231.来るその日に向けて①
あとはバートから計画の詳細が送られてくるのを待つだけ……。
もうこっちでできることは恐らくないのよね。下手に動くと『陰陽』にも迷惑がかかりそうだし、あたしとしても『陰陽』が計画をきっちり作ってくれるならそれに越したことはない。
食事会の後にジェイル、メロ、ユウリの三人を呼んで今後のことを少し確認した。
三人とも「今はとりあえずバートからの連絡を待つ」ことに了承してくれた、というかその方がいいという判断をしてる。まぁバートとの話し合いの中であれこれ注文をつけてるから、一旦信じて待つという姿勢を見せた方がいいという意見で一致した。
計画実行日が十一月十一日。今が十月十五日。まぁほぼ一ヶ月後。
ゲームだとルート確定日。
ルート確定と言ってもそれはアリスがゲームを進めた場合だから、あたしの場合だとどういう風になるんだろう? ゲームと違ってアリスが主導で話を進める風ではなく、むしろあたしが自分のしたいように進めて島ている感じ。一応、あたし視点でもルート確定、と思っていいかしら。
これで本当にあたしはデッドエンドを回避できるのかどうか──。
答えは十一月十一日にわかる。
それまでの時間はきっともどかしいんだろうな……。
とりあえず、心を乱さずに泰然としていようと自分に言い聞かせた。
あたしができることはもうほとんどないしね。
◇ ◇ ◇
翌日。
ジェイルにバートから計画が送られてきたら確認をして欲しいこと、ユキヤとも連絡を取り合って欲しいことを伝えた。計画の内容はみんなで確認しながら相談しようということになっている。
「お嬢~、飲み物持ってきたっスよ」
「……メロ」
「っあー! ごめんなさい、ノックっスよね?!」
物思いに耽っているところでメロがまたもノックもせずに入ってきた。こいつ、また?
思いっきり睨みつけるとメロは慌てて執務室の外に出て、入るところからやり直していた。やり直しても「ノックをせずに入ってきた」という事実は変わらないし、これで二回目。誰が教育係になるかわからないけど、そのへんもしっかり躾けてもらおう。
これまでのことを思い返すように開いていたノートを閉じて執務机に近付いてくるメロをじーっと見つめた。
「あんまり見つめられると照れちゃうっスよ」
「は? 何言ってんの、あんた。正式に九龍会に入るんだったらそのへんもしっかり躾けてもらわなきゃいけないと思ってただけなんだけど?」
ふざけるメロに対して、やや強い口調で言う。メロは気まずそうに笑った。
今日は少し気温が高いからということでアイスティー。これならメロが零す必要もないから安心。メロがグラスを机に置きながら、やけにあたしを気にした視線を向けてくるから怪訝に思う。
何なのかしら。
「何よ」
グラスに手を伸ばしながら聞くと、メロがヘラッと笑う。
「これからはもうお嬢に邪険にされないかと思うと嬉しくて」
「……別に邪険にしてたわけじゃないわよ」
「そーなんスか? まぁどっちでもいいや。──ところで、会長にはおれらのこと、もう連絡したんスか?」
どこか期待したようなメロの表情。グラスに口をつけてアイスティーを一口飲んだ。
伯父様の了解を得ないと本当の意味で正式には九龍会には入れないから、メロが本気で九龍会への所属を考えているなら気になるのはある意味当然だった。ジェイルからも「ガロ様への連絡はしておいた方がいいと思います」って念押しされてるしね。
「まだよ」
「えっ!?」
「連絡入れたけど繋がらなかったの。折り返し待ちよ」
「……そっスか」
メロはやけに残念そうだった。それがちょっと不思議。
とは言え、連絡したのは昨日だし……昨日ジェイルに言われて、伯父様への報告を思い出したのよね。まぁ今日中には連絡があると思うし、本人たちが希望している以上は伯父様が却下するとは思えない。それにメロたちにはあたしの傍にいて欲しいようなことを言ってたからね、伯父様の了解を得ることはあまり重く捉えてない。だからこそ、あたしの一存で決まるのが嫌だったわけで……。
……けど、よくよく考えてみると変な話だわ。
どうして伯父様はメロ、ユウリ、キキを連れてきた時にそのまま九龍会に所属させなかったのかしら。
あたしの友人候補というか傍にいさせるために連れてきたのは確かなのに。なんかあたしの知らない事情でもあったのかな。折り返し連絡があったら聞いてみよう、折角だし。
「まぁ、断られることはないと思うわよ。あんたたちがそう希望してるんだしね」
「そっスか、安心したっス」
ホッとした表情を見せるメロ。
本人たちの意志はわかったし、了解はしたものの──やっぱり不思議。どうしてわざわざあたしの傍にいる選択をしたんだろう。どう考えても過去にあたしがメロやユウリにしでかした所業って許せるものでもないし、たった数ヶ月でなかったことにはならないと思うのに……。
そうしたい、と本人たちが言ったとしても、どこかそれを信じきれない自分がいた。
飲み物を持ってきてそれで終了かと思いきや、メロはずっと傍にいて、立ち去る気配がない。
「……どうかした?」
「もういっこ、聞いてみたいことがあって」
「何? 答えられることなら答えるわよ」
聞いてみたいこと? なんだろう? 全く想像がつかない。
グラスを一度置いてメロを見つめる。メロは目を細めて口を開いた。
「前、ユウリのことペット扱いしてたじゃないっスか。もう本当にペットはいらないのかなって」
「ぶっ!!」
思いっきり吹き出してしまった。アイスティーを飲んでなくて正解だった。飲んでたら絶対吹き出してた。
っていうか何よその話題。結構前に「もうそういうのはやめる」って言わなかった!? こいつ、何を聞いてたの!?
思わずメロをきつく睨んでしまったけど、メロは気にした様子を見せない。まるであたしの反応を予想してたみたいだった。軽く咳き込んでいると、メロが更に続けた。
「昨日もさ、ノアのことを見てたじゃないっスか。好きなものを我慢するの、辛くないかなって思ったんスよ」
「……ノアのことは確かに可愛いと思ってるけど、そういうつもりじゃないわよ」
「ふーん? ユウリやノアはお嬢のペット扱いは嫌だろうけど……おれ、別に嫌じゃないんで。おれのことは飼ってくれていーっスよ、って伝えておきたくて」
……。……は?
宇宙人でも見るような目でメロを見ていたと思う。メロはへらへら笑ってて、何を思っているのかわからない。
いや本当にこいつ何言ってんの!?
しかし、ここでメロと不毛な言い合いをする気はない。ゆっくりと深呼吸をして自分自身を落ち着けた。
「いらないわよ、そんなの」
「そうなんスか? ……残念」
「それ、あんたが楽に生きたいだけじゃないの?」
「んー? 完全に否定はしないっスけど、それだけじゃないんで……」
「じゃあ他に何があるって言うのよ」
自らペットになりたいとかなってもいいとか、頭おかしいとしか思えない。
若干ゾッとしながら他の理由を聞いてみるけど──メロは少し考えてから、何故か照れくさそうにはにかんだ。……照れる要素ある!? あ、ヒモ宣言なら照れてもおかしくは、ない……? いやいや、ヒモとか絶対にごめんだけど!
「今のお嬢に言っても信じてくれないと思うんで秘密っス。──そのうち、チャンスがあると思ったら言うっスよ」
「チャンス? あんたをペットにしたいなんて思う日は来ないわよ、一生」
呆れながら言うけど、メロには響いてなさそう。
何だかメロはスッキリした顔で執務机から距離を取るように一歩下がった。
「お嬢。おれみたいに百八十度考えが変わった人間、けっこーいると思うんで……気をつけて」
「気をつけて、ってどういう意味よ」
「や。今は何も気付いてくれない方がいいっス。──んじゃ、失礼しまっス」
言いたいことだけを言い、メロは逃げるように執務室を出ていってしまった。
な、何だったの?




