224.ルート確定①
そして翌日。
アリス経由でバートには「午前十時」と伝えておいたので少し前には来る、はず。ユキヤは九時過ぎにはジェイル、ノアと共にきていて、ジェイルと一緒に執務室に入ってもらった。メロとユウリにもそれなりの準備をさせて待機させている。
ハルヒトは朝食の片付けを手伝ってから来るらしい。……呑気よね。既に自分の仕事は終わったと思ってそう。
「ユキヤ」
「はい、何でしょうか? ロゼリア様」
「ノア、入らせる? メロとユウリが同席オッケーって言われたんだし、ノアなら大丈夫でしょ」
そう聞いてみるとユキヤもノアも驚いた顔をして、お互いに顔を見合わせていた。多分だけどノアはただユキヤに付き添っているだけで話の内容は一切聞いてないはず。今日の話をしようとしたらユキヤとジェイルがそれとなく話題を逸らしてたから、聞かせたくない、というのが理由かしらね。
あたしの提案にメロとユウリは変な顔をしていた。ノアを優遇してるっぽく見えてるのかもしれない。
「……おれとユウリがオッケーだったからって……なにそれ?」
「少なくともあんたよりノアの方がしっかりしてると思うのよね」
呆れながら言えば、メロはそれっきり黙ってしまった。
意見を求めるためにユキヤを見ると、ユキヤはちょっと困ったように笑って首を振る。
「ロゼリア様、お気持ちは嬉しいのですが……ノアにも今日の話次第、と伝えていますので大丈夫です」
「はい。そのように聞いていますし、ぼくもそれで納得しているので……大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ノアはほんのちょっとだけ残念そうな顔をしたけれど、ユキヤの言葉に頷いていた。
一番最初にユキヤがあたしの協力を仰ぐために屋敷を訪れた時からずっとユキヤについているし、当初はユキヤのために自分自身を差し出そうとしていたくらいだし、きちんと話の中に入れないのは残念なのは間違いない。それでもユキヤの言うことをきちんと聞いて不満らしい不満を見せないのは、ユキヤ自身がノアとちゃんとコミュニケーションを取っているからだろうな……。あたしみたいに尊重はしたいと思っても、色んな事情があってどっちかって言うと遠ざけたいなんて考えてないだろうし……。
ぼんやり(ノア可愛いなぁ)と思って見つめると、ノアが恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
ノアは眺めてるだけで癒やされるからこれ以上近づきたいなんてあんまり思わない。けど、たまにはおやつと一緒に取るくらいの時間は欲しい、かも。まぁ、ノアと付き合いがあるのは今だけだろうけどね! そう思うとちょっと惜しい。
などと考えていると、ハルヒトが厨房から戻ってきた。片付けが楽しかったのか、スッキリした顔をしている。多分ハルヒトの感性に共感できる日は来ないと思う。
「バートさん、来た?」
「まだよ。でもそろそろじゃないかしら」
そう言って時計を見れば、約束の十時まであと十分となっていた。もう来てもおかしくないけど、五分前くらいかしらね。前回もそんなに早くは来なかったわ。早く来すぎるのも相手方に迷惑がかかる行為だし、ほんのちょっと前くらいがいいのよね。
当たり前のようにあたしの隣に座るハルヒトを見て、スッキリした顔を眺める。
「……片付けがそんなに楽しい?」
「え? 楽しいよ。これまでは余計なことするなって、制限ばっかりだったからね。ここでは興味があることに対して遠慮しなくていいから」
「ふうん……」
晴れやかなハルヒトの表情を見て、あたしは曖昧に相槌を打った。
興味があることにすぐ手が伸ばせるのは同感。けど、そこに厨房の片付けというものは組み込まれないから、やっぱりあたしにとっては未知の世界と言うか未知の感覚ね。本当に不思議。感覚は庶民派なのかしら? 正式に八千世家に入る前もそれなりに裕福な環境(ミチハルさんの援助ありきだけど)だった気がする。
──そして三分前。
キキが執務室までやってきて「羽鎌田さんがいらっしゃいました。応接室にお通ししています」と教えてくれる。
あたしはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。
「行くわよ」
全員が神妙な顔をして頷いた。
話す内容は決まっているし、どちらかと言えばあたしの方にイニシアティブがあるはずなのに、なんだかやけに緊張するわ。あたしの返答次第ではバートたち『陰陽』の計画が崩れるんだから、もっとこっちがどっしり構えててもいいのよね。
何なのかしら、この感覚。
不思議に思いながら執務室から応接室までの短い距離を歩く。
そう言えば、あたしの応接室だとあたしたち六人とバートとアリスの二人、合計で八人は窮屈だから別室にしようかとジェイルと相談したんだけど却下されたのよね。ジェイル、メロ、ユウリの三人はソファの後ろで立ってるから問題ないって。話し合いで一番重要なのはあたしで、次いでハルヒト、ユキヤの三人なんだから話し合いにいて意義のある人だけ座ってて欲しいとも言っていた。
それもそうね、と同意したのは昨日の話。
ジェイルが応接室の扉を開けたので、あたしが先頭で室内に入った。
バートがソファの横で立って待っていて、あたしを見るやいなや恭しく頭を下げる。すぐ後ろにはアリスもいて、同じように頭を下げていた。
「ロゼリア様、御機嫌よう。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「ええ、こちらこそ。──座って頂戴」
「はい、失礼します」
座るように促しながら、あたしもソファの真ん中に座る。バートはあたしの正面に座り、アリスはジェイルたちのようにソファの後ろに立っていた。
あたしの左右にはハルヒトとユキヤ。そして後ろにはジェイル、メロ、ユウリの三人がいる。
変な光景──と思ったところで、ふと気づく。
そっか、この攻略キャラクターたちに囲まれている真ん中のポジションって本来ならアリスの場所だわ。なのに、あれこれと事情が変わりストーリーも変わり、何故かアリスのいるべき場所にあたしがいる。
今、この場の状況だけを見るとまるで対立してるみたい……!
ただの話し合いで対立してるわけじゃないのに、それっぽく見える構造に心の底からげんなりしてしまった。
思わず額を押さえて俯く。
「ロ、ロゼリア様、どうかなさいましたか……!?」
隣にいるユキヤが慌てた様子で顔を覗き込んできた。やばい、うっかり萎えてしまった。
あたしは軽く息を吐いて顔を上げ、ユキヤに笑いかけてみせた。
「何でもないわ」
見れば、反対隣にいるハルヒトも、目の前にいるバートもアリスも心配そうな顔をしている。
こんな風に周りにいる人間全員から心配の視線を向けられるなんて、よほど具合悪そうに見えたのかしら。現状に萎えてがっくりしてしまっただけなのに。
気を取り直したところで、自分が感じていた変な感覚の正体に気付く。
不安と緊張、そして恐怖。
ここでの話し合いは明確な『分岐点』で、ゲームで言うならばルートが確定する選択肢を選ぶシーンに相当する。
バートの提示した計画に乗るのが最良という判断をしているけれど、本当にこの選択肢が正しいのかどうかなんてわからない。けれど、この話し合い次第で今後の流れが確定する。つまり、あたしがデッドエンドを回避できるかどうか決まる。
不安になって当然だわ。不安にならない方がおかしい。
しかし、この不安や緊張は誰にも悟られてはいけない。ましてや恐怖してるなんてもっての外。
心の中であたし自身に言い聞かせながら、ゆっくりと深呼吸をした。
「さて、と──じゃあ、話をはじめましょうか」
内側にある感情など微塵も感じさせないように、極力余裕ぶって笑いかける。
バートは緊張した面持ちで頷いた。……ひょっとしたらバートの方が不安だったりするのかしら。