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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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23.イライラ解消法②

 その後、あたしはノアにお菓子を食べさせていた時に感じていた感覚の検証を試みた。

 とは言っても、「食べたら殺す」と言い聞かせてあたし以外の口に入らないようにしていたお気に入りのチョコレートをユウリに食べさせてみようってだけなんだけど……。

 あたしはチョコが入った箱をユウリに自室に持ってこさせた。


「ロゼリア様、チョコレートをお持ちしました」

「ええ、ありがと。……ユウリ、ちょっと近くまで来て」

「? は、はい」


 テーブルに置かれたチョコの箱を手にしつつ、ユウリを手招きする。ユウリはちょっと緊張しながらも、ソファに座っているあたしの傍におずおずと近づいてきた。

 そして、あたしは手をちょいちょいと揺らして目線を下げるように指示する。

 ユウリは相変わらず緊張した面持ちのまま、その場に腰を落としてあたしを見上げた。

 うーん、可愛い。虐めたくなる可愛さ。

 でも、今はそうじゃなくて……っていうか、この「虐めたい」って気持ちをどうにかしたいわけで……。


「ユウリ、口を開けて」

「……は、はい」


 こわごわと口を開けるユウリ。その口の中にチョコを一粒放り込んだ。

 これまでなかったことにユウリは目を白黒させて、あたしを凝視していた。

 その様子がおかしくてくすりと笑う。


「食べていいわよ」

「ふぁ、い……」


 もご、とユウリが口を動かす。ころころとチョコを転がして──……

 その直後に、ぱああああっとユウリの表情が明るくなった。

 目がキラキラしている。美味しい、って感じてるのが面白いくらいに伝わってくる視線と表情。

 それを見たあたしは、ノアの時と同じく不思議な満足感を感じていた。


「美味しい?」


 ユウリは少し顔を赤くして、こくこくと頷いていた。口元を押さえてチョコがうっかり出てしまわないようにしている。


 あぁ、可愛い。

 あたしが食べてるわけじゃないのに、なんだか幸せだわ。

 本当に何なのかしら、この感覚。


 ──ああ、そうだ。

 前世、他の誰かと、主に友達や家族と、美味しいものを分け合っていた感覚に似ている。

 自分が美味しいと思うものを、誰かが美味しいと言ってくれると嬉しかった。

 美味しいものを誰かと分け合うのが嬉しくて楽しくて、それでいて幸せだった。満足だった。

 これまでのあたし、要はロゼリアという女はそういう幸せに興味がなくて、分け合うとしても自分の家族や伯父様とだけだった。それ以外の相手と何かを分かち合うなんて発想もなかった。

 けど、今のあたしはそうじゃない。『前世の私』の記憶が蘇ったことで誰かと何かを分かち合う幸せや楽しさ、美味しいものを誰かに食べてもらいたい気持ちなんかは普通に存在している。

 この感覚は誰かを虐めて殴ってイライラを発散するよりもずっと健全。


 どうやらチョコを食べきってしまったらしいユウリが小さくため息をつく。ああ食べきってしまったって顔に書いてあって、しゅんとしている様子が本当に子犬みたいだわ。チワワ的な……。

 あたしはチョコの箱を元通りに閉じてユウリに差し出す。

 ユウリは目を丸くしてあたしとチョコの箱を見比べていた。


「あげる」

「ぅえ、ええっっ!? だ、だってこれは、ロゼリア様のお気に入りのチョコで……」


 ユウリが動揺しまくっている。

 これまでのあたしは全てを独り占めしたい女だった。けど、今はそういうことに興味がない。

 箱を差し出したまま、あたしは笑った。


「そうね。あたしのお気に入りなだけあって美味しかったでしょ?」

「そ、それは、もちろん……流石ロゼリア様のお気に入りだと、思い、ました」

「だから、あげるわ。この美味しさ、誰かに知って欲しくなったの。何なら他の使用人にも分けてあげて」


 そう言ってずいっと箱をユウリに押し付けると、ユウリはおずおずと箱を受け取った。

 あたしを見上げて、箱に視線を落とし、もう一度あたしを見上げて……。

 それから、意を決したように口を開いた。


「……ロゼリア様。あの、本当に、どうなさったんですか……?」


 以前も聞かれた質問ね。

 あたしは軽く首を振った。本当のことなんて言えるわけがないから。


「何もないのよ。ただ、生き方を改めようと思っているだけ」

「……そう、ですか。チョコ、ありがとうございます……大切に、みんなと食べます」


 まだ結構残ってるし、ユウリはあたしみたいに独り占めする子じゃないのよね。他の使用人に分けてあげるに違いないわ。本当にいい子なのよねぇ、そんないい子にこれまでのあたしはなんてことをしてきたのかしら……。

 頭を下げるユウリを見て、あることを思い出す。


「あ! ……ちょっと待って」


 ユウリが去ろうとしたところを引き止めて、あたしは財布を探した。財布を持ってユウリのところに戻り、中にぎっしり入っている札を何枚か取り出して、ユウリに押し付けた。

 ユウリはぎょっとしている。


「忘れてたわ。これ、勉強に使って。参考書とかノートとか……他にもなにか必要なものがあればここから出して。足りなかったら言って」

「こ、これは、流石に多すぎます……!」

「大は小を兼ねるって言うでしょ。余った分は好きに使っていいわよ」


 あたしは今欲しいものはない。

 いや、あるけど。デッドエンドを回避する必勝法があれば誰か教えてほしいけど、これは自分自身でどうにかしなきゃいけないからね。

 あたしは財布をしまいつつ、小さく息をついた。

 ユウリはチョコの箱と押し付けられた数枚のお札を見て、困惑した様子を見せてる。

 けど、物分りの良いユウリはそれらに対してこれ以上何か言う様子は見せず、代わりにあたしを見つめてそっとはにかんだ。


「ロゼリア様、ありがとうございます」


 ああああああ可愛い。

 ユウリの顔は! 本当に! あたしのっていうかロゼリアの好みで! キュンと来る!

 本当になんでこういうときめきと言うか幸福感というか満足感に気付けなかったんだろう……!

 絶対人生損してた。

 余裕ぶって「気にしないで」と言うあたしの心には花が咲き乱れている。


 ユウリが部屋を出ていくのを見送り、あたしは大きくため息をついた。

 入れ替わりにジェイルが入ってきたのを見て、思わず浮かれた気持ちのままで近付いてしまう。


「ジェイル! これよ、これだわ!!」


 ばしん! と、あたしはジェイルの背中を思いっきり叩いてしまった。

 ジェイルは突然の衝撃に耐えられずにつんのめって転びそうになり、あたしを見て恨みがましそうな視線を向けてくる。

 やば。と、焦るけど、あたしは知らんぷりをした。

 この感動? 嬉しさ? みたいなものを発散できないのも誰かに大っぴらに言えないのは辛すぎる。ちょっとくらい付き合って欲しい。

 ジェイルは不審そうな顔であたしをじっと見つめてきた。


「……お嬢様、『これ』とは何のお話ですか?」

「こっちの話よ。忘れて頂戴」

「はぁ……。……ところで、灰田が持ってきた書類の確認をしたいのですが」


 現実に引き戻された。

 今とても浮かれてて気分が良いから、自分が関わった危険な計画書類なんて見返したくない。絶対気持ちが萎んじゃう。


「……明日じゃダメ?」


 ダメもとで聞いてみる。

 顔の横で両手を合わせて、ちょっと首を傾げて、ジェイルを上目遣いに見つめてみた。

 ジェイルが怯んで言葉に詰まり、ふっとあたしから目をそらす。


「……ま、まぁいいでしょう。お、いや、自分もまだユキヤと連絡が取れてませんし……」


 ……可愛い系のぶりっこポーズは、あたしの見た目だと不気味だったかもしれない。

 でも、結果オーライだわ。不気味がられようとも効果があるなら使っていこう。

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