216.オフレコ㉘ ~ジェイルとユキヤとハルヒト~
ユキヤが自分の意志を伝えるという話は無事に終わった。
どうやらロゼリアは最初から『バートの提案を飲む』と決めていたように思う。ユキヤがもし提案に乗りたくないなどと言い出したらどうしていたのだろうか。説得をしたのか、はたまたユキヤの意志を汲んでバートとの話をなかったことにしてしまっていたのか。
結局どうなのかはハルヒトにはわからないし、わざわざ確認しようという気にもならなかった。
そもそもハルヒトは途中から巻き込まれた側だ。
急に九龍会の話や、八雲会の──ミチハルやミリヤの話を持ち出されても混乱するばかりだった。ミリヤのことなど自分にはどうしようもない。その力もない。妾と言えど男で、ミチハル自身が後継者に推しているから味方はいるものの、ミリヤの力の方が強いのだ。ハルヒトの味方ヅラをしている連中もいつ意見を翻さないとも限らないし、ミチハルの一言で一気に立場が危うくなる。元々争いを好む性格でもないし、権力などにも興味がない。何としてでも自分の立場を確立しようという意志もなく、ただただ周りに流されて今日まで来てしまった。
八雲会の問題などと言っても当事者でありながら他人事として見ている。
その問題については異母妹であるリルの方がよほど関心を寄せているし、どうにかしようと愛娘らしくミリヤに意見をし──結果、ミリヤが更にハルヒトを嫌うという悪循環が起きたほどである。以降、リルはミリヤを刺激しないように立ち回っていた。
やはり自分などより会長に相応しいのはリルだと思う。しかし、ミチハルはそれを良しとしない。
ハルヒトにとっては面倒くさい問題以外の何物でもなかった。
だから、ロゼリアに選んで貰えれば煩わしい問題から開放されると当初からロゼリアに気があるように振る舞っていたのだ。
今となっては──それだけではなくなっているけれど。
ジェイルがユキヤを送っていくと言っていたのでロゼリアに断りを入れてから、二人の後を追いかけた。
椿邸を出て、大きな門までの道の間でジェイルとユキヤが立ち話をしているのが見える。ノアは少し離れた場所にいた。
周囲には誰もおらず、二人とも話が聞かれないレベルの声量で話している。
「ジェイル、ユキヤ」
「ハルヒトさん? どうかなさいましたか?」
不思議そうな表情と視線を向けてきたのはユキヤだった。ジェイルも「何故ここに?」という顔をしている。
さっきの話の後でもあるので「少し話がしたくて」と言葉を濁しながら近付いていく。二人は顔を見合わせながらもハルヒトを拒絶することはなかった。
ジェイルもユキヤも少し年上だが、年が近い同性という存在はハルヒトの取って貴重である。メロとユウリの存在もありがたい。
「いや、さっきの話……ジェイルは納得したのかなって思って」
「ああ、まさにその話をしていたところですよ。……その様子を見たわけではありませんが、花嵜さんと真瀬さんがロゼリア様に対してしつこかった理由をジェイルがちゃんと理解しているのか、それを踏まえた上で話ができるのかと聞いていたんです」
「流石ユキヤだね。……ジェイルはどう?」
ユキヤはハルヒトの言葉を聞いて苦笑している。やはり同じことが気になったらしい。
ジェイルは何とも言えない顔でむっすりと黙り込んでいた。
自分の意志がはっきりしているため融通の効かない堅物、ただしロゼリアにはある程度忠実である──というのがジェイルの印象だった。自分の意志がはっきりしているが故にロゼリアに堂々と反対意見をぶつける。無論ロゼリアはいい顔をしないがジェイルの意見はそれなりに聞いているようだ。
ジェイルがロゼリアのことを好きなのは見ていればわかる。
しかし、周りの人間の中に自分と同じようにロゼリアに想いを寄せている人間がいることに気付いているのだろうか。
ずばりと切り込んでいいものかと悩みながら口を開く。
「……メロとユウリはロゼリアの言葉にショックを受けていると思うんだけど、理由って想像つく?」
「なんとなく、……ですね。……というか、ハルヒトさんも何故そのことをそんなに気にするのですか?」
思わずハルヒトはユキヤと視線を交わしてしまった。
このままジェイルがメロとユウリに話をすると間違いなく拗れる。特にメロの方が反発を抱くのは想像に難くない。というのは単純に普段から仲が悪そうだからだ。
いっそ端的にストレートに言うだけなら問題はない。「お前たちも連れて行くことになった。お嬢様が決めたことだ。以上」とでも言い切ってしまえば、ジェイルがただの伝言係で、ロゼリアが言い辛いからジェイルに頼んだということが伝わるだろう。多分。それでも「ジェイルから聞かされたくなかった」という感想が二人には残るだろうけれど。
「メロもユウリもロゼリアの役に立ちたいとか傍にいたいって気持ちを全否定されたと感じてるよ、きっと」
「お嬢様にも事情があります。それは仕方がないでしょう」
「うん、事情があるのは二人も流石にわかってると思う。……けど、『わかってる』と『納得できる』ってまた別物だからね。『わかってても納得できない』って言うのが、二人の心境だと思う」
ジェイルが渋い顔をする。
悩んでいるのが伝わってくるが、ジェイルのことを何も知らない人間が見たらすごく怒っているように見えるだろう。
「仮にそうだとしても、それは飲み込むべきでは? お嬢様の、ひいては九龍会の今後にも関わる話です。そういう背景くらいは──」
「うーん、そこが君とあの二人の違うところなんですよね」
ユキヤが困り笑いをして口を挟んできた。
「見てて思うのは、花嵜さんも真瀬さんも仕事と私生活の境界が非常に曖昧だということです。幼少から椿邸に住み込みだと窺いましたし……君は自分の意志で九龍会に所属し、ガロ様やロゼリア様のために働いているでしょう? ですが、彼らはそうじゃないと聞いています。そして、ロゼリア様が仰っていたように──何かあった時、彼らには自分の身を守る術がないんですよ……」
ハルヒトとしてはそこまで考えていたわけではなかった。単純に大好きなロゼリア(?)からの拒絶は辛かっただろうな、それを翻す話をロゼリアではなくジェイルから聞かされるのは非常に面白くないだろうなという考えだ。しかも、ジェイルはきっと二人の心境などお構いなしに不要なことを言いかねない。自分ができていることを、二人もできるだろうと言わんばかりに。
そういう意味ではユキヤの説明は少し回りくどく思えた。
が、よく考えてみれば、メロやユウリの気持ちを勝手に決めつけて話すわけにもいかないのも事実である。
「……まぁ、それは、そうだな。まさか、付き合わせるという判断は間違いだったのか?」
「いいえ、そうではありませんよ。結果的には良かったと思います。……あのままだと俺もちょっと後味が悪かったので。──ハルヒトさん、ちょっと失礼します」
「? いいよ」
ユキヤが何をするのか見ていると、ジェイルの肩を掴んで少しだけ離れてこちらに背を向けた。そして、こそこそと耳打ちしている。
どうやらハルヒトに聞かれてはまずい話だったらしい。二人は友人同士だと聞いているし、そういうのもしょうがないだろう。ただ、ハルヒトの目にはその様子がとても羨ましく映る。なんせ同世代の親しい相手などいないのだから。
話を終えたユキヤがジェイルから離れ、ハルヒトに向き直った。
「失礼しました」
「ううん、いいよ。オレこそ話に割り込んじゃってごめんね」
「いえいえ、とんでもありません。ハルヒトさんのおかげでジェイルも色々と理解したと思います」
見れば、ジェイルはものすごく苦い薬でも飲んだような表情をしていた。
友人からのアドバイスは耳に痛いものだったのだろうか? 気になるが、当然聞くような真似はしない。ジェイルを見つめて楽しげに笑うだけだ。
「ジェイル。どうにかなりそう?」
ジェイルは難しそうな顔をして小さく息をつく。どうやら改めて悩んでいるようだった。
「まぁ、なんとかします……。……ハルヒトさんとユキヤが気にしている理由がよくわかりました」
答えを聞いてユキヤと笑い合う。聞けば、ユキヤはジェイルの家に泊まるらしい。「いいなぁ」と言ってみると、「問題が落ち着いたら、いずれは」という案外希望のある答えが返ってきたので、少しだけ気分が良かった。




