229.食事会②
横目でノアをじーっと見ていたせいで、正面にいるハルヒトとジェイルから不審そうな視線を向けられてしまった。可愛いんだから仕方ないでしょ、と心の中で言い訳をしながらメロが嫌がっていたセロリを口に運んだ。
別にそこまで苦みは感じないから美味しく食べれると思うのに。まぁ、人の味覚はしょうがないか。
「……そう言えば、ユキヤって辛いものが得意って本当?」
ジェイルがそんなことを言っていたのを思い出し、ふと話題に出してみた。
ユキヤは一瞬ビックリしたように目を見開いて食事の手を止め、何か言いたげにジェイルを見る。視線を向けられたジェイルは我関せずと言わんばかりに食事の手を進め、キャロットラペを食べていた。ユキヤが困ったように笑ってこちらを見る。
「得意と言えば、はい、得意です」
「? なんか言いづらい感じなの?」
触れられたくない──とまではいかないけど、ちょっと話したくなさそうなのが気になった。出しちゃいけない話題だったのかしら……。ジェイルは結構気軽に話題に出してたからとっつきやすい話かと思ってたのに……。
とは言えあんまり深刻になるような話題でもないからか、ユキヤは困ったように笑ったまま続けた。
「……。例えばカレーの辛口が物足りないと言うと、少し変な目で見られることが多くて……」
「わかるー! 辛口って全然辛口じゃないよなー!」
「おや、花嵜さんもですか? 仲間がいてホッとしました」
突如口を挟んできたメロの言葉に、ユキヤが意外にも安堵を見せていた。
ジェイルとノアは鬱陶しそうな顔をしてたし、ユウリは「ああもうまた」と言いたげにメロを睨んでいる。ハルヒトは楽しそうだった。
「メロと一緒って……目にくる辛さってこと……?」
「ええ、そうなんです。だから、あまり人と一緒には食べられなくて……好きなんですけどね」
「お前が求める辛さは限度を超えている」
「そこまで言わなくても」
苦笑するユキヤに向かってジェイルがツッコミを入れて、ユキヤが言い過ぎだと言わんばかりに返していた。
なかなかのツッコミだし、しかもノアが訂正したりしないってことは、メロと同等かそれ以上の辛さが得意ということになる。メロは仲間を見つけたと言わんばかりに目をキラキラさせているけど、ユウリとハルヒトは「えぇ……」とちょっと引いていた。
穏やかで優しいユキヤの意外な一面を知ってしまった気分。
ゲームでは好きな食べ物って『オレンジ、さっぱりしたもの』ってデータがあって辛いものは好きな食べ物には入ってなかった。
こういう風にゲームでは知り得なかった情報を得る度に思う。
ゲームがあったからこの世界があるのか。
この世界があるからゲームができたのか。
攻略キャラクターというのは、『前世の私』にとっては本当にただのキャラクターで、言ってしまえば二次元のデータ上の存在だった。もちろん恋にも似た感情を抱いていたわけだし、恋愛シーンにときめいていたのも事実。
ゲームでは明確なエンディングがあって、そこで物語は終わっていた。一応「その後も二人で幸せに暮らしました」みたいな未来を想定させる一文はあったけど、ゲームとしての話は終わっている。
一歩引いてこの光景を見て考えてみると、やっぱり不思議。
彼らは間違いなく生きていて、決められたセリフや反応をするわけではなく、それぞれがきちんと思考を持って動いて喋っている。
その結果、彼らの未来は決まっていくし、世界だって未来へと続いていく。
だから──ゲームがあったからこの世界がある、とは思えないし、思いたくない。
ゲームの制作者がこの世界のことを夢に見て設定とストーリーを書き起こした──という感じの方が、なんか夢がある。そうじゃなかったらゲームのストーリー前後の世界ってどうなってるのか、どうなっちゃうのか心配で不安。
なんだっけ……世界がちょっと前に始まったって仮説……そうだ、『世界五分前説』。五分前説みたいな感じで、どっちにしても否定できない。
けど、あたしにできることは未来があると信じてデッドエンドを回避して、のんびりしてから買い物とか好きなことをするのよ。
カレーの辛さの話題だったり、それぞれの好きな食べ物の話だったり、そんな話題が飛び交う食事。
平和でいいなぁと目を細めて、水を飲んでいると一番離れているユウリが何やら心配そうな視線を向けてきた。
どうやらあたしがぼんやりしているように見えたらしい。なんでもないのよ、と伝えるために軽く指先を揺らした。
が、それがジェイルの目に不審に映ったらしい。
「お嬢様? どうかされましたか?」
「別に何でもないわよ。ちょっと考え事」
「考え事……?」
不思議そうな顔をするジェイルを見て笑う。別に言う必要性も感じなかったし、バートとの話のことだとでも考えてくれればよかったから何も言わなかった。こんなところで「世界五分前説について考えてた」なんて言ったら変な目で見られるしね。
しかし、ジェイルはあたしの考え事が気になるらしい。ついでにそれはハルヒトにも伝染していた。
「何を考えてたの?」
「大したことじゃないわよ。……大人数で食事するのっていいなって思っただけ」
「ああ、そうだね。またこういう場が設けられたら嬉しいな」
「そうね」
嘘ではない。本当でもないけど。
何となくの誤魔化しではあったものの、その言葉は周囲の人間に響いたらしい。
あんまり期待されても困るけど! あたしはこの件が終わったらのんびりしたいし、買い物に行きたいし、ここにいる人間とはちょっと距離を置きたいから……あんまり変なことは言わないでおこう。ユウリにまた問い詰められても困るわ。
そう考えていると水田が厨房からお皿を持って出てきた。うわ、水田自らピザを運んでくるんだ……。
皿の上にはカットされたピザがお行儀よく並んでいる。それをテーブルの上に置いていった。流石に全部を運んでくるわけじゃなくて、残りはメイドが運んできていた。
ピザの乗った皿が並び終わると、水田はあたしとハルヒトの間に立つ。
「ピザが焼き上がりましたのでお持ちしました。
トマトソースの上にモッツァレラチーズとバジルを乗せたマルガリータ、生ハムとモッツァレラチーズのパルマ、四種のチーズを使ったクアトロ・フォルマッジ……そして、チキンとサラミの乗ったディアボラです。ディアボラは辛いのでお気をつけください」
皿に乗ったピザに手を向けながら説明する。
うわー、美味しそう。流石デリバリーピザとは全然違うっていうか、ユキヤという客がいるからか気合が見られる。
「辛い」と聞いたハルヒトが軽く首を傾げる。
「水田さん、辛いってどのくらい?」
「お嬢様が美味しく食べられて、ハルヒトさんは辛いと感じる程度でしょうか。……あ、ユウリは多分無理だから食べないで」
「カレーで言うと辛口ってところだね」
説明されて納得した。あたしが普通に食べられるなら問題ない。
ユウリは既にピザを見て「うっ」となっていた。ユウリの味覚に合わせていたら全部薄口になってしまうからしょうがない。
ひょっとしたらジェイルにユキヤの好きなもの聞いて、ユキヤに寄せたメニューにしているのかも。前菜もさっぱりしたものばかりだったし……。
刺激物レベルの辛いものは出せないだろうし、ジェイルからはそこまでとは聞いてなかっただろうけど!
「この後、デザートピザも用意してますので楽しみにしていてください」
そう言って水田はあたしにちらりと視線を向けてから頭を下げる。そして静かに厨房に戻っていった。
……なんか、今の視線って「デリバリーピザよりもいいでしょう?」って言いたげな視線だったわ。完全に根に持たれた気がする……。




