219.宣言①
「ロゼリア様、お茶をお持ちしました」
「お嬢様、自分も失礼します」
お茶を持ってきてくれたキキの後からジェイルも一緒になって執務室に入ってきた。呼んでなかったからちょっとびっくりしたけど、さっきの話を早速メロとユウリの二人に伝えてきてくれたのかしら。その結果報告? 決定事項のように言ってたから報告が必要とも思えないけど、ジェイルは律儀だしね。
執務机にキキがティーカップとポット、そしてお茶請けであるクッキーを置いていく。紅茶の種類と何のクッキーかを教えてくれるキキの後ろで、配膳が終わるまでジェイルはじっと黙って待っていた。少しだけキキが居心地悪そう。
終わったところでキキがすすすっと下がり、代わりにジェイルが机の前に立った。……いつ見ても威圧感がある。
「ジェイル? どうかした?」
「少しお話を……」
「わかったわ」
頷いてからキキに目配せをする。キキは頷いてから「では、失礼します」と言って執務室を出ていった。
扉が閉まるまでをジェイルと一緒に見送る。
「……小山内は、一歩引いてますね。無闇に関わりたがらないと言うか……」
「そう言えばそうね。言えばやってくれるけど、……変装の手伝いをお願いした時も詳しい理由は聞いてこなかったし」
確かにキキはあんまり関わりたがらないわね。あたしたちが何かごちゃごちゃしたことをやっているというのは流石にわかっているだろうけど、内容とかは聞いてこないし詮索をしようとはしない。唯一突っ込まれたのは後継者のことをどう考えているのか、という点だけだった。キキがそれを気にしているのはちょっと意外だったのよね。その辺はキキなりに気になってることなのよね、多分。
それはそれでありがたいと言うか、助かってる。
「花嵜も真瀬も小山内のような態度ならいいのですが……」
「まぁ、あの二人はあたしが色々付き合わせちゃってるからね。で、話はしてきたの?」
「少し話はしましたが、計画に同行させることは伝えていません」
? じゃあ、今ここに来たのは何の話なわけ? それ以外に話すことなんてある?
お茶をカップに注ぎ、一口飲んでから考えてみる。
「伝えてないって……じゃあ何の話をしてきたのよ」
「お嬢様は花嵜と真瀬の二人が九龍会に正式に所属したいと言ったらどうなさいますか?」
あたしの質問に答えないジェイルに疑いの目を向けてしまった。
いや、一体何の話なのよ。それとこれとは話が全然違うんじゃないの!? けれど、質問に答えないとジェイルとの話は進みそうになかった。
渋々考えてみることにする。メロとユウリは九龍会の中には確かに存在しているけれど、ジェイルとは明らかに違うのよね。所属が曖昧というか、あくまであたし個人についているから九龍会の関係者ではないと思う。個人的にはそうとは言い切れない。立ち位置が微妙というのが巻き込みたくない理由の一つでもあったから……正式に九龍会で働きたいというなら、そういう懸念もなくなる、かな? なんかあった時に九龍会としてちゃんと助けたり守ったりしてあげられる。
この世界では、なんだかんだで『組織』の中にいるのって強いからね。
「個人的にはその選択をすることに疑問はあるわね。でも、二人がそうしたいって言うなら尊重するわ」
「その上で、今回の計画の内容を聞かせて、同行させるということになれば……お嬢様が気にされている問題はなくなると思うのですが、合っていますか?」
確かに最初からジェイルと同じような立場だったら巻き込むことに遠慮はなかった、と思う。というか、九龍会のために動いてるんだし、それが仕事だし(あたしの尻拭いでしかないけど!)、大きな問題はない。
──あ。
いやいや、それだけの問題じゃなかった。もっと根本的な問題があるわ。
「表面上はそうね。……けど、あんただってあたしがあの二人に何をしたのか知らないわけじゃないでしょ」
「……まぁ、それは……はい。存じてます」
歯切れの悪い返事を聞きつつ思いっきりため息をつく。
所属が曖昧とか、自立できてないから何かあった時に困るとか、確かにあるけど……根本的なところとしては、やっぱりあの二人への負い目なのよ。これ以上あたしの傍にいさせたくない、っていう……。キキもそうだし、今は関係性は悪くないものの、それはキキも一歩引いていたりして距離感を見極めているからだと思う。
……。いさせたくないと言うより、いて欲しくない、の方が正しいのかも……。
「なんていうか……そういうことよ」
言葉を曖昧にしながら答えるとジェイルが黙り込んでしまった。何か考えているような考えていないような顔でこっちを見つめている。どうにも視線がくすぐったくて、クッキーを食べながらお茶を飲んだ。
「……。……しかし、お嬢様。それはそれとしても、二人が今後もお嬢様の傍でお役に立ちたいと思ってるなら、あまり関係のない話では? お嬢様がどうしても耐え難いと仰るなら何かしら考えますが……思うところがあるなら、それこそ二人の希望を叶えてやるべきでは、とも思います」
う。痛いところを。
前にユキヤに言われたことを思い出してしまった。あたしがそう決めたらもう全部決定事項だ、って。それくらいに影響力があるってことだし、今はジェイルがいる。あたしの望みを叶えようとするジェイルが。
これまで以上に下手なことは言えなくなる。
「あんたはそう思うのね」
「ええ。拒絶するばかりでは何も得られませんので」
「……そう言うけどね。……あの二人が考えないとも限らないでしょ」
「? 何を、ですか?」
ジェイルは不思議そうな顔をしている。カップを両手で持ち、視線を落とした。
「……ふ」
「ふ?」
「…………ふ、復讐、とか」
驚愕しているのがはっきりわかる。
いや、こんなこと言うつもりなかったんだけど、なんか流れというか雰囲気で……。
そもそもゲームはそういうのが発端だったわけだし、復讐の火種が燻ってないとは言い難い。そしてあたしはそれをずっと不安に思ってきて、復讐されて死ぬ運命から逃げたくてやってきた。全てが終わらない限りは安心できない。終わっても安心できないかもしれないけど。
しかし、あたしの不安とは裏腹に、目の前のジェイルが小刻みに震えているのに気付く。
何かと思えば、ジェイルは声を殺して笑っていた。
こ、こいつ……!
「お、お嬢様……っ、ふ、復讐なんて……! あの二人、が、……そんなことを……っ!」
笑い声を発しないように口元を押さえて、顔を背けているけれど笑っているのは丸わかり。
あんまりにも笑っているからこっちの気持ちが冷めた。
そりゃジェイルはあたしが殺される未来を知らないから笑ってられるのよねぇ! 前世の記憶を思い出した時からあたしがどれだけ、どれだけ……!
と思ったけど、馬鹿らしいと言わんばかりに笑われて気が抜けた。
「……そんなに笑うことないでしょうが」
「す、すみませ、……!」
気が抜けたまま呆れながら言ってみる。収まらなかったけどさっきよりは多少マシになってた。
ジェイルはようやくあたしの方を向いたものの、口元は緩んだまま。こういう顔をするのも珍しいわ。声を出して笑うこともなければ、大笑いするようなタイプでもないからね。
まぁ、とは言え……こうして誰かに笑い飛ばしてもらえるくらいのこと、なのよね? 今は、少なくとも。
「……はぁ。失礼しました」
「本当にね」
「ともあれ、花嵜と真瀬がそんなことを思うはずはありません。その上で、」
ゴンゴンゴン!
不意に扉が乱暴に叩かれた。火事でもあったかのような勢いにビクッと肩が震える。
しかし、ジェイルは涼しい顔をして扉の方へと視線を向けた。
「お嬢、入れて! 話が」
「ちょっとメロ、落ち着きなよ……!」
廊下にいるのは今話題に挙げていたメロとユウリらしい。
何があったのかと驚いているあたしを見つつ、ジェイルが「来ましたよ」と笑っていた。




