230.食事会③
思い思いにピザに手を伸ばしてワイワイと食べ始める。
あたしはどれから食べようかな。ディアボラは多分初めて出てくるからディアボラから食べて見ようかしら。朝食にピザトーストが出てくることはあったけど、以前のあたしは「手が汚れるから」という理由でピザはあんまり食べて来なかったのよね。ピザ自体が嫌いなんじゃなくて、とにかく手が汚れたり食べにくかったり、大口開けないと食べられないようなものが嫌だった。ちなみに今はそんなことはなくて、何でも美味しく食べている。
ディアボラに手を伸ばしたところで、ノアがあたしの手元をじーっと見ているのに気付いた。自分の皿にディアボラを移動させてから、軽く首を揺らす。
「ノア? どうかした?」
「ぁっ、いいえ、その……ロゼリア様がピザを食べるのがちょっと意外だったので……!」
ノアがあたふたしながら弁明し、横でユキヤが「こら」と窘めていた。
けど、まぁ「でしょうね」という気持ちもある。以前のあたしの悪評はかなり広がっていて「男と同じように食べ物も選り好みが激しい」みたいな噂は多分あった。嫌だと思ったものはテコでも食べなかったし、ああしろこうしろという要求は激しかったからそう思う人間がいてもしょうがない。庶民的な食べ物は一切口にしないという噂もあったはず。
「ピザは好きよ。前は手が汚れるから嫌だったけど、最近はそういうの気にならなくなったの」
「へぇ、それは初耳だなぁ。何で気にならなくなったの?」
ハルヒトが不思議そうに聞いてくる。ノアもユキヤも気になるらしくあたしを見つめていた。ついでにジェイルたちも。
っていうか、こんな風に視線を集めるような話でもないでしょうに……。
ああ、でもそう言えば……前に水田に食べたいものをリクエストした時、水田とキキしかいなかったわね。
なんて説明しようかと考えながら、ピザを口に運んだ。ぱくりと口に運んで、ピザを口から離そうとしたらトッピングのチーズが伸びた。チーズが垂れないようにしながら、それでいて行儀が悪くならないようにしながら一口だけ食べてピザを口から離した。
うわ、確かに辛い。でも美味しい辛さだわ。……ビール欲しい。
咀嚼して飲み込んだところでハルヒト、それからユキヤとノアへと視線を向けた。
「なんていうのかしら……美味しい食べ方ってあるじゃない? ピザだってこうやって口に運んだ方が美味しく感じるし、うどんやラーメンだって啜って食べた方が美味しいし……そういうのに気付いただけで、特に意味があるわけじゃないのよ」
限度があるけどね! 骨付きチキンとかに大口開けてかぶりつくのは無理だから!
確かに、という空気が流れた。
「以前のお嬢は一口サイズに拘ってたのに……なんかすっげー意外っス」
「そういう時期もあったってだけよ」
本当にメロは余計な一言が多い。そんなこといちいち言わなくてもいいのに。
サラッと流しておくけど隣にいるユキヤが「そうだったのか」と言いたげな表情でこちらを見ている。食事中に見られるというのも落ち着かない。
「ユキヤ、ディアボラ美味しいわよ。あんたには辛さが足りないかもしれないけど」
「ああ、はい。いただきます」
「……なんならタバスコよりも辛いソース……デスソースとかあると思うから持ってこさせましょうか?」
タバスコはテーブルに置いてあるけど、さっきの話だとユキヤには辛さが足りなさそう。気を遣ったつもりだったんだけど、ピザに手を伸ばしたユキヤが慌てた様子で首を振った。
何だか慌ててるっぽくて変な感じ。普段そんな様子は見せないからね、ユキヤって。
「いえ、大丈夫です。本当に。──なんでもかんでも辛くしたり、辛さが足りないからとわざわざ辛さを足すことはしませんので……」
「そうなの?」
メロは辛さが足りないとか言って自分で辛味を足してることがあるから辛いもの好きってそういうものだと思ってた……。
ユキヤがデスソースをドバドバかけてるシーンなんて想像もできないし、そういうことをするタイプでもないか。メロのイメージに勝手に引っ張られちゃって変なことを言っちゃったわ。
ディアボラを一切れ手にした状態でユキヤが困ったように笑う。
「さっきロゼリア様が仰ったように……作った方の思う『美味しい辛さ』みたいなものがあると思うんです。ですので、基本的に出された辛さのままでいただきますよ」
「なるほど」
そう言ってディアボラを一口頬張っていた。
ハルヒトもだけどユキヤも美味しそうに食べる……。あと、食べ方がいちいち上品なのよね。落とさない零さない汚さないって感じ。当たり前と言えば当たり前のことだけど、それでも上品な食べ方というのがしっくりくる。
ちらりとジェイルに視線を向けると黙々と食べていた。しかし、口のものがなくなり、一息ついたタイミングでユキヤを見た。
「──辛さの調節ができるものは全部最大の辛さにするだろう」
その言葉にユキヤが軽く咽る。とは言え、流石に吹き出したりはせず、口元に手をやって軽く喉を鳴らしていた。
ふーと息を吐き出して、ピザを皿に置き……ジェイルを見つめる。
「決められた辛さを超えてお願いすることはありません。あくまでもお店が決めた辛さに従っています」
「だが、たまにお前が本当に美味しいと感じているのかわからない」
「ちゃんと美味しく頂いていますよ。君とは味覚が違うので感じ方が違うのはしょうがないでしょう」
「……あんなに赤いのにか」
「俺にとっては美味しいので問題ありません」
何やらジェイルはユキヤに思うところがあるらしい。目の前で辛いものを食べられて目が開けられなくなったとか、あったのかしら? あんなに赤い、ってことは本当に相当な辛さだったんでしょうし……。
あたし、ハルヒト、ノアの三人は二人の会話を聞いて「どうしよう」という雰囲気に陥っていた。止めるほどでもないけど、このまま喧嘩に発展しないかというハラハラ感。友達同士の言い合いなのか、割と本気になっているのかが判断しづらい。
とは言え、ジェイルもユキヤもあたしの前ではきちんとしているから、こんな会話を目の前で繰り広げるのが意外で、ちょっと面白かった。
何も言わずにただ見守ってようと思った矢先。
「──ぷっ……!」
ジェイルの隣に座っていたユウリが吹き出した。
どうやらあたしと同じく面白く感じていたらしい。ジェイルの横に入ればユキヤのちょっと何か言いたげな表情もほぼ真正面から見れて余計におかしかっただろうな……。
ユウリは俯き、口元を押さえて肩を震わせている。
声を出さないようにしているのが丸わかりだわ……。
しかし、笑いというものは伝染してしまうもので──。
釣られてメロが笑いだし、ハルヒトもノアも笑いだし、ついでにあたしも笑ってしまった。当事者のジェイルとユキヤはお互いに顔を見合わせてから、ほぼ同時に笑いだしていた。
ああ本当に。
こうやって大人数で食事をするのって楽しい。
前世でゆっぴーたちとファミレスで食べながらずーっと笑っていたのを思い出す。
今のあたしには前世のような時間を過ごすなんて無理だと思っていたから、やけに嬉しかった。
その後も他愛ない話題で盛り上がり、水田の作ってくれたデザートピザを食べ終えたところで食事会は終了した。




