウリとメロに伝えて──これと言って何も変わってない。二人の意識が変わっているのは見ていればわかるけど、それだけ。
何にせよ、南地区の件が落ち着かない限りは何もできないわ。
あたしもその後の身の振り方を考えなきゃいけないし……。
色々と考えを巡らせながら、封筒の中から書類一式を取り出した。
封筒の厚みから想像はしてたけど何ページあるのかしら、これ。と思ったら、三部入ってて実際のページ数は二十ページくらい?
パラパラと捲って中身をざーっと確認する。
目次から始まり、場所や人員一覧、大まかなタイムスケジュール、その後で時間ごとの細かい動きなどがまるで台本みたいに記載されていた。中身だけを見ると一時間もかからない想定らしい。前準備や、後処理などは時間に含まれてないし、ここへの記載についてはかなりサラッとしている印象。完全に『陰陽』側の仕事だからこっちには無暗に詳細を知らせない、って感じみたい。
「……何でセリフまで書いてあるのよ」
アキヲを追い詰めた(?)ところで、何故かあたしに言って欲しいらしいセリフが入っている。
「あなたたちの悪事はここまでよ(仮)」だって。(仮)って何よ。
確かに、バートからはこんなこと言ってくれると嬉しいみたいなことは言われてたけど、本当に言わせるつもりとは思わなかったわ。演技なんてしたことないから、こんなところで用意されたセリフを口にしようものなら棒読みになりそう。
「ん? ……ああ、例の組織とやらは、この裏で『陰陽』の別動隊が捕捉して追い詰める寸法なのね。ってことは、これが上手く行けば前みたいにあたしが襲われることもなくなって、全部まるっと綺麗に終わる……? 期待しちゃうわね」
あたしを襲ったとされる『組織』とやらの正体はわかってない。『陰陽』は掴んでるっぽいし、どうやらあたしたちには詳しくは知らせたくないように思う。南地区の件を囮に使われているような気もしないでもないけど、それで上手く収まるならいいかしら。あたし個人にどうにかする力がないから、本当にどうにもならないのよね。
計画書をじっと見つめて、細かい内容を読み下していく。
計画自体はシンプルで大きな問題ないように思う。
倉庫街の倉庫に行く→アキヲとミリヤを捉える→撤収、だもんね。
ただ、移動などは細かに指定されていた。倉庫街に行くにあたって、万が一にもアキヲたちに悟られないようにルートや車などは向こうが手配している。ここで小員数ごとの移動になるのがちょっと心配だけどしょうがない、のかしら?
そうやって考えているとユウリがジェイルを連れて執務室に戻ってきた。
何故かメロとハルヒトもいる。……あんたたちは呼んでないんだけど?
「ジェイル、呼びつけて悪かったわね」
「いえ、大丈夫です。いつでもお呼びください」
言いながら近付いてくるジェイルに向かって計画書を一冊手渡した。メロ、ユウリ、ハルヒトも興味があると言わんばかりに近付いてくる。多分見せても構わないんでしょうけど、三セットしかないのよ……。
「一部お預かりしますね。コピーを取らせてください」
「いいわよ」
「ロゼリア、オレにも見せて」
「……はい」
ハルヒトに手を差し出されたので、ちょっと渋りつつ手渡した。左右からメロとユウリがハルヒトの手元を覗き込んでいる。ジェイルが持っているのを見るよりも楽だと判断したっぽい。
ジェイルはメロとユウリ、そしてハルヒトのことを見て小さくため息をついてから手元の計画書に視線を落とした。
「お嬢様はご覧になりましたか?」
「あんたたちが来る前にざっと見たわ」
「どうでしたか?」
「こんなもんかしら、って印象。計画自体はシンプルだから大きな問題はないと思う。けど、当日までこのことをアキヲたちに悟られないようにしないと、って感じ」
ふわっとした感想を言ってしまった……。
けど、今あたしが言えることなんてこれくらいだわ。計画を書面に起こすとこうなるんだーって思っただけだし。
「承知しました。では、自分も内容の確認をし、ユキヤと相談します。
お嬢様も計画書を読み込んで、気になる点や不審点などを洗い出しておいてください。明日、もう一度確認いたしましょう」
「……明日」
「ええ。丸一日あります。確認の時間としては十分でしょう」
当たり前のように言われてしまった。悠長に構えている時間なんてないから、計画書に文句をつけるなら早いに越したことはない。直前だと計画の修正なんて無理なのもわかってる。
伯父様もこういうスピード感の中で生きてるんだと思ったらちょっと同情しちゃった。複数の案件でこういう風に明日には回答が欲しいとか、意見が欲しいとかって言われてるんだろうしね。
あたしとジェイルがそんな話をしていると、計画書からハルヒトが顔を上げて首を傾げる。
「オレはいいの?」
「失礼しました。ハルヒトさんも気になることがあればお願いします」
「わかった」
何故か嬉しそうに頷くハルヒト。
……どう考えても面倒な話なのに? あ、いや、仲間はずれが寂しいみたいなこと言ってたから、そのせいかしら?
今度はメロとユウリがあたしのことをじっと見ていた。あたしはジェイルに視線を向ける。
「ジェイル」
「はい」
「計画書のコピーをメロとユウリにも渡して」
そう言うとジェイルがちょっとだけ嫌そうな顔をした。九龍会への所属を勧めておいて何その反応……。
「承知しました。──花嵜、真瀬。お前らにも渡すが、意見を求める気はない」
「なんでだよ!?」
「そんな、ひどいです」
「何かあれば参考程度に聞く。時間があまりないから意見が多すぎると困るんだ」
そりゃそうなんだけど、メロはともかくユウリの意見は結構参考になりそうなのに。
とは言え、意見が多すぎるとまとめきれないと言うジェイルの言い分もわかる。メロもユウリも何を言い出すかわからないし、明日次第ね……。




