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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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212.ジェラシー④

 嫉妬云々はひとまず置いておく。

 それは結果的に起こったものであって、もっとちゃんと向き合わなければいけない問題がある。

 あたしの言動によって「どうでもいい」と感じてしまって、ユウリが傷付いている。

 これが問題。


「一昨日も今日も、あんたに聞かれたくないから出ていってもらっただけで……追い出したとか、どうでもいいとか、そういうつもりはないのよ」


 あー、駄目だわ。違う。「そういうつもりはない」と言っても、ユウリにそう思わせていたならもう問題なのよ。

 一方で、そこまであたしが気を使う必要ある? という疑問も湧いてしまった。けど、この気持ちを全面に出してしまったら、きっと以前と同じになっちゃう。あたしが下手に出る必要は感じないけど、気持ちは汲んであげないと……。

 ユウリは俯いたままだった。何も反応を示さない。


「どうでもいいなんて思ってないわ。けど、なんていうか……変に巻き込みたくない気持ちもあるの」


 中途半端に巻き込んだのがよくなかった。最初からきちんと線引をしておくべきだった。

 と、今更考えてもしょうがない。ユウリに助けられたところもあるしね。


「……そういうの、わからないわけじゃないんです」


 俯いたまま、ぽつりと零すユウリに耳を傾ける。


「メロが蚊帳の外だったってボヤているのを聞いて、ロゼリア様にも色々あるからしょうがないってフォローして……僕は僕自身を納得させてきました。けど、どんどんロゼリア様が僕から距離を取って、離れていくみたいで……でも、そうなっても僕には何もできません。だから苦しいんです」


 いずれ距離を取りたいと思ってるのも、離れていきたいのも事実。

 だから否定できなかった。

 そんなことしないわ、と優しく嘘を言ってあげられる人間でもなくて、正直「そうよ、覚悟しておいて」と言ってしまいたい気持ちがある。とは言え、今ここでそれを言うのは違う。わざわざ追い打ちをかけるような真似をしなくてもいい。

 ユウリを静かに見つめるけれど、ユウリは相変わらず俯いたままだった。手を離してくれる気配はない。


「あんたの物分りの良さに甘えてたのね。メロもだけど、あたしも。──あんたなら聞き分けてくれるって思ってたのは否定しないわ」

「……聞き分けたくないことも、ありますよ」

「知ってるわ。あたしにも覚えがあるもの」


 仕事に出掛けるお母様、お父様、そして伯父様。

 聞き分けの良い子を演じていたこともあったけど、泣いて喚いたこともあった。何か理由があったわけでもなくて、ただ行かないで欲しかったという純粋な子供の我儘だった。あたしの我儘が通ることは滅多になくて、褒められたいがために聞き分けの良い子にならざるを得なかったのよね。……どうしようもない子供だったのよね、昔も。

 今だって色々我慢してるだけで、以前みたいに傍若無人に振る舞ってしまいたい時がある。

 ムカついたからと暴力に訴え、ストレス解消のためにお金を使ったり男遊びをしたり──けれど、それは結局破滅を招くだけと知ってしまったから、こうして我慢している。

 相手のことをちゃんと理解しようと一応の努力はしてみる。

 そうすれば、もっとマシな未来があるかも知れないから。


「聞き分けを期待する側になってるのね、あたしは。……納得できないって言うならそれでもいいけど、そういうタイミングが重なっただけよ。故意にあんたをのけものにしてやろうなんて考えてないし……ユウリにはちゃんと勉強して欲しいしね。一発で合格したら嬉しいわ」


 そう言うとユウリがゆっくりと顔を上げた。

 こわごわとあたしを見つめて、控えめに見つめてくる。


「ロゼリア様は……僕が合格したら、褒めてくださいますか?」

「え? もちろん褒めてあげるわよ。合格したら、ちゃんとお祝いしましょ」


 あたしの言葉にユウリはちょっとだけホッとしたようだった。あたしの褒め言葉にどの程度の価値があるかわからないし、大体あたしよりユウリの方が頭がいいんだから「それでいいの?」という気持ちはあるけど、一旦考えないことにする。


「その頃には流石にあたしの周りも落ち着いてるだろうし……」


 受験が冬で、合格発表が春だから、南地区の件は流石に終わってるでしょ。何なら来月には終わってる。終わってなかったら、なんて不吉なことは考えない。

 ユウリが意味ありげに目を細める。


「その時期には、まだいてくださるんですね」

「……まだ、って何よ」


 心の内を見透かされたような気がして内心ギクッとした。それを表面に出さないようにしれっとした顔をする。

 離れたいと思ってるのは事実だもの。

 今回の件が落ち着いたら、折を見てどこかに行きたいと常々思っていた。あたしは後継者だの会長だのって責任のある立場には向いてない。元々短気だし怒りっぽいし、現状の──一定の我慢を要する環境はどこかで破綻する。期間限定だから、そうしないとデッドエンドが待ってるから耐えられているだけ。

 目の前にいるユウリ、そしてメロとキキ。この三人はあたしの罪の象徴。

 だからこそ離れたい。

 あたしのいないところで幸せになって欲しい。

 そんなことを脳内で巡らせていると、まるでそれが見えているかのようにユウリが不器用に笑った。


「──だって、ロゼリア様は僕から離れてしまいたいんでしょう? 今じゃないけど、いずれ。

僕が目の前にいると苛々するから……今のあなたは僕をどこかにやるんじゃなくて、自分がどこかに行こうとしていますよね」


 本当に見透かされてるとは思わなくてちょっと驚いた。気まずくなって目を逸らす。

 掴まれっぱなしだった手がユウリの方に引き寄せられた。


「……僕は、ロゼリア様にどこにも行って欲しくないです」

「そ、んなの、あんたの想像でしょ」

「いいえ、ただの想像じゃないです。あなたの言葉ひとつひとつから伝わってきます。いずれ僕の前から消えるつもりだって」


 はっきりと言い切られて言葉に詰まってしまった。

 気軽に嘘をつけなくなったというのも我慢の弊害だわ。うまい嘘なんていくらでもあるはずなのに。

 ユウリはどこか泣きそうになってあたしを見つめてくる。……そんな顔をされても困るのよ……。


「勝手な想像で勝手に落ち込まないでよ……」


 大げさだと言わんばかりの言い方をして、深くため息をついて見せる。多分今のユウリを説得するのは無理。ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うってのを繰り返してしまいそう。

 

「勝手な想像だと仰るなら……今、ここでどこにも行かないって約束してくださいますか?」

「──いいわよ、してあげる」


 そう言って笑ってみせた。ユウリが目を見開く。手が緩んだ。

 我ながら最悪な切り返し。

 守るつもりのない約束をしようって言ってるんだもの。けど、何処かに行きたいはずっとあるからユウリの望みは叶えてあげられない。

 ゆっくりと手を振りほどくと、ユウリは何も言わずにあたしの手を離してしまった。


「ロゼリア様は……今ここで約束をしても……守るつもり、ない、ですよね……?」

「……あんたって生き辛そうね」


 質問には答えずにずっと苦し気にしているユウリを見てため息をついた。

 多分ジェイルならこの場で約束だのなんだのって言い出さないし、メロだったらとりあえず約束はしちゃって後で騒ぐ。ユウリは深追いしたがるというか、白黒つけたがるというか、こういう時に物わかりの良さを発揮しない。さっき言っていたみたいに「聞き分けたくないこと」なんだろうけど。

 あたしの言い分だけ聞いてくれ、というのは……確かに身勝手。それはわかってる。わかってるんだけど……!

 すー、はー。と深呼吸をしてから、ユウリの両腕をがしっと掴んだ。

 驚いた顔が目の前にあった。


「ユウリ、お願いだから聞き分けて」

「!!!」

「あんたの言いたいことは……まぁ、わかったわ。けど、前にも言ったわよね? あたしにはあたしの考えがあって、ユウリがどうこう言える話じゃないの。

でも、それは決してあんたがどうでもいいって意味じゃないわ。……わかった? わかってくれる?」


 そう聞くとユウリはあたしを見つめたまま、すごく困った顔をする。あー、加虐心がうずく。


「……わからない、って言ったら……?」

「話はこれで終わり。あんたとは永遠に分かり合えないってことにする」


 そこでユウリは押し黙ってしまった。

 見つめあったまま、変な時間が過ぎる。

 あたしから目は逸らせなかったし、ユウリも目を逸らさなかった。意地の張り合いっていうか、根競べね。

 やがて、ユウリが諦めたようにふっと力を抜く。


「……わかり、ました。申し訳ございません。……我儘を言ってしまいました」


 そう言ってしゅんとするユウリ。あたしがかなり強く意見を通したから罪悪感がある。


「悪いわね。繰り返すけど、あんたがどうでもいいってことはないから……あたしなりに大事に思ってるのよ。

あとさっきの、嫉妬だの何だの、って言葉は気の迷いだと思って聞かなかったことにするわ。そういうセリフはちゃんと覚悟を決めてから言って頂戴」


 早口で言い終える。ユウリは「うっ」と言葉を詰まらせていた。手を離して、一歩後ろに下がる。

 要は「フラれる覚悟をして言え」ってこと。あー、我ながら変なことを言っちゃった……。

 でも、そういうのは本気で困るから……現にすごく困ってるから……!


「は、はい。──ロゼリア様」

「何?」

「……。いえ、何でもありません。失礼します」


 そう言ってユウリは執務室を出ていった。

 見送った後に、これまでで一番長い溜息が出てしまったのは言うまでもない。

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