223.普通のこと
「なんか混乱してるみたいだから説明しとく? あんまり詳しくは言えないけど……」
バートに話をするにあたってある程度説明ができないとアリスも困っちゃうわよね。「ロゼリア様が言ってました。理由? 知りません」と言ってくれても全然いいけどね。メロとユウリが話に入れないって言うことになると二人のモチベに関わるし、あたしも自分の言ったことを反故にするみたいで面白くないし。
さっきまで動揺していたアリスはあたしの言葉にこくりと頷いた。
「はい、お願いします……」
「メロもユウリも中途半端に関わらせて、バートが来た時には呼ばなかったでしょ? 面倒な話になりそうだったから、あたしが聞かせなかったんだけど……二人は不満だったらしいのね。で、今日二人から九龍会に正式に所属したいって話があったから、あたしが了承したの」
めちゃくちゃ端折った説明をするとアリスはなんとも言えない顔をした。分かったようなそうじゃないような微妙な顔。確かにかなり簡単に説明はしたけど、メロとユウリの言ってたことをどこまで話すのかって言うのはちょっと難しい。
「わかった?」
「……。……い、いちおう……。……あの、メロさんとユウリさん、は……どうしてそんなことを……?」
そりゃそうよね……。不満だったからってそこに行き着く? って思うのは、すごくわかる。あたしもそうだったもの。
個人的にはアリスには話してもいいけど、バートに話されるのは嫌だわ。というのもアリスのことはそれなりに信用してるけど、バートはあんまり信用できてないってのがある。『陰陽』に所属しているっていう背景がなかったら話を聞いてなかった。頭の天辺からつま先まで怪しいもの。
「これはバートには話さないで欲しいんだけど……」
「はい、わかりました。黙っておきます。……あ、この部屋の盗聴器は既に外しているので、漏れることもありません」
しっかりと頷くアリス。盗聴器は外してるってことだし、いいかな。
「……メロとユウリね。あたしの役に立ちたいんですって。考えて決めたそうよ」
くっ! 敢えて自分の口からこれを言うのってちょっと恥ずかしいわね。思わずアリスから視線を逸らしちゃったわ。そんな動作にではなく、あたしが言った言葉に対してアリスはまたもや目を丸くしていた。いや本当に表情に出るわね、この子。こっちとしては何を考えているのかわかりやすくてありがたいものの、やっぱり心配だわ。……本当にバートに黙っててくれるのかしら。
アリスはすぐ答えずに、何か考え込んだ。え、なんかまずかった……?
あたしの不安をよそにアリスはちょっと口を尖らせた。
「メロさんもユウリさんもいいですね……ちょっと羨ましいです」
拗ねたような表情も一瞬だけ。アリスはすぐに眉を下げてへにゃりと笑った。
一体どういう感情なのかわからずに混乱する。視線を戻してアリスの顔をまじまじと見つめたところで、アリスは困ったように視線を伏せた。
「羨ましいって、どういうこと?」
「……。ロゼリアさまが二人の希望を簡単に叶えたように思えて……いえ、あの、少し考えれば簡単じゃないことはわかるんですけど……そうやって自分がしたいことややりたいことを自分で言葉にできるのが……いいなぁって……すみません。わたしの立場でこんなこと、言えることじゃないのはわかってても……なんか……」
そう言ってアリスは手を重ね合わせてもどかしそうにしていた。
──どういう意味だろうって不思議に思ったけど……そうだわ。ゲームのストーリーだと自分のやることに疑問を持ちつつもその力によって攻略キャラクターを助けられるから『陰陽』やその命令を受け入れられるようになったけど、今はそうじゃないんだわ。自分の行動を受け入れられるだけの『何か』が今のアリスにはない。
あたしが悪人じゃなくなったから、消す相手がいなくなっている。
今ではアキヲになってる上に話が大きくなっていて、バートが主体で進めちゃってるからアリスには自分の正当性(?)を証明するものがないんだ。だから、不安なまま、このままでいいのかなって漠然とした疑問とともに生活をしている。
あたしが変わったせいでこんな余波が……! だからってアリスに対してあたしがしてあげられることって……何かある?
「す、すみません。わたしがこんなことを言っても……ロゼリアさまが困るだけですよね……」
「……困るというか、あたしにはどうにもしてあげられないもの」
ですよね。と、アリスが力なく笑った。
こればっかりは本当に組織が違うから何ともできない。仮にアリスが『陰陽』をやめたいと言っても、それはアリス自身がバートなり、その上の人間に相談するなりして解決するしかない。けど、秘密組織みたいな側面がある『陰陽』が「やめたいです」と言われて、「わかった、いいよ」なんて答えるとは思えないのよね。やめる方法はなくないと思う。ただ、簡単じゃないのは確か。
アリスが心の底では普通の女の子として生きたいのは知ってる。
けど……あたしにそんな力はない。
本来なら恋をして誰かを守って救うことでその生き方を認めることができて、恋した相手の隣では普通の女の子になれる──というストーリーをあたしがなくしてしまった。罪悪感がないとは言えない。かと言って、ストーリー通りの悪女のまま死ぬ運命なんて、それこそ死んでも嫌。
アリスに何かしてあげたい気持ちは、あるけど……。
「……アリスは将来どうなりたいとか、考えたこと、ある?」
ふるふると首を振るアリス。
そりゃそうよね。恋に生きるという道が半ば閉ざされて、攻略キャラクター以外の出会いが必要なんだもの。将来的に誰かと恋に落ちて軌道修正ができるといいんだけど、今のところその気配はなさそう。ジェイルやメロとは微妙に仲が悪いし、ユウリやハルヒトは知り合いレベルだし、ユキヤに至ってはただの顔見知りぐらいの接点しかない。
はー、もうこの際攻略キャラクター以外でものすごい美形の王子様みたいな人がアリスを掻っ攫っていって、あたしに新たなトキメキを与えてくれないかしら。
あたしが内心やさぐれていると、アリスがもじもじしながら話し出す。
「でも、あの……このままロゼリアさまのお傍でお仕事できたらいいな、とは……考え、ます。メイドとしての仕事も覚えましたので勿体ないと言うか……あと、料理とか掃除とか、そういう、ふ、普通のこと? が結構楽しくて……屋敷の皆さんとも、それなりに仲良くさせていただいてますし……」
「あぁ、なるほどね。キキの後任って名目で来てもらったんだもの、確かに勿体ないわ。
……アリス、やっぱり今回の件に決着がついたら……やめちゃうのかしら?」
聞かずともわかっているのだけど、聞かずにはいられなかった。
アリスは問いかけに目を見開いてから、困った顔をして笑い──控えめにこくりと頷いた。
「……はい。短い間で、しかもキキさんの後任としてきたのに……本当に申し訳ございません。ですが、その後はきちんとこちらで手配して、ロゼリアさまやキキさんに支障がでないようにいたします。もちろん、その時までしっかりお仕事もさせてもらいます……!」
最初は弱々しい口調だったのに、段々とそれじゃ駄目だとでも思ったのか、最後は気合十分という感じで締めくくった。
わかってるけど面白くない。ヒロインであるアリスが一人でやってきて、一人のままどこかに行っちゃうのはどう考えてもノーマルエンド……! 本当にこのままでいいのかしら。あたしに何かできることってないの!? でも全然思いつかない。
「──そう、寂しくなるわね。折角色々と話ができるようになったのに」
「わたしも、寂しいです。でも、ロゼリアさまに寂しいって思っていただけるだけで、十分です……」
アリスは言葉通り寂しげに笑った。
絶対に十分じゃない……。そう思っても、あたしからは何も言えなかった。
──その夜、アリスから「メロさんとユウリさんの同席、確認取りました。問題ありません」と報告を受けたのだった。




