220.宣言②
ジェイルは二人が何をしに来たのかわかってるっぽいけど、あたしにはさっぱりわからない。ジェイルと扉の方を見比べる。別にメロとユウリを室内に入れないなんて選択肢はないんだけど……。
若干動揺しているあたしのことをジェイルが見て意味ありげに笑う。
「お嬢様、入れてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ、いいわよ。……っていうか、あの二人何なの?」
「それは二人から聞いた方がいいでしょう」
わかってるなら教えてくれても良くない? こっちだって心の準備ってものがあるのに。
なんか外にいるメロもユウリも興奮してるっていうか、普通じゃないっぽくてなんか怖い。いや、あたしが二人を突き放したようなものだからそのせいかもしれないけど……。
そうこう考えている間に、ジェイルが扉を開けてメロとユウリの二人を招き入れていた。
室内に入るや否や、メロがあたしがいる執務机の方にダッシュしてくる。勢いが怖い!
「お嬢っ!!!」
バンッ! とメロが執務机に両手を置いて身を乗り出し、あたしに顔をぐっと近付けてきた。思わずその勢いに押されてのけぞってしまう。
が、それも少しの間のことで、すぐにメロの体が後ろに引っ張られた。見れば、ユウリがメロを羽交い締めにしている。
「おいユウリ! 何す」
「いやいやいや、順序ってものがあるでしょ!? そういうところだと思うよ!?」
ま、まぁ、今のメロの行動には驚いたからユウリが止めてくれるのは助かったわ。って、ユウリっていつもこういう役回りよね。損してる気がする。
ジェイルも後ろで見てないで止めてくれてもいいのに……。なんか本当に見てるだけで手も口も出す気配がない。
とりあえず、このままでいると場が落ち着かなさそうだわ。
ため息をついてから、軽く机を叩きながら立ち上がった。
「ちょっと。静かにして頂戴」
はっきりと言えば、メロとユウリはピタリと動きを止めた。視線があたしに集中する。
ユウリはあからさまにまずいという顔をしていて、メロはどこか拗ねたような顔をしていた。メロって最近拗ねてばっかりよね……。色々と気に入らないのはわかるけど。
メロとユウリ、それぞれの顔を見比べると、ユウリはメロから手を離す。自由になったメロはその場で姿勢を正した。
「で? 何なの、急に」
「……ジェイルから聞いてないっスか?」
「聞くって、どの話?」
何となくさっきの話なんだろうと察するものの、具体的に何のために二人がわざわざ執務室に来たのかはさっぱり。なので、具体的に何なのかを聞いてみる。こっちから言い出すのもなんっか違う気がするのよね……。
すると、メロが口ごもり、それを横目で見たユウリがあたしを真っ直ぐ見つめてきた。
「ロゼリア様」
「何?」
「──この間は……僕の要望ばかりお伝えすることになってしまって、申し訳ございませんでした」
そんな謝罪の言葉とともにユウリが頭を下げた。つむじが見える。可愛い。
しかし、どうして急に謝る気になったのかわからなくて少し混乱した。あたしが要望を受け入れるかどうか納得するかどうかはさておき、メロやユウリの立場からすればあたしに対して色々言いたいことがあるのはしょうがない。 聞き入れるかどうかは別問題だけど!
黙って話に耳を傾けているとユウリが顔を上げた。
「ロゼリア様にも色々あるのに……そういう『色々』をちゃんと理解できてなかった、と思います。他のことにリソースは避けないし、何なら僕やメロがロゼリア様にとって『他のこと』で、僕らに構ってる余裕なんてないことも……。この間の僕の数々の言動は忘れてください……あまりに見当違いで、お恥ずかしいです。
さっきジェイルさんに言われました。僕には覚悟が足らない、って。ほんと、そうだと思います」
か、覚悟? ジェイル何言ってんの?
別にそこまでは求めてないっていうか、とにかく南地区の件にケリをつけたいだけで……。
けど、ユウリは真剣な顔をしていたから口を挟めなかった。メロは横にいるユウリを見て、話す内容に耳を傾けている。
「でも、やっぱりロゼリア様の傍にいられないのは、……辛いですし、少なくとも僕はロゼリア様の役に立ちたいです。そのためにちゃんと努力も、します。
だから、今回の話に……九龍会の一員として、参加させてください!」
……え?
ユウリとメロの後ろで見守っているジェイルが何故か満足げに頷いている。二人が来る前のジェイルの話からは繋がってる、けど……一体この短時間で何があったのかしら。
内心すごく驚きながら、それを表に出さないように考える。
九龍会の一員として、か。自立させることばかり考えてたから、本当に九龍会に所属したいと言い出すとは思わなかったわ。
ユウリから視線を動かしてメロを見る。
「メロも同じ用件で来たの?」
「おれはユウリほどイイコじゃないんで、おれが言ったことを忘れて欲しいなんて言わないっスよ?
……けど、お嬢が好きなものとか大切なものを守る手伝いは、させて欲しいっス。これまで通り近くにいるだけじゃ無理みたいなんで……その方法が九龍会にちゃんと所属することって言うなら、そうしたいっス」
ふーーー。と、長く息を吐きだしてしまった。ジェイルが「うんうん」と頷いているのが見える。
ちょっと困っちゃったわ。本人たちがそうしたいって言うなら、尊重するとは言ったものの……まさか本当に言い出すとは思わなかったから。二人のことを甘く見ていたのかもしれない。
机に片手を置いて、椅子に座り直す。
「……あんたたち、本気?」
「本気です」
「本気っスよ」
ユウリもメロもあたしのことを真っ直ぐに見つめて頷いた。
こういう話は伯父様に別で相談しないといけないのよね……。これまでと扱いを変えないといけないし……って現実逃避をしている場合じゃない。伯父様への相談はともかく、あたしがどうしたいのか、を決めないと。
「九龍会とかあたしに拘ることないと思うのよね。今からだって、他の場所とか──」
「でも今更他の生き方なんて選べないっスよ。……もうずっとここで生きてきたんだし、お嬢がいるのが当たり前だったし、お嬢が九龍会の人間として動くんだったら、おれもユウリも……ちゃんと同じ場所に立ちたいし、同じ場所で役に立ちたい」
思わず、机に両肘をついて手を組んで、その手に額を預けてしまった。
……今更だけど、ゲームのストーリーからここまで乖離する?
だってゲームではあんなに現状から抜け出したがっていて、アリスに救い出してもらって、まだ見ぬ外の世界に旅立っていったのに……! なんで自分から九龍会の中に更に入りたがるのよ。しかも今めちゃくちゃ面倒くさいことになってるのに、ゲームの方が『ロゼリアを殺して平和を取り戻そう!』ってシンプルだったわ。
あたしへの殺意が高かったはずの二人がどうして……(ユウリはこないだ漏らしてたけど、忘れるって言っちゃったし)
いや、また現実逃避してる場合じゃない。
ユウリとメロだけじゃなく、ジェイルもちょっと不安そうなのが伝わってくる。
「ちょっと待って、今考えてるから……」
組んだ両手に額を預けて俯いたまま言う。
いやー……二人を正式に九龍会の一員にするとしたら、あたしが引き入れたってことになるのよね。これまであたしが誰かを選んで九龍会に引き込んだことってなかったし、採用(?)は伯父様の方でやってるし……メロとユウリの二人はあくまであたし個人の遊び相手と言う名目で引き取ってきただけ……。
どうしてもここで「いいわよ」と答えることに抵抗がある。っていうか、誰かの人生の責任を持ちたくない。
「……今決めなきゃダメ?」
「はい、決めてください」
「決めてくれなきゃ困るんで……」
俯いたままのあたしの言葉に、ユウリもメロも呆れたような言葉を返してくるのだった。




