234.来るその日に向けて④
あたしにとっては大したことない行動だったのに、ジェイルにとっては意味ある行動だったらしい。
こういうことは前世の記憶を思い出して、考え方や行動を改めてからというもの、増えている気がする。以前の言動がアレ過ぎて、不良が雨の日に子猫を拾うということに通じるものがある。なんだっけ、なんか名前があったはず……そう、ゲイン効果!
それはそれとして、噛みしめるにしても時間差すぎない?
「……別に大したことをしたつもりはないわよ」
「お嬢様にとってはそうでしょう。しかし、自分にとっては……そうではないので」
「ふーん。って言っても、聞かれたくないことの場合は部屋には入れないわよ」
「それはわかっています」
ジェイルは目を細めて、少しだけ口角を上げた。本当にわかってるのかしら。聞かれたくない時は何が何でも入れないけどね。
「お嬢様がガロ様とお話する時、普段より明るい声であることなどがわかってよかったです」
よかった!? それっていいことなの? 「大好きよ」は今思い出すと、聞かせるんじゃなかったと思うけど!
ジェイルが砕けてきたのは嬉しいし話しやすいからいい反面、なんだか前と違うからくすぐったい。たまに視線が変なのよね。あんまり気にしないようにしてるけど、まっすぐ見られるとちょっと緊張しちゃう。
あんまりこの話題はひきずりたくないから、出てってもら──あ、そうだ。今のうちに計画書が来たら確認をジェイルとユキヤに任せてもいいかどうか確認しておこう。予め言っておいた方がいいでしょ。
「ジェイル。話は変わるんだけど、今後バートから計画書が来ると思うのよね」
「はい、そうですね。恐らく今日のように使いの者が直接持ってくるのでしょう」
さっきのは雑談、今は仕事の話。お互いにちょっと切り替えて真面目なトーンで話をする。
ジェイルのいいところはこういう切り替えがすぐに伝わるところね。こっちが仕事モードならきちんと真面目に取り合ってくれて、誰かさんと違って茶化してくること絶対にない。当たり前と言えば当たり前だけど、やっぱりこういう姿勢があたしにとっては有り難くて──前世の記憶を思い出してからというもの、かなり頼らせてもらってきた。
「計画書はあんたとユキヤで確認してくれない? 多分あたしだと細かいことが──」
「駄目です」
……そして、こうやって駄目なことは駄目というところ。
個人的な感情面で言うとイラッとするんだけど、反対する時はジェイルなりに理由がしっかりあるからね。あたしとしても話を聞かざるを得ない。
「何でよ」
ムッとしながら理由を聞いてみると、ジェイルはさっきの雰囲気が嘘みたいに思いっきりため息をついた。む、むかつく。
ここでキレないだけかなり進歩したと思う。むかついている事実は変わらないから我慢してるだけなのよね。
「お嬢様はこの計画の協力に了承した以上は内容を把握する義務と、了承したという責任があります。必ず目を通してください。わからない部分は自分が説明します。
自分やユキヤを頼ってくださるのは嬉しいのですが、ご自身に関わることはご自身の目で確認が必要です。内容をお嬢様自身がご存知でないのは非常にまずいですし、取り返しのつかないことだってありますよ。
……耳の痛い話になりますが、アキヲ様のようにあなたを利用する輩がいないとも限らないのですから」
反論できない……!
元はと言えば南地区のことだってアキヲに全部丸投げしてたからこうなってるのよね。その話を持ち出されると「はい」以外の返事ができなくって悔しい。ジェイルの言い分が正しくて、過去の自分のやらかしが一層悔しいわ。
何も言えずにいるとジェイルが更に続ける。
「わからない部分は誰かに聞くなり、自分で調べるなり……知識や情報はあなたを守る盾にもなりますので、なあなあにしてはいけません。
──お嬢様、常に疑ってかかってください。あなたを騙すことで利益を得る者がいることはもうご存知でしょう?」
耳が痛い。ジェイルの言うことはもちろん理解できる。
九条家に限ったことじゃないけど、『会』の血筋にいる人間は騙される可能性や利用される可能性というものを考慮して生きる必要がある。以前のあたしはそれが全くできていなかった。
とは言え、やっぱりそう言われるとちょっと寂しいのよね。
「あんたのことも疑えってこと?」
「それは──……はい、そうです」
なんだかなぁと思って聞いてみると、逡巡の後にジェイルはしっかりと頷いてしまった。
そこは信じてくださいって言ってくれても良かったのよ!
「自分はお嬢様の身の安全などを第一に考えていますが……そもそも前提が間違っていたり、自分が第三者に唆されていると言った可能性もありますので……誰かを完全に信じ切るのは難しいと思います。……信じていただけるのは、嬉しいのですが……それはそれとして、疑念は常に持っていていただきたいと考えています」
この話に関してはイマイチ納得しきれないけど、完全に信じ切るなという話は理解できる。
ジェイルが今話してくれたように、あたしとジェイルの目的が一緒じゃない場合と、そもそもジェイルが誰かの横槍で間違った考えをしてしまっている場合、あんまり考えたくないけどね。
やれやれとため息をついて、肩を落とした。
「わかったわ。なんだかつまんないっていうか、寂しいけど……しょうがないのね」
「無論お嬢様の疑いは杞憂だったという結果になるようにして参ります」
「疑うのも疲れるのよ」
「……はい、肝に銘じます」
ってまずいわ。変な雰囲気になっちゃう。
まぁジェイルが言いたいのは自分が関わっている案件なんかを他人任せにするなってだけよね。自分の目で確認することが重要で、わからないことをわからないままにしないっていうだけの話! 常に周りを疑って生きろと言ってるわけじゃないんだから、そこはメリハリ! 疑うところは疑う、信じるところは信じる!
よし、終わり。一旦、この話はここで終わらせておこう。
あんまりダラダラ話すと良くない。
「じゃ、計画書が届いたら一緒に確認して頂戴。ユキヤにも確認してもらってね」
「承知しました。ではスケジュールをユキヤに渡しておきます」
「よろしくね」
もう良いわよ。と付け足して、ジェイルに部屋を出ていくように促す。
ジェイルは一礼してから執務室を出ていった。
それを見送り、執務用というには些か豪奢な椅子にどっかりと凭れかかる。
計画書を確認して、問題がなければそのまま実行日である十一月十一日を待つだけなのよね。
……何度考えても不安だし、ソワソワする。
あたしを殺す予定だった人間は全てあたしの側にいる。多分味方と言っても良いはず。だから大丈夫だと思いたい──のに、やっぱり不安。せめてゲームの期間を過ぎないことには安心できない。
今更何もできないから、ただ待つしかない。
自分を落ち着ける意味も込めて、そのまま目を閉じた。