221.宣言③
本当にこの二人を九龍会として受け入れていいのか悩む。
一度受け入れてしまったら「やっぱやーめた」は通じない。他に示しがつかないから。こういうことを決めたことがないから余計に悩んじゃうのよね。以前だったら「面倒だから嫌」と断るか、「伯父様に言って」と伯父様に投げてたと思う。例外はあたしに専用にとアキヲに話をしていたホストクラブくらい……? あれは伯父様が許してくれなくて(当たり前)、あたしの我儘をそこまで看過できないのと九龍会としてそんなもん認められるかというのが理由だった。
「ジェイル」
「はい、お嬢様」
直ぐに判断がつかなくて、ジェイルを呼ぶ。傍にいるんだからすぐに返事があった。
「……あんたはどう思う?」
「ちょっと!? お嬢に聞いてるんスよ! ジェイルの意見聞くとかやめて欲しいっス!」
即座にメロが反論してきた。わかってはいたけど、こんなに嫌がられるとは……。
大きくため息をついて顔を上げるとメロは怒った顔をしていて、ユウリもすごく微妙な顔をしていた。ジェイルは特に気にした様子はなさそう。ただ、メロとユウリが嫌がってるのを見たからか口を閉ざしてしまった。この場ではあたしにはアドバイスをくれないっぽい。
あたし自身がちゃんと決めろってことね……。
当たり前とは言えば当たり前だけど、あたしが決める必要があることが増えてる。まぁ自業自得ね。
もう一度メロ、ユウリ、それぞれと視線を合わせる。
「……何で急にそういう結論になったわけ?」
さっきの話で一応九龍会にちゃんと所属したい理由はわかった、つもりなんだけど……やっぱりしっくりこない。ついでに言えば「気の迷いだった」ってことにならないかなって期待している。
が、メロもユウリも訝しげな顔をした。
「? だって、そうしないと本当の意味でお嬢の役には立てないじゃないっスか」
「信じてもらえないかもしれないですけど、僕もメロも、ロゼリア様の役に立ちたいんです。できればすぐに」
この場で「ちゃんと役に立ってるわよ」って言うのも違うわよね。それなら別にわざわざ九龍会に所属したいなんて言い出さないもの。
今回、あたしが明確に線を引いちゃったから、よね。二人には話せないし話さないって言い切っちゃったから、二人とも考えてこういう結論を出したと……。ま、まぁ、一々こんなことを確認しなくてもわかってるのよ。さっきの話で十分に……。
攻略キャラクターを徐々に遠ざけたいと思っていたのに、本当になんでこんなことに……。
「……メロ」
「はいっス」
「あんた、九龍会に所属したらこれまでみたいにのんびりしてられないけどいいの? 今回の話に加わってもらってケリがつくまではあんまり変わらないけど……それ以降はちゃんと研修? みたいなの受けてもらうし、多分その時にあんたを担当するのはジェイルだけど……」
「う゛ッッ!!!!」
ジェイルが研修を担当すると思うと言った瞬間にメロの表情がものすごく嫌そうに歪む。そこまで嫌なんだ……。
なんていうか、会社で言うところの新入社員みたいな扱いになるから新人研修っぽいものが入るはず。正式になんて呼ばれてるのかは知らないんだけど、たまーに新人っぽい子が庭で訓練してたり、先輩について歩いているのを見たことがある。事務方は何やってるのかは流石に見たことないけど研修みたいなことをやるのは変わらないでしょ。
メロは一旦ほっといてユウリへと視線を向ける。
「ユウリは大学があるから、どうなるかわからないけど……九龍会の方に時間取られて満足に勉強ができなくなるかもしれないわよ。まぁ、一旦はそうなったとしても学生不可って後になって所属の件が取り消されるかもしれないし?」
「うっ……。い、いえ、僕は大丈夫です。大学に通いながらでもできることをやらせてもらいますし、勉強とも両立させてみせます。──もし学生不可ということになったら従います。ただ、大学は僕自身もそうですが、ロゼリア様に勧めていただいたことでもあるので……きちんと通いたい、です」
おっと。ユウリの方はすぐに答えた。
九龍会の仕事と学業は両立させるし、基本は大学優先でこっちの指示には従う、と。結構すぐに判断するのね。しかもその内容はあたしが聞いても違和感がないし、大学にきちんと通って勉強して欲しいというあたしの希望とも合致している。ケチをつける要素がない……。
悩み終わったかと思ってメロの様子を窺う。嫌そうな顔のままだった。
「ユウリの意志が固いのはわかったわ」
「ちょ、お嬢!! お、おれだってテキトーに言ってるわけじゃないっスよ!? ……別にジェイルが教育係とかでも平気だし、文句は言うだろうけどちゃんとやるし……車の免許取った時みたいに集中して一発で終わらせるんで……! っていうか、このまま草取りとか洗濯とかしてるよりも全然イイじゃないっスか!」
メロは慌てて自分の意志を伝えてきた。ジェイルが教育係でも我慢できるかどうかはやらせてみないとわからない。とは言え、確かにユウリみたいに大学に通うわけでもなく、ただただ日々を過ごすだけなのは良くないのよね。
二人を交互に見ながら悩んでいると、メロがジト目になった。
「……お嬢、おれとユウリがどうにか諦めて欲しいって思ってない?」
う、図星。だけどそれを肯定するわけにはいかない……!
あたしは勿体つけるように首を振った。
「違うわ。なんていうか……そんな風に簡単に決めちゃって後悔するようなことになって欲しくないだけよ。あたしの役に立ちたいって思ってくれるのは嬉しいけど、……九龍会の仕事って、あたしの役に立つことばかりじゃないわよ? 後でこんなつもりじゃなかったとか、思ってたのと違ったとか言われても責任取れないもの。
メロ、仮にジェイルの部下になってもやってけるの? ユウリもだけど」
またもメロが嫌そうな顔をした。そして、今度はジェイルも嫌そうな顔をしていた。ユウリは平気そう。……とは言え、流石にジェイルの部下って線はないかな。
でも、九龍会の仕事って第九領を治めることだからね……。あたしに関わる仕事なんてそんなにないわよ。本当は。あたしが成人するタイミングでジェイルとその多数名があたしの護衛という名目で傍にいるだけで……他の仕事もあるしね。
ジェイルの部下になることへの抵抗がないらしいユウリが口元に笑みを浮かべた。
「ロゼリア様、ご心配ありがとうございます。ですが、本当に大丈夫です。大変なこととか、思ってたのと違ったとか……それは、多分何をしていても同じだと思います。なら、せめて自分のやりたいことをやりたいです。
僕もメロも、自分の決めたことに責任を持ちます。そういう覚悟で、お話させていただいてます」
メロが「勝手に決めるなよ」と言わんばかりの視線をユウリに向けている。が、ユウリは知らんぷりをしているし、メロも敢えて口には出さない。今そんなことを言ったら話が拗れちゃうものね。
──で、あたしは結局拒絶しきれなくなってる。
二人がここまで言うならいいか、という気持ちになってしまっていた。
遠ざけたいのにそうならないのは思うところはあるけど、二人の気持ちを尊重したいのは本当だしね……。
「──わかったわ。メロもユウリも、九龍会の一員として今後は話に入って頂戴」
ぱっとメロとユウリの表情が輝く。「やった!」と言う声が聞こえてくるようだった。
そんなに嬉しいものかしらね。
「とは言え、話に同席させていいかどうかは先方に一度確認してからになるけど……まぁ、そこは上手く話をするわ。
ジェイル、メロとユウリにこないだの話を説明しておいてくれる?」
「承知しました」
ジェイルが満足げに頷く。……ジェイルもこうなって欲しかったって思ってた、のよね。
本当に良かったのかなと悩ましい部分もあるけど、考えようによっては……九龍会に所属することで後ろ盾みたいなものができたってことだし、仮にあたしが海外に高跳びしても仕事には困らない状況に出来たということで納得しておこう。
とにかく、今は南地区の件を無事に終わらせることだけ考えてよう。




