225.ルート確定②
バートの前にはお茶の入ったカップが一つ。
今回、バートにお茶を出したタイミングで、あたしたちの分のお茶も出しておいて欲しいと言ってある。というのも、全員が揃ったタイミングでお茶を持って来られると話がしづらいというのが理由。ジェイルたちの分が用意されてないのはしょうがない。そういうものだから。
昨日から実はどうやって話を進めようか悩んでいた。
というのも、最初のバートの印象があんまりよくなかったせいで、快諾したって言う印象は持たせたくない。けど、話自体は円滑に進めたいし、ユキヤの要望通りにノアや側近を計画に参加させるという話も通したい。とにかく、あたしたちにとって有利に進めたいという思惑があった。
しかし、あたしにこういう交渉の経験はないから、変に上手くやろうとすると逆に失敗しそうなのよね……。経験のなさを恨むしかないわ。
「バート。答える前にあんたに色々と確認したいことがあるんだけどいいかしら?」
「ええ、もちろん。ロゼリアお嬢様がご不安に思う点は解消したいと思っておりますので、なんなりと……」
バートはこないだと同じようににこにこと笑って頷いた。糸目の笑顔なんて胡散臭さしかなくて、バート個人だけを見ると本当に怪しい。アリスの『先生』だとわからなかったり、『陰陽』の構成員だって明かされなかったら絶対に信用してないわ。
信用せざるを得ない状況だから、彼を信じるしかない。
「実行日は十一月十一日、まぁほぼ一ヶ月後ね。これに変更はない?」
「はい、今のところ変更はございません。ここ数日でアキヲ様もミリヤ様もスケジュールを固めたという情報がありましたので、実行日である十一月十一日は確定と見て間違いございません」
「で、あんたの方の計画の進捗は?」
「人員の確保は元より、配置計画も滞りなく進んでおります」
「……ふぅん」
目を細めて相槌を打つ。
思いの外、バートは言い淀むことなく答えていた。正式な返事をしてない状況だから、答えを聞くまでは教えられないと突っぱねられるかと思っていたけど、案外そうでもないみたい。元々教えてくれてたとは言え、実行日くらいは聞かれても問題ないと思っているのかしら。
「ご不安は全て解消したいところですが、計画の詳細については何卒ご勘弁を……」
「わかってるわよ」
そこで初めてバートが申し訳無さそうに頭を下げた。もちろん計画の詳細なんて今の段階で聞くつもりはない。聞いたらそれこそ了承したと見做されかねない。
あたしは腕組みをしてソファに凭れ掛かる。偉そうに見えてればいいんだけど……。
対して、バートはずっと背筋を伸ばして姿勢良く座っていた。あたしとは正反対だわ。
ゆっくりと息を吐きだして、次の言葉を勿体つける。バートの表情には緊張が滲み出ていた。
「──あんたの、っていうか、あんたたちの計画に協力してもいい。けど、条件があるわ」
してもいい、と言ったところでバートが笑みが深まったような気がする。けど、条件があると告げた途端に表情がほんの少しだけ強張ってしまった。ニコニコしているせいで表情が読みづらい気がしていたものの、こっちがコントロールするつもりで接すると案外変化が見えた。流石アリスの先生、と言ったところかしら。褒めてるわけじゃないけどね。
バートは膝の上に手を置いて少し前屈みになる。
歓迎する雰囲気ではないものの、少なくともこちらの提示する「条件」を聞くつもりはあるようだった。
「ありがとうございます。ロゼリアお嬢様の条件、とは……一体どのようなものでしょうか?」
流石に何でも飲みますという態度ではなかった。そりゃそうよね、計画を練り直さなきゃいけない可能性だってあるんだから。
話し合いの場にはバートとアリスだけがいる。けど、計画には別の人間が関わっているに違いない。下手をするとバートはただの伝言係だったり計画の責任者は全く別の人間って可能性もあるから、そのあたりも見極められるといいわね。
「さっき人員確保や配置の件を聞いたじゃない?」
「ええ、そうですね」
「悪いんだけど、あたしはあんたたちを完全には信用しきれない」
はっきり言うとバートの表情が僅かに歪んだ。
「悪いんだけど」なんて枕詞をつけてみたものの、別に悪いとは思ってない。だって怪しいし、自分たちのどこにまるっと信用できる要素があるのか説明して欲しいくらいだわ。伯父様とミチハルさんの一筆を取ってきたことはすごいと思うし、その点は信用できると言うか信用せざるを得ない点ではあるんだけど……!
「危険があるかも知れない場所に、信頼できる護衛もつけずに乗り込めないわ。だから、こちらが指定する人間を何人か連れていきたいの」
そう言うとバートは若干渋い顔をした。予想はしてたけど、って感じの反応。
アリスの様子を伺ってみると、アリスはあんまり興味なさそうな顔をしている。なんか読み取れないかと思ったけど、ただ話を聞いているだけっぽい。アリスは責任のある立場じゃないし、ただの下っ端だし……決まったことに従いますって感じかしら。
バートは前屈みになったまま、あたしのことをじっと見つめている。
糸目の隙間から見える眼光は鋭いものがあって少しだけドキッとした。
「連れていきたい人間はお決まりでしょうか?」
「そうね。とりあえず──」
話を振るつもりで隣りに座っているユキヤを見た。ユキヤも多少緊張しているようだけど、前回のような様子ではない。話すことは決まってるし、あたしがメインで話すってことになっているから案外気楽なのかも。
ユキヤは小さく頷いてから、バートを見た。
「今日一緒に来ている灰田ノアと、私の側近二名です」
「……ユキヤ様の側近──と言うと、内海様と鶴田様でしょうか?」
「……よくお調べになっているようですね。そうです、内海さんと鶴田さんです」
「なるほど……」
納得したようにバートは頷いた。
ユキヤの言葉通り、バートは事前に色々と調べているらしい。ユキヤの側近二名という言葉から見事に個人まで特定してしまった。
あたしは会ったことがないけどすぐに思い当たるような人間なのかしら。『陰陽』の諜報力や情報網は侮れないってことね……。逆にそういう情報がぱっと出てくるのはちょっと信用できる、のかも。
そして、あたしはジェイルを振り返る。昨日、ジェイルにも自分の部下を数名連れて行くようにって伝えているのよね。ジェイルはあたしの視線を受けて頷く。
「ここにいる花嵜と真瀬、あとは自分の部下だ」
「ふむ。ジェイルさんの部下は何名を想定されているのでしょうか?」
「計画の規模次第だ」
ここ、実はジェイルと打ち合わせをしていた。ちょっとぼかしておいてバーとの反応を見てみよう、って。
案の定、バートは何とも言えない顔をしている。
バートというか『陰陽』には『陰陽』の計画があるだろうから、無闇に部外者を入れたくないに違いない。けど、こっちだって見知らぬ人間に囲まれて命を預けるような真似もできないのよ。まぁ、これくらいはバートも理解を示してくれるだろうとは、思ってる。
「仮にジェイルさんの部下が二名だとして……合計で七名ですか……いえ、ジェイルさんも入れると八名ですね。
私どもとしてはその場にいていただく必要があるのはロゼリアお嬢様とハルヒト様、そしてユキヤ様です。……しかし、ロゼリアお嬢様が仰るように、見知らぬ人間から護衛をすると言われても信用ができないというお言葉も理解できます」
そりゃ理解してくれなきゃ困るわよ。
バートが悩んでいる。悩む理由が自分だけで決定ができないことなのか、人数的な理由で難しいのか、はたまた別の理由からか判断がつかなかった。




