222.余談
「お嬢様」
そのまま一旦解散の雰囲気の中、ジェイルが一歩前に出てきた。
メロもユウリも「やったーよかったー」って雰囲気だったのも一瞬のこと。ジェイルが何を言うのか気になるらしく、その場でジェイルへと視線を向ける。
ジェイルはちらりとメロとユウリに視線を返してから、あたしを見つめてきた。
「何?」
「さきほどの話の中に花嵜の真瀬の教育係の話や自分の部下になる、という話がありましたが……」
「そうね。その可能性は普通に有り得るでしょ」
そう言うとジェイルが静かに頷いた。メロがさっきみたいな嫌そうな顔をしている。
絶対そうなるとは思ってないけど可能性として高いんじゃないかしら?
「仮に教育係の話があったとしても自分は断るつもりです」
逆にびっくりした。なんとなく二つ返事で受けるかと思ってたから。ジェイルならあたしに忖度せずにビシバシ厳しくするだろうから結構適任って気がする。なのに、それを断るつもりだなんて今言うとは……よほど嫌なのかしら。
そう思ったのはあたしだけじゃないようで、ユウリもだし、嫌そうな顔をしていたメロも驚いている。
「どうして?」
「……この数ヶ月で行動を共にすることも多かったですし、変に気心が知れてしまっていると言うか……甘くなってしまいそうなので」
そう、かな……?
ジェイル自身が言うんだからその懸念は、まぁ、あるんだろうけど……いまいち理解が及ばない。
「嘘だね! おまえがおれらに甘くなるなんてことぜってーない!」
「ちょっとメロ……!」
あたしが首を傾げているとメロは真っ向から否定していた。ジェイルに人差し指まで突きつけている。ユウリが慌てて手を降ろさせようとしてるけど、メロは指先を突きつけたままだった。
自分に向けられた人差し指とメロの顔を交互に見て、ジェイルは深くため息をつく。そして、自分に向けられた人差し指をべしっとはたき落とした。
「万が一、俺がお前たちの教育係になったら今のような他人に人差し指を突きつけるという行動は許さない。
しかし、甘くなるという言葉には語弊があったな。俺が言いたいのは、お前たちのことを知っているからこそ変なところで見切りをつけてしまいそうだ、ということだ。……まぁ、それは正直誰でも同じかも知れないが」
「? どういう意味ですか?」
ユウリが不思議そうに問いかける。あたしもいまいち意味がわからなくて首を傾げてしまった。
ジェイルって自分にも他人にも厳しいし、妥協するって印象はあんまりない。だからこそ、教育係とかもかなり厳しくやりそうなのに、見切りをつけてしまうかもしれないってどういうこと?
あたしが疑問に思っているのも伝わったらしい。ジェイルはあたしに向き直って話を続けた。
「これは自分の短所だと理解はしていますが……何かあったら自分がどうにかすればいい、と考えています。相手が自分の要求水準に達しない場合、そういう風に見切りをつけていることが多々あるのです。自分の部下になる可能性が高いなら余計に。……そういう意味では、自分は教育係には向いてないと思います」
そう言ってジェイルは自嘲気味にため息をついた。
はー、なるほど。ジェイルってばそんな風に考えてたんだ? つまり「ここが不安だけど何かあったら自分が対処しよう」ってケースをかなり容認してるってことよね。そうやって考えるのは結構普通だと思うけど、そういう部下ばっかりだと困るんじゃ……。いや、でも今のジェイルの部下たちの動きを見てると別に不安になる要素はない気が……あたしがそう感じてるだけで、ジェイルは結構不満があったりするのかしら。
とは言え、ジェイルのセリフの雰囲気からするといい意味の話じゃないのよね。見切りをつけてるってことだし。
今すぐどうにかできる問題でもなかったから、そんなものかと思っているとメロとユウリがすごく不満そうな顔をしていた。
「……メロもユウリも、どうかした? 今の話不満?」
「そりゃそうっスよ。こいつ、周りの人間のこと信用してないってことじゃないっスか!」
「信用してないわけじゃない」
「同じことだろ」
ため息交じりのジェイルの言葉にメロがケチを付ける。ユウリも控えめに頷いていた。
本人が短所だって理解してるだけよくない? と思ったけど、近い将来教育係だったり上司になるかもしれない相手にこういうことを言われるのは面白くないってことかしら。
少し考えてから、三人を順に眺める。
「メロ、ユウリ」
「何スか?」
「はい」
今すぐどうにかなる問題でもないけど、それでも何も言わずに済ますのは良くないと感じた。とは言え、あたしから言えることは少ない。
「教育係の話もまだ何も決まってないから何とも言えないけど……仮にジェイルが教育係になったら、早々に見切りをつけられないようにして頂戴。あんたたちだって舐められるのは嫌でしょ。やるからには立場が逆転するくらい頑張って欲しいわ」
あまり深刻にならないように軽い雰囲気で言う。ユウリはともかく、堪え性のないメロに耐えられるかどうかわからない。
そんなに効果もないかなと思っていたけど、案外二人とも満足そうにしていた。
「はーい」
「はい、そうなったらがんばります」
二人の返事に頷いてから、今度はジェイルに視線を向ける。ジェイルはちょっと気まずそうだった。
「ジェイル、あんたもね。ある程度見切りをつけるのも必要だと思うけど……できる限り、あんたが信頼して任せられる人間を作りなさいね。あんたがいないと回らないこともあるだろうけど、そればかりだと組織として不健全だし……何かあった時に困るわ。
あんたの教育が行き届いてたおかげだって思われるような人間や組織を作って頂戴」
「──承知しました」
気まずそうだったジェイルの表情が少し和らぐ。別に今すぐ何とかしろなんて思ってない。ただ徐々にどうにかする必要はあるんじゃない? って程度。
一応これで三人とも納得した、かな?
話が思わぬ方向に転がったけど、一旦はこれで良しとしよう。
「じゃ、解散。──誰でもいいからアリサを呼んできてくれる?」
言いながら、両手を伸ばしてぐっと伸びをした。「じゃあ僕が呼んできます」とユウリが返事をしたので「よろしく」と言っておく。
アリス経由でバートに先に話をしてもらわなきゃいけないしね。
◇ ◇ ◇
時間をおかずにアリスが執務室までやってきた。ノックを二回してから「ロゼリアさま、アリサです」という声が聞こえてきたので入るように言う。
扉を開けて入ってくるアリスを手招きすると、アリスは嬉しそうに駆け寄ってきた。……子犬っぽい。
「何かご用でしょうか?」
「ええ、バートに伝えて欲しいことがあるの」
「? はい、承ります!」
一瞬だけ不思議そうな顔をしたけど、すぐにしっかりと頷いてくれるアリス。
……仕事をちゃんとしようとする姿勢は偉いと思うのよね。ただ、適性がどうしてもないのが不安。本人もそれには気付いているけれど、多分アリス自身ではどうしようもできなくて──ってあんまり考えすぎちゃいけないわね。
今はアリスはアリスの、あたしはあたしのやることをやらないと。
「明日の話し合いにね、メロとユウリを同席させたいの。あたしの側近としてじゃなくて、九龍会の一員として」
そう言うとアリスは目を丸くした。本当に目をまん丸くにして一気に挙動不審になる。アリスの驚きっぷりと動揺っぷりを眺める。
「!! えっ!? い、いつの間にそんなお話に……!? ぁ、いえ、ロゼリアさまの決定に何かあるわけじゃなくて……!
いや、あの! ちゃんと伝えておきますので……! 大丈夫です、お任せくださいっ!」
大分混乱してる。ちょっとくらい説明しておこうかしら?




