218.オフレコ㉚ ~ジェイルとメロとユウリⅡ~
ユウリは難しい顔をして考えこんでしまった。恐らくジェイルの言わんとしていることを察したと思われる。
が、メロはひたすら面倒くさそうな顔をしているだけだ。
「……即答できません。ジェイルさんの仰る通り、確かに自分で望んでここにいるわけじゃなくて、これまでの成り行きみたいな感じでいるだけなので……」
しゅんとした様子で答えるユウリを見てジェイルは小さく頷いた。しかし、しゅんとしていたかと思いきや、ユウリはすぐに顔を上げる。
「けど、僕は一応自分の意志は伝えたことがあります。……ぁ、いや、僕がどうしたいかって話じゃなくて……その、ロゼリア様へのお願いみたいなもの、でしたけど……」
最初の一言は勢いがあったが、すぐにその勢いは萎んでしまう。恐らくジェイルが聞きたいことではないと途中で気付いたようだ。
ロゼリアへのお願いみたいなものだと聞いて目を細める。
ジェイルはユウリ自身がどうしたいのかを聞いたのであって、ロゼリアにどうして欲しいかなんて聞いてないのだ。大体、それをロゼリアが聞き入れる義理などはない。ユウリへの負い目から受け入れることは考えられるものの、それは少々趣旨が違う。
「っつっても、お嬢はお嬢だし、九龍会は九龍会じゃん」
「花嵜。残念だが、お嬢様と九龍会は切っても切れない。仮にお嬢様が九龍会から去っても、その柵はどこまでもついて回る。どうにもならない話だ。
ハルヒトさんがいい例だろう。本人の意志とは関係なく後継者に指名されているのだから」
「まァ……そりゃそーだけど」
拗ねたままのメロも、ジェイルの言葉を聞いて渋々納得をした。
ロゼリアは次期会長になる意志はないと言っている。しかし、後継者の座を突っぱねることはできても、自分自身と九龍会は切り離せないのは百も承知だろう。何らかの形で死を装い、名を変え、姿を変え、遠い国にでも行けば開放されるかもしれない。もちろんそんなのは現実的ではない。
そういう九龍会という柵込みで、メロとユウリがロゼリアの立場を分かっているかと言うと、そこまでの理解はない気がする。今のメロの発言からもそれはわかる。
「……それに、俺から見ても花嵜も真瀬も、今後どうしたいのかが全くわからないし、見えてこない。
真瀬は大学受験控えているからまだマシだが……特にお前だ、花嵜」
じろりとメロを睨むと、メロの表情がひくついた。ユウリは居心地悪そうにしている。
ユウリが大学に通うために勉強しているという話は聞き及んでいた。それはそれで良いことなので、ジェイル個人としては応援していた。どこの大学のどの学部を受けるのか、その先のことを考えているのかという話はジェイルのところまで聞こえてこないが、将来の話は大学に合格してからになってもしょうがない。
対して、メロに関しては将来のことをどう考えているかなんてこれっぽっちもわからないし、ユウリやキキのように何かに取り組んでいるわけでもなかった。もちろんロゼリアの言うことはよく聞くようになったし、時と場合によっては潤滑油のような役割をしているので自身の役割を果たしていると言えばそうかもしれない。
が、その在り方には疑問しかない。
衣食住が保証されているからと言って、その日暮らしのような生き方はいかがなものか。
そういうところがジェイルの癇に障るし、仲良くできない大きな要因だった。
「おれのことはいいだろ!」
「よくない。──お嬢様がお前を持て余しているのは見ていてもわかる」
「悪さしてねーんだからいいじゃん。お嬢の言うことはちゃんと聞いてるし」
そういう問題ではない。ロゼリアの言うことを聞いていればいいという話ではない。
メロは本当に悪気がなさそうで、そうあることがベストだと言わんばかりである。その態度にジェイルの神経が逆なでされてしまう。
目を細めてメロを見つめると、メロは「けっ」と悪態をついた。
「……花嵜、お前──九龍会のことはどうでもいいと思ってるだろう」
その言葉にメロは顔を背けてしまった。図星なのだろう。
「どうでもいいとまでは思ってねーよ」
「そんな態度ならお嬢様がお前を話し合いの場に出さない理由もよくわかる」
「なっ!」
取ってつけたようなセリフを聞いて呆れてしまった。もちろん、それが理由の全てではないのはわかっているし、理由の一端としては小さなものだろう。
しかし、メロはやけにショックを受けた顔をしていた。
「お嬢様は九龍会を煩わしく思っているかもしれないが、決して嫌いではない。何故ならガロ様が今では九龍会の顔だからだ。
……九龍会をどうでもいいと思っている相手にデリケートな話を聞かせられると思うのか? お嬢様の買い物に付き合うこと以上に、もっと大きくて面倒な話に巻き込まれるのがわかりきっているのだから、話など聞かせられなくて当然だ。
要はお前たちには覚悟が足りない」
一気に言ってしまうとメロもユウリも非常に不満そうな顔をしていた。
言わんとすることは多少は伝わっただろうか。
小さくため息をついて続ける。
「ちなみに……俺とユキヤが話を聞かせて貰えたのは、自分の意志と相応の覚悟があるからだ。それは立場上培われたものだが、……それはそれとしても何かあった時に自分自身でどうにかできるとお嬢様に信用されているからな」
そういう意味では不公平かもしれない。元々ジェイルは自分の意志で九龍会に所属していたし、ユキヤは立場上覚悟を持たざるを得なかった。対してメロもユウリも今この場にいるのはただの成り行きであって、それまで自分の意志が入る余地はなかった。そもそもロゼリアに意志を尊重されなかったことが要因なので、今更「意志を持て」などと言っても反発を抱くのも致し方ない。
しかし、今、意志と判断を持たなければ、ロゼリアから切り離されるだけだ。
実際そうなってくれた方がライバルが減ってくれて好都合──と言う思考にならないのは我ながら不思議だった。
「今なら花嵜も真瀬も無関係でいられるぞ」
なら聞きたくない、と言うような二人ではないだろうが、ここで断るようなジェイル自身がした提案は却下をするしかない。
本当にロゼリアにジェイルと同じような気持ちを抱いているのであればここで引き下がるとは思えないし、何らか関わりを持とうとするだろう。
メロもユウリも黙り込んでしまった。
「お嬢様と九龍会は切り離せないと分かった上で、ただの成り行きではなく……自分の意志でお嬢様のお傍にいるつもりならきちんと伝えることだ」
どうしたいか。どうなりたいのかを。
結局、自分から「最後まで付き合わせる」という話はしないことにした。何をどう言ってもジェイルに対する反発心とロゼリアに対する不満はなくすことはできない。なら、もう一度二人の口から「話を聞きたい」と言わせる方が、よほど二人がスッキリすると思ったのだ。
自分だったらこのやり方の方が納得できるだろうと思った上での言動だ。
「お嬢様とともに執務室にいる。──何かあれば言いに来るといい。もちろん俺にではなく、お嬢様に、だ」
「おっまえ、えらっそーに……!」
「お前たちよりも偉いつもりだが? それに、あの夜はお前たちに遅れを取ったが、今は俺の方がお嬢様の傍にいるだろう?」
ふ。と、笑って見せれば、メロだけでなくユウリもカチンと来たのが伝わってきた。
自分で話していて合点がいく。
つまり、あの夜、ハルヒトとアリサがやってきた日の夜にロゼリアのフォローをしたつもりで全く役に立たず、メロとユウリに部屋から追い出されたことが尾を引いているのだ。あの夜のリベンジをしたかったのだろう、きっと。
スッキリした気持ちで二人に背を向け、椿邸に戻っていった。




